88.帝都脱出
15年前に連れ去られた同胞を救うため、俺たちは帝城に潜入した。
そして師匠たちの大規模魔法で帝城の一部をぶっ壊してやると、豚皇帝たちは呆然自失となっていた。
「馬鹿な、我が堅固なる帝城がこうも簡単に。しかもエルフごときに破壊されるとは。これは夢だ、これは夢だ……」
そんな奴らを見て溜飲を下げた俺は、最後のセリフを叩きつけた。
「ゲルハルト! 今日のところは、これくらいにしておいてやる。お前らなんかいつでも殺れるってこと、その頭に刻んでおけ。それから帝国内にいる我が国の捕虜を探し出して、送還しろ! 間違っても殺すんじゃないぞ。もし殺したら、その数だけお前らの拠点を、吹き飛ばしてやるからな!」
それだけ言ってガルダに飛び乗ると、俺たちは帝城を後にする。
いくらか矢が飛んできたが、シヴァのシールドで跳ね返した。
さらにやすやすと帝都の防壁を飛び越え、あらかじめ準備しておいた避難所へ向かう。
この避難所は帝都から同胞を逃がすため、壁外に設けられたものだ。
いかに俺たちが帝城をぶっ壊して混乱させたとしても、2百人近い同胞をそのまま連れ出せるはずがない。
そこで俺たちは帝都内に3つの拠点を確保してから、外へ向けてトンネルを掘ったのだ。
普通ならとんでもない大仕事だが、その辺はソーマにお願いした。
おかげで拠点から壁外へ逃げるトンネルが、あっさりと3つ完成する。
トンネルの先には天幕を張り、食料や毛布を準備して、休息が取れるようにしてある。
そして俺たちが帝城で暴れていた間に、救出班が同胞を救い出し、続々とここへ向かっているはずだ。
しかし今のところ、まだ誰もたどり着いてはいなかった。
「まだ仲間は来ていないみたいだな。俺たちは少し、休むことにしよう」
「しかし陛下、このような所で休んでいてよろしいのですか? すぐに追手が掛かると思いますが」
不審に思ったソフィアが問う。
「ああ。だけど他にも救い出すべき同胞が2百人ほどいるからね。救出班が救い出した人は、ここで合流することになっているんだ」
「そうなのですか……しかし、全てを救い出すことなど、不可能ですよね?」
「さすがに全ては無理かもしれないけど、できる限りのことはしたいんだ。運が良ければ、ここまで来れるだろう」
そう、運が良ければだ。
救出に赴いた仲間もほとんど素人なのだから、不幸な事故は避けられないだろう。
なるべく多くを救い出せるといいのだが。
そう思いながらしばらく待っていると、トンネルの方から音が聞こえてきた。
息を飲んで見つめていると、救出班の1人が顔を出す。
俺たちの存在を確認して安心した彼が姿を現すと、その後に救出した同胞が続いていた。
彼らはすぐに天幕に導かれ、そこで毛布や食料を受け取って休息を取っている。
そんな中、救出班を率いていた男が、俺に声を掛けてきた。
「陛下、ご無事でしたか!」
「ああ、全然平気さ。マルレーンの双玉も、救い出したからな。そっちはどうだった?」
「こちらもほぼ成功しました。ただし一部で不幸な事態が起こり、5人ほど失いました……」
彼が悲痛な表情を浮かべる。
「これだけの人数の救出を、完璧にやるなんて無理なんだ。お前らは良くやったよ」
「申し訳ありません。陛下が命懸けで騒ぎを起こして注意を引いたというのに、私は責任を果たせず……」
とうとう涙を流しはじめた。
俺はそれほど、危険じゃなかったんだがな。
しかし彼の気持ちも分かる。
「もういい、ほとんど素人のお前たちが、これだけやったんだ。誰にも文句は付けられないさ。さあ、お前も休め」
「ありがとうございます、ウウッ」
全てを救うことなどできはしないのに、彼は真面目すぎるな。
しかし15年も虐げられてきた同胞を救おうとしているのだから、それも無理はないのかもしれない。
「陛下、本当に全ての同胞を救い出そうとしているのですね? まさか、まさかこんなことが、本当に叶うなんて……」
「15年もの間、無為に命をつないできただけだと思っていたのに、よもやみんなと一緒に帰れるとは……」
俺たちのやり取りを見ていたソフィアとリディアが、もらい泣きを始めた。
「おいおい、2人ともまだ泣くのは早いぞ。これから祖国に帰るんだから、ほどほどにしとけ」
「グスッ……お見苦しいところをお見せしました。しかし陛下、これだけの人数をどのように脱出させるのでしょうか? まだエウレンディア領までは、ずいぶんと距離があります」
「ちゃんと考えてある。俺たちは、空を飛んで帰るのさ」
「空を? しかし先ほどのグリフォンでは、そう何人も乗れないと思うのですが」
「もちろん、ガルダなら10人が限界だな。でも大丈夫。もっと大きいのが2体いるし、仕掛けも用意してあるから」
そう言ってナーガとアグニを召喚すると、小さなパニックが発生した。
そりゃあ、ふいに竜種が2体も出てきたら、驚くか。
「悪い悪い。しかし彼らは七王の、ナーガとアグニだ。どちらも空を飛べるから、みんなを運んでもらう」
「またもやお見苦しいところを。しかし、やはり2百人以上を運ぶのは、無理ではありませんか?」
「まあ、1回では難しいね。だけどここから西の山の中に、拠点を作ってある。そこまで何回かに分けて運ぶつもりだ。たぶん3往復もすれば終わるだろう」
「本当にそんなことが可能なのですか?」
「なんとかなるって」
いまだに半信半疑のソフィアたちを尻目に、俺たちは移動の準備をした。
いかにガルダ、アグニ、ナーガを擁するとはいえ、その背に乗るだけでは到底足りない。
そこでロープと木枠で作った籠も準備し、そこへ救出者を乗せるつもりだ。
これなら80人ぐらいは運べるから、それを3つの避難所で繰り返せば、救出班も含めて全員移動できるだろう。
やがて最後の救出班が到着したので、中継点への移動を開始する。
吊り下げられた籠に乗った同胞は最初、悲鳴を上げていたが、帝都から離れるとそんな騒ぎも落ち着いた。
そして半刻ほど飛んで中継点へ到着すると、乗客を降ろして他の避難所へ向かう。
2つめ、3つめの避難所からも同胞を回収してきたら、もう真夜中になっていた。
結局、中継拠点まで来れたのは、救出班が40人、被救出者が184人だった。
救出が叶わずに命を落とした者が13人、そして救出班も7人が犠牲になったそうだ。
とても残念だったが、完璧などあり得ない。
作戦が終わってから、改めて彼らの死を悼むことにしよう。
全ての搬送作業を終え、ひと休みしていた俺に、リディアがお茶を差し出した。
「お疲れさまです、陛下。本当に2百人近い同胞を救い出すなんて、思いもよりませんでした。陛下と七王に掛かれば、何事も簡単になってしまうのですね?」
「いや、これは仲間が力を合わせた結果だよ。少しでも多くの同胞を救い出そうと、みんなで知恵を絞ったんだ。もちろん、これからは君たちにも、力を貸してもらう」
「はい、この身は全て、陛下とエウレンディアのために」
そう言ってソフィアとリディアが、嬉しそうに微笑んだ。
「その言葉、受け取った。だけどまずは、故郷へ帰りつこう。全てはそれからだ」
「はい、陛下」
なんとしても彼女たちを国へ連れ帰ると、改めて俺は決意した。