第4話:特別なお知らせ!
第4話、更新しました!読者のみなさん、楽しんでください!
その日はもう放課後――と言いたいところだが、実際はまだ「掃除の時間」だった。生徒たちは教室と、すぐ外の廊下を手分けして掃除している。地味な作業ではあるが、この時間だけはおしゃべりしてもだいたい許される。
「ようマコト。肋骨どうだよ?」
松本が、廊下をほうきで掃いている小川のところへ寄ってきた。
「え? あー……まあ、大丈夫だわ」
「ほんとか? むしろイラついてる顔してるぞ」
「当たり前だろ、この間抜け! 卒業まで今学期ずっと“本物の剣禁止”だぞ!? これからあのクソ木剣しか使えねーんだ!」
「うわ。なら決闘でフシチョウ先生に勝てばよかったのに。ははは!」
「窓から投げ捨てるぞ?」
「相変わらずお前ら、ケンカ好きだな」
ヒュウガとウラナが合流してきた。どうやら四人とも廊下担当らしい。
「だってジュンペイが煽るんだよ。どうせフシチョウ先生にかかったら、アイツのほうがオレよりひどく転がされるってのに」
「おい! それは名誉毀損だ! こっち来い!」
松本は小川をヘッドロックし、そのままグリグリとこめかみを押した。小川も笑いながら抵抗する。
「ほんと、あの二人って離れないよね」
「まあ、あいつらは俺たちより“幼なじみ度”が高いし。絆が強いんだよ」
「うん。たぶん何があっても切れないよね」
四人がサボり気味に盛り上がっていると、後ろから冷たい声が飛んできた。
「あなたたち、ふざけてないで早く終わらせなさい」
振り向くと、教室の窓を拭いていた田中がこちらを見ていた。
「ほんとに。廊下の他の子はちゃんとやってるのに、あなたたちは何なの? 面倒くさい」
「あっ、ユメコちゃん! 大丈夫! もちろん掃きます! ユメコちゃんが言うなら何でもやる!!」
田中は冷めた目を向けて、そのまま去っていった。
松本が鼻で笑う。
「なあ、マジでわかんねー。なんでそんな扱われ方して喜べるんだよ。いつか予告なしで潰されるぞ」
「いやいや、そんなことないって。てか、オレは“待ち”の勝負してるから」
「その勝負、俺ら全員しわしわになっても続いてそう」
「ふーん。まあいいけどさ。廊下掃除でユメコちゃんの好感度は上がらねーし~」
そう言うやいなや、小川は余っていたほうきを数本つかみ、二本を鼻の穴に突っ込み、さらに二本を頭の横に立てて“角”みたいにしながら教室へ突入した。
「みんなまだ働いてんの!? たまには休めよ! 見ろ! オレはほうきモンスターだ!!」
生徒たちが呻いたり笑ったりする。
「頼むから終わらせてくれ!」
「お前ほんとバカだな!」
「サボんな! 戻れ!」
田中のこめかみがピクッと動いた。
「いい加減にしろマコト!! さっさと終わらせないと、そのほうきを鼻に突っ込むぞ!!」
「ユメコちゃん!! 冷たすぎ!!」
外から見ていた三人は、教室の中でふざけ倒す小川を眺める。
「アイツ、変わらないよな」
「ジュンペイ、お前も似たようなもんだろ」
「えっ!? 俺はちゃんと引き際わきまえてるし……たぶん」
「ふふ。ヒキくんはどう思う?」
「うーん……このままだと、本当に詰むと思う。ずっと一緒にいるわけじゃないし、そろそろちゃんとしないと」
「だよね。まあ“いつか”だけど」
「たぶん永遠に来ない」
三人は苦笑しながら教室へ戻り、小川を仕事へ引き戻そうとした。
――小川はいつ大人になるのか。
それを、みんな本気で疑っていた。
-
全員が席に戻り、静岡先生が下校前の連絡事項を読み上げようとしていた。……のだが。
小川と松本が大声でしゃべり、笑い、言い合いを続けていて、周りの集中をぶち壊していた。
「小川さん! 松本さん! いい加減にしなさい!」
二人はぴたりと黙る。
「すみません静岡先生! 白熱した議論してました! 朝ごはんは“目玉焼きトースト”と“シリアル”どっちが最強かって!」
「くだらなすぎる……。どっちも違います。朝ごはんは白米と味噌汁が一番です。静かに」
「ブーー!」
