86.捕虜奪還作戦
帝国軍の撃退後、俺たちは帝国で奴隷とされている同胞の奪還計画を進めていた。
そしてその準備が調ったということで、俺は帝国の首都へ乗り込んだ。
「遠路はるばるご苦労様です、陛下」
「いや、お前たちの方こそ、異国で苦労させている。それで早速だが、どれくらいの同胞の居場所がつかめたんだ?」
「はい、15年前に奴隷にされた同胞は約3千人いたと言われておりますが、その中で所在が知れた者は、わずか2百人足らずです」
ここは帝都で下準備をしている者たちの拠点のひとつだ。
拠点の責任者に出迎えられて、まずは調査状況を聞く。
「やはり2百人程度か。もう他には生き残っていないと?」
「いえ、帝都以外も探せばさらに見つかるとは思いますが、とても手が回りません。残りは帝国と交渉する他ないかと」
「ああ、それについては後で考えよう。奴隷になってる人たちの確認は、アフィが手伝ってくれたんだよな」
「ええ、そうよ。彼らが目を付けた所に、妖精を派遣したの。ちゃんと作戦も伝わってるはずよ」
「さすがだな。ありがとう」
さすがに敵国のど真ん中で、エウレンディア絡みの奴隷を確認して歩くなんてのは自殺行為だ。
そこで手伝ってくれたのが、アフィが集めた妖精たちだった。
普段は勝手気ままに生きている妖精だが、妖精女王となったアフィの頼みは断らない。
元々、森の民であるエルフとは仲も悪くないので、今回は彼らが本人確認と伝言を手伝ってくれたのだ。
そして俺は見つけた同胞を帝国から奪還し、エウレンディアへ連れ帰ろうと考えている。
そのためには、少々荒っぽい手段もいとわない