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3月10日の東京大空襲で
「あんちゃんも・・・・・
『吉原』っていう名前ぐらいは有名だから知ってんだろう
浅草寺の裏手にあった遊郭のことなんだけどよ
あそこはよ 戦時中の灯火管制下でも
営業してたんだよ・・・。」
「だから・・・・・
出征する前には俺も含めて
大勢の男たちがあそこで世話になってよ
もっとも遊女たちの多くが慰安婦として軍に徴発されて
戦時中はロクな女が残っちゃいなかったけど
それでもちゃんと営業してたんだよ
ありがたかったなぁ・・・。」
「だからよ・・・・・
昭和20年の3月10日の東京大空襲で
『吉原』が跡形も無くなっちまったのを眼にしたときには
自分ちが焼けて無くなっちまったときよりも
ほんと悲しくって涙がでたよ」と言って
その老人は鼻を啜った・・・。