196/215
あの白毛の犬はきっと
「敗戦の翌年のことです・・・・・
当時私は妻とまだ幼い二人の子供と
〝大連〟の満鉄の社宅の一間を間借りして
なかなか来てはくれない引き揚げ船を
ひたすら飢えに耐えながら
待っていました・・・。」
「そんなある日・・・・・
やさしげな黒目をした
痩せてあばらの浮いた白毛の犬が
私のその後ろを家までずうっとついて来たんです
そしてその犬は自ら私に捕まって そして
その晩は久しぶりに肉を・・・。」
「きっと・・・・・
あのときのあの白毛の犬は
お釈迦様の功徳を説く捨身供養の物語りの
『飢えた虎に我が身を食わせた王子』の生まれ変わりだと
私は今でもそう思っています・・・。」と言って
その人は目を瞑って手を合わせた。