「先生、センスない」
「あなたたち、頭痛の種ね……」
その時、教室のドアが開いた。
「やあ、静岡先生」
「こんにちは、静岡先生!」
「失礼します」
入ってきたのは、不死鳥先生、サトウ先生、そして見慣れない教員の男性だった。
「え、不死鳥先生!? なに、また小川を罰するの!?」
「ちがう、見ろよ! サトウ先生もいる!」
「てか、あの人誰?」
静岡先生が手でクラスを制し、三人を迎えた。不死鳥先生は静岡先生の右へ、サトウ先生は左へ立つ。
サトウ先生は静岡先生より少し若く、二十代後半くらいに見える。首筋にかかる程度の短い緑がかった髪。明るい赤茶の瞳は、楽しげで生徒思いの光を宿していた。生徒に人気の高い先生だが、今日はなぜか妙に上機嫌だ。
そしてサトウ先生の隣に立つ男。黒いくせ毛に眼鏡、黒い目。手には大量のプリント。緊張したような笑みを浮かべている。
「みんな、聞いて! 今日は特別なお知らせがあります!」
静岡先生の言葉に、教室がざわついた。
「特別なお知らせ? あの紙の山なに?」
「テスト配るやつじゃない?」
「パーティーとか!?」
「静かにしろ」
不死鳥先生の腹に響く声で、教室は一瞬で静まり返った。
「もう、不死鳥先生。そんなに威圧しないでください。みんな、何が起こるのか気になってるだけですよ!」
「チッ。俺は早く終わらせたいだけだ。説明は手短にな。静岡先生、……マユリ先生、頼む」
「は、はい! わ、わかりました!」
“マユリ先生”と呼ばれた新任の男性はプリントを整え、眼鏡を直しながら前へ出た。静岡先生の隣に立つと、背の差もあって少し小柄に見える。小川はそれがちょっとおかしくて、口元を押さえた。
「では、みなさん。今度の日曜日から、一週間ほど“校外研修”のようなものを行います」
教室がどよめいた。まだ新学期が始まったばかりで、夏休みまでだいぶある。いきなり一週間の研修だなんて。
静岡先生が続ける。
「“年度の最初に研修?”と思ったでしょう。でも必要なんです。残りの一年、そして高校に進んだ後に備えるためにね。繰り返しますが、これは“旅行”ではありません。研修中はしっかり鍛えます。……マユリ先生、詳細をお願いします」
「は、はい! では……」
マユリ先生は咳払いをして自己紹介した。
「みなさん、こんにちは! マユリです。まだ一年目の教員なので、知らない人も多いと思いますが……私は留学プログラムの担当もしています。三年A組のみなさん、よろしくお願いします!」
小川は若干退屈そうだった。中学の留学プログラムなんて、成績も実力もトップクラスの“天才組”だけの世界だ。小川には縁がなさすぎる。
「なあ、あの人めっちゃオタクっぽくね?」
松本が小声で言う。
「その煽り、小学生かよ。俺なら“あの髪、俺の――”」
「小川さん。何かみんなに共有したいことでも?」
静岡先生の視線が刺さる。
「あっ……いえ、先生。はは……」
「続けて、マユリ先生」
「は、はい! ええと……今回は“船”で行く、一週間の研修です。クルーズ船に乗って――リンゴ島へ向かいます!」
生徒が沸いた。
「クルーズ!? やった!」
「リンゴ島ってどこだっけ?」
マユリ先生は笑って問いかける。
「リンゴ島がなぜ重要か、分かる人いますか? では……真ん中のあなた」
指名されたのは田中だった。
「田中ユメコです。リンゴ島が重要な理由は、剣の術の歴史と深く関わっているからです。史上初めて剣術属性が報告された場所がリンゴ島だとされています。以来、島を訪れた剣士は“良い運”を得ると言い伝えられています」
「正解! さすが田中さん。よく勉強してますね。立派な剣士への道を歩んでいます」
田中が褒められて微笑む。その瞬間、小川の胸が勝手にキュッとなった。
マユリ先生は予定を説明する。
「出発は日曜の朝、午前五時ごろ。船で二日かけて移動し、火曜の朝に到着。島では四日間滞在します。土曜の朝に出航して、日曜の午後に戻ります。剣と、一週間分の着替えを忘れずに。食事と船内の娯楽は用意されていますが、必要なら各自持参しても構いません。研修ではありますが、休息や交流の時間も取ります。頑張りすぎないことも大切です。緊張と休息のバランスで、気の巡りも整いますからね」
