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Episode.4 謎の解決は持ち越し

 ジジイの小言は永遠につきそうになかった。背中を向けて無視シカトすると、刀身を横にして傷や錆がないか一通り確認をした。ずっと手元から離れていたので劣化を心配していたが、まるで新品のように光り輝いて今すぐの手入れは必要なさそうだった。


 とはいえ、放置していたからにはちゃんと手入れをしてやりたいのが親心。この世界に日本刀の手入れに欠かせない打ち粉や丁子油ちょうじゆが、そう都合良くあるとは思えないがどうしたものか……。


「まったく……ルーベンス様がお嬢様が買い与えたのですね。いくら娘がかわいいとは言え、あまり度が過ぎるのも考えものです。そのような値の張りそうなこしらえの刀をどこで買ってきたのやら」


 ティーカップにハーブティーを注ぐセバスチャンが、溜息をつきながら知らぬ名を口にした。ワシのことを〝娘〟というからには、そのルーベンスとやらが父親か母親なのだろう。そういえば、どちらも娘が目を覚ましたというのに、一度も寝室に姿を見せない。


「セバスチャン。オヤジもお袋も出かけてるのか?」


 久しぶりに愛刀を堪能して、鞘にしまい入れると差し出されたカップを受け取る。ハーブティーなんて洒落たものを普段飲むことはないが、鼻を抜ける香りは何処かで嗅いだ記憶がある――そうだ、トイレの芳香剤だ。気分を落ち着かせるといえば、昔からラベンダー一択だもんな。


 今度こそは毒が入ってないか、恐る恐る口をつけるとハーブティー本来の味のほかには何も感じなかった。無味無臭の毒だとすれば飲んでる時点でアウトだが、これと言って体調にも変化は見られない。


「何をおっしゃてるのですか。ルーベンス様は私用で出払っていますが、もうすぐ帰ってくる予定でございますよ。それにマリア様はお嬢様が七つの頃に亡くなってるじゃありませんか」

「あ、ああ、そうだったな。お袋は亡くなったんだったな」


 想定外の答えに声が上擦ってしまった。レディアナの年齢で母親を亡くしているとは思わなかったが、振り返るとワシも同じ年齢の頃に、お袋が若い男と蒸発して姿を消していたので似たようなものか。


「やなり怪我の後遺症で記憶がところどころ怪しいようですね。でないと、そのような汚いお言葉遣いにはなりませんし」

「そうだそうだ。ワタクシは怪我人ですので大事にするがヨロシ」

「なんですか、その妙な話され方は。ところで先ほどもお伝えしましたが、ルーベンス様が直にお帰りになられますので昼食はご一緒にされますか?」

「は? なんでワシも同席しなくちゃいけないんだよ」

「普段からルーベンス様がお帰りになられると、真っ先に出迎えていたではありませんか。昼食をご一緒にされるのは至極当然のことかと」


 親との食事――ワシにとっては赤の他人――はぶっちゃけダルいの一言に尽きる。いくら父親とはいえ、ワシにとっては赤の他人に過ぎない。下手したらワシより年下の可能性だってあり得る。 


「ハア……仕方ないか。昼はオヤジと一緒に食べてやるよ」

「畏まりました。それでは身形みなりも整えないといけませんね」

「なにいってんだ、別にこのままでいいだろ。家の中なんだし」


 もう一杯カップに注ぎ直して一気に飲み干す。別にミシュラン三ツ星レストランに行くわけでもあるまいし、そんな大袈裟なとスカートの裾を広げながら笑っていると、セバスチャンは腰にぶら下げていたベルを鳴らした。


         ✽✽✽


「セバスチャン様。お呼びでございますか」

「イザベル、すまないが私はこれから仕事があるので席を外す。いつものようにお嬢様の着替えを手伝ってくれ」

「畏まりました。あら、お嬢様ったら、まるで野猿のような御髪おぐしでみっともありませんことよ。さあ、鏡台の前にお座りください」


 まさかの人物の登場に、数え切れない修羅場を潜り抜けてきたワシをもってしても、狼狽えなかったといえば嘘になる。階上から突き落とされ、毒殺を謀った張本人が、ニコリとも微笑まずに椅子に座るよう促している。ただの椅子が電気椅子に見えたのはこれが初めてのことだった。


「どうされたのですか? 早くお座りください」

「へ? ああ、いや、別になんでもない」

「その話し方も、何とかしてくださいませ。病み上がりなのは仕方ありませんが、せめてクロウリー家の人間として相応しい言動をお願いします」

「わ、わか、わかってますわよ!」


 イザベルの圧が強すぎる。極道の世界で名を馳せたワシが、うっかり気圧けおされてゲボを吐きそうなセリフを口にしてしまった。羞恥心で自然発火しそうなほど顔が熱くなっている。悟られないよう俯いて椅子に腰を下ろすと、頭に巻いていた包帯がとかれて傷跡を確認された。


 自分では確認できないが、イザベルはしげしげと後頭部を観察した後に、「問題はなそうです」と淡々と口にして慣れた手つきで髪をとかし始めた。鏡越しに恐る恐るカタリナの顔を覗くと、相変わらずの無表情で黙々と髪を梳いている。


 作業に集中しているようにも見えるし、仮面の下に隠している殺意ナイフをいつ振るおうか計画建ててるようにも見える。そもそも、何故ワシを、レディアナを殺そうと思ったのだろうか――。


「なあ、イザベル」

「なんでございましょう」

「お前はワシを憎んでいるか?」


 咄嗟に出てきた質問に、ブラシを動かしていた手が止まった。


「憎んでるなんて滅相もございません。わたしはクロウリー家に忠誠を誓っておりますから」


 いくら考えたところで犯行動機などわかるはずもなく、尋ねたところで正直に答えるはずもないか。いつの間にか後ろ髪に真っ赤なリボンが結ばれていて、イザベルの冷たい視線を鏡越しに感じた。

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