87.帝城崩壊
「あなたたちが、マルレーン侯爵家のご令嬢か?」
「はい、お初にお目に掛かります、ワルデバルド陛下。私が姉のソフィアでございます」
「妹のリディアにございます」
「うん、顔を上げてくれ」
ようやく顔を上げた2人は、とても美しかった。
いくらかやつれてはいるが、豊かな金髪と大きな緑の瞳が映える、とびきりの美女だ。
ソフィアは青の、リディアは赤のドレスを身にまとい、その体は成熟した女性の魅力を発している。
ただし、両人とも片耳の先端が、切り取られているのが痛々しかった。
「その耳は、誰にやられた?」
「はい、豚皇帝に切り取られました。私たちはそっくりで見分けがつかないからと言って、笑いながら切り取ったのです」
たしかに2人は双子で、簡単には見分けがつかないほどよく似ていた。
戦前は”マルレーンの双玉”と呼ばれ、社交界を賑わせていたと聞く。
そんな彼女らを、帝国の皇帝はおもちゃにしたばかりか、耳の先端を切り取ったと言うのだ。
おかげでエルフ独特の長く尖った耳の先端が、ソフィアは右、リディアは左がそれぞれ欠けていた。
そんな残酷な仕打ちに、内心で怒りが膨れ上がる。
「あいにくと俺は無粋で、気の利いた慰めを思いつかない。しかしあなたたちを故郷へ連れ帰り、帝国には責任を取らせよう。それだけは約束しておく」
「もったいなきお言葉」
「心からの感謝を」
彼女たちは涙を浮かべながら、微笑んでみせた。
「ちょっとワルド、いつまでやってるの? 敵が来るわよ」
そんな感動の場面に、アニーが水を差す。
しかし実際に、ゆっくりしていられないのも事実だ。
「そうだな。それではご両人、こちらへ来てくれ」
窓際へ呼び寄せると、彼女たちがガルダを見て怯んだ。
しかしアニーや師匠がいるのを見て、気を取り直す。
「ガルドラ様、あなたまで助けに来てくださったのですか?」
「お久しぶりです、ソフィアさん、リディアさん。積もる話もあるでしょうが、今は早くこちらへ」
その言葉が終わるのを待たず、俺はソフィアとリディアの腰を抱き、軽やかに窓枠を蹴った。
そのままガルダの背中へ収まるも、ソフィアから抗議の声が上がった。
「もうっ、陛下。せめてひと声お掛け下さい」
「悪い悪い、ちょっと外が騒がしくなってきたからな」
先ほど窓を壊した音を聞きつけて、周囲に人が集まりつつあった。
俺はソフィアたちを座らせてから、すぐにガルダを移動させる。
次の行き先は、帝城の中にある大広場だ。
皇帝が閲兵なんかする時に使う場所だな。
そこへ乗りつけた俺はひらりと舞い降りて、護衛としてシヴァを召喚する。
そしてすうっと息を吸ってから、大声を張り上げた。
「新生エウレンディア王国国王、ワルデバルドだっ! マルレーンの双玉は返してもらったぞ!」
途端に周囲が騒がしくなって、あちこちに灯りが点りはじめる。
ガルダの風魔法で声を拡散しているため、かなりの人間が聞いたはずだ。
騒ぎに気づいた人々が、徐々に集まってくる。
やがて目の前の建物のベランダに、物々しい一団が現れた。
その中央には、ひときわ豪奢に身を飾り、脂ぎった壮年の男が見える。
「陛下、あれが帝国皇帝にございます。あの派手に着飾った男こそが、ゲルハルト・ヴァンデリン・アルデリア」
ソフィアがそう言うと、豚皇帝から声が掛かる。
「その方、新生エウレンディアの王だと申したか?」
「ああ、そうだ。俺がワルデバルド・アル・エウレンディア。15年前にお前たちに滅ぼされた国の、正統な後継者だ」
「ほほほっ。あの間抜けなヴィレルハイトの息子がのう……しかしせっかく生き残ったというのに、再び殺されにくるとは、つくづく愚かなことよ」
「違うな! 今日はお前らにさらわれた同胞を救い出しにきたんだ。このとおり、マルレーンの双玉は返してもらった」
「何っ! 後宮の警備はどうなっておるのだ?」
豚皇帝は後宮に入り込まれたことに怒り、臣下を叱責していた。
しかしやがて余裕を取り戻すと、嫌味ったらしく言葉を続けた。
「フンッ、その方ら、何をとち狂ったか知らんが、ここまで来たその度胸だけは誉めてつかわそう。最後に何か、言いたいことはあるか?」
「別に最後にするつもりはないけど、とりあえずひと言……エウレンディアから手を引けっ、豚野郎~っ!」
ガルダに増幅させた声が、周囲に響き渡る。
慣れない暴言を叩きつけられ、しばし動揺していた豚が、我に返って攻撃を指示する。
「な、何を無礼な。殺せっ、殺せい!」
その瞬間、無数の矢が俺たちへ向けて放たれた。
ソフィアたちが悲鳴を上げたが、それらは全て、シヴァの闇堅殻に弾かれる。
ただの1本も矢が通らなかった事実に、帝国の兵が動揺していた。
「な、何をしておる。もっと撃て! あやつらが疲れるまで、矢を撃ち続けるのじゃ」
それから何度も何度も矢の雨が降り注いだが、一向に通じなかった。
しかも何度攻撃されても、俺たちは無傷どころか、微動だにしていなかった。
それに気付いた兵士たちが、1人、また1人と弓を下ろす。
「ようやく自分たちの無力を思い知ったか? 七王の前には、お前たちがいかに無力かってことを。しかしエウレンディアの力は、七王だけじゃないってことも見せてやる。やっちゃってください、皆さん」
その瞬間、周囲に膨大な魔力が満ち、師匠、アニー、レーネの詠唱が始まった。
『土精を介して奏上たてまつる。偉大なる大地の女神、地中の王よ。我が魂の呼びかけに応え、大地の怒りもて堅固なる岩盤を打ち砕け。溶岩粉砕』
『風精を介して奏上たてまつる。全能なる天上の大神、天空の王よ。我が魂の呼びかけに応え、天上の奇跡もて大気の刃を解き放て。暴風蹂躙』
「『開扉』……魔界の賢者、地獄の魔王よ。我が魂の呼びかけに応え、魔界の怒りもて地獄の炎を焼き尽くせ。地獄炎乱舞!」
それぞれがほぼ同時に呪文を唱え終えた時、帝城に激震が走った。
帝城の外壁の四隅に設けられた尖塔の3つが、彼らの魔法を受けて崩壊したのだ。
ボルカニックスマッシュを食らった塔は、その基部から噴き出した溶岩で土台が崩壊し、灼熱の岩塊に。
ストームデバステイションを食らった塔は、その内部に生じた暴風の圧力で爆散し、無残ながれきに。
そしてヘルファイヤを食らった塔は、その超高熱に全てを焼かれ、溶けながら崩れ落ちていった。
それは後に、”エウレンディアの3魔星”と呼ばれる当代最強の魔法使いが、表舞台に姿を現した瞬間だった。
耳がおかしくなりそうなほどの轟音と爆発の余波、そして本来涼しいはずの秋の夜を真夏に変えるほどの熱が充満し、人々が逃げ惑う。
そんな中で豚野郎は逃げるのも忘れ、崩れ落ちた。