教室が歓声で揺れた。
「最高!!」
「クルーズだ! 日焼けできる!」
「飯いっぱい食う!」
小川は「休息」の一言でマユリ先生への評価を一段階上げた。
「マジで来たな! 水! 太陽! ゲーム! そして何より――うるさい親と兄弟から解放!! 最高じゃん!」
「わかる。でも研修だからサボんなよ」
「え? 俺がサボるわけないだろ?」
「……本気で言ってる?」
「黙れ」
マユリ先生はプリントを配り始めた。
「この参加同意書を持ち帰って、保護者の署名をもらってください。署名があることで、こちらが研修に連れて行く許可になります。引率は私、静岡先生、不死鳥先生、サトウ先生です」
小川は紙を見て、にやりと笑う。
(クルーズ研修……やっと俺の計画、動かせるじゃん)
「あと、小川マコト」
不死鳥先生の声で、小川は顔を上げた。
「お前には研修用の木剣を支給する。……“約束”を忘れるなよ」
クラスがクスクス笑い、静岡先生も口元だけで笑った。
「うがぁ! 分かってますって!」
マユリ先生は前に戻り、頭を下げる。
「以上で特別なお知らせは終わりです。提出は木曜日、遅くとも午後三時までにお願いします。全員が参加できるのを楽しみにしています!」
静岡先生も笑顔で頷いた。
「それでは解散! 気をつけて帰るように!」
先生たちが一礼して退出し、生徒たちもぞろぞろと教室を出ていく。小川はプリントをファイルにしまった。
(絶対楽しいやつだ、これ)
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四人は下校しながら、クルーズの話で盛り上がっていた。
「メグミ、水着持ってくんの?」
「マコト……変態」
「素直な質問だろ!?」
「だから秘密。あんた絶対ろくなこと考えてない」
松本がニヤニヤしながら言う。
「どうせユメコちゃん絡みだろ!」
「はぁ……まあ……って、ちがう! 黙れジュンペイ!」
ウラナはため息まじりに笑い、ヒュウガへ振る。
「ヒキくん、クルーズどう思う?」
「楽しそうだよ。訓練はキツいだろうけど、ちゃんと休める時間もあるってことだし」
小川が割り込む。
「前の三年生、こんなの無かったんだろ? ざまぁ!」
「え、マコト。むしろ君が心配なんだけど。木剣で研修、ついていけるの?」
「大丈夫大丈夫! 俺、全部コントロールしてるし。全然キツくないって!」
「はいはい、“雷鳴の昇天”さん」
「“インカミング・サンダー”な」
「はいはい」
「……でも水着?」
「マコト!!」
ウラナが追いかけ、走りながら蹴りを入れる。小川は笑って逃げた。
松本がヒュウガを見て言う。
「マジであいつ、痛い目見るまで止まらないよな?」
……だがヒュウガはどこか上の空だった。
「え、ヒキ? おい、大丈夫か?」
「あっ……う、うん! 大丈夫! ちょっと……考え事してただけ」
「水着のメグミのことか? この犬!」
「ち、ちがっ……! なんでそうなる! 俺は……俺は追いかける!!」
ヒュウガは慌てて走り出し、松本も笑いながらついていく。
(あいつ、ホント適当だな。)
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追いかけられ続けていた小川は、校門の近くで立っている田中を見つけて足を止めた。胸がふわっと跳ねる。
「ユメコちゃん! 今日も元気? 午後の光で輝いてるけど、月明かりだともっと輝くんじゃない?」
田中はいつも通り冷たい目を向ける。ウラナが息を切らして追いついてきた。
「はぁっ……マジで速すぎ!」
ウラナが小川の足を軽く蹴るが、小川は田中しか見ていない。
「マコト」
「は、はいユメコちゃん!?」
田中は校門から体を離し、小川の前へ歩み寄った。
「この研修、絶対に台無しにしないで。いい?
大事な研修なの。あなたが私や誰かの邪魔をしたら、全部マイナスになる。私は剣士として成長したい。だから――一回でいいから“普通”にして。
あなたたち四人も。ほんと一回でいいから、ちゃんとしなさい」
そこへ残りの三人も到着した。田中の真剣な眼差しに、さすがに逆らえない。
「は、はいユメコちゃん! 大丈夫! 俺たち、研修の話してただけだよな? ジュンペイ? メグミ? マコト?」
「そ、そうそう! 心配しないでユメコちゃん! ちゃんとする!」
「了解っす! “モロんこと”は俺が百まで抑える!」
「うんうん! ユメコちゃんのためなら何でも~♪」
田中は少しだけ見つめたあと、小さく頷き、ため息混じりに去っていった。
松本が呆れて言う。
「マジでさ……お前、諦めろよ。今の、邪魔したら地球から消される勢いだったぞ」
「それがいい」
「……無理。俺帰る。用事あるから。じゃーな」
松本は去り、ヒュウガとウラナも続く。
「俺たちも帰る。メグミ、東京のカフェ連れてくって約束したし。じゃあな、マコト」
「そのユメコ問題、ちゃんと何とかしろよ」
「はいはい、デート楽しめよ」
二人は同時に真っ赤になって叫び、走り去った。
「デートじゃない!!」
「デートじゃないってばバカマコト!!」
小川は肩をすくめる。
「どう見てもデートだろ。まあいいや。俺も帰るか。眠いし、紙もサインもらわないと忘れる」
そう思って歩き出そうとした時――
「兄貴?」
小川が振り返ると、背の低い少年が立っていた。短い赤髪、黒い目、眼鏡。小川マコトの弟、小川ユウ。十三歳で、鯨中学校の一年生だ。
「お、ユウ! 一緒に帰るか?」
「……生のスイカ丸ごと飲み込むほうがマシ」
「冷たっ! 兄貴泣いちゃう!」
小川は弟の肩に腕を回し、そのまま歩き出す。
「うわっ、やめろ! お前と歩くの嫌なんだけど! 恥ずかしいんだよ、兄弟だって思われるの!」
「傷つくわ~。じゃあ、おにぎり奢ったら許してくれる?」
「……ツナマヨなら“我慢”する」
「よし決まり! で、今日どうだった? 何習った?」
「えっと……中段の構え。簡単だよね。あれ苦手な人かわいそう」
「……そうだな」
「で、兄貴は? 何か学んだ?」
「学んだ学んだ。片腕の剣士はマジで怖い。あと、ほうきを鼻に突っ込みすぎるな。特に誰かに突っ込まれそうになったら、出血確定、百パーだ」
「……最初から一人で帰ればよかった」
みなさん、こんにちは!第4話を読んでくださってありがとうございます。
このパートは本当は長くするつもりはなかったのですが、とても大事な内容だったので、どうしてもこうなってしまいました(笑)。今日はこのあと授業も終わるので、また執筆を進めます!
次回もぜひ楽しみにしていてください!
「クルーズ研修、一緒に行きましょう! きっと最高に楽しいですよ!!」
――サトウ先生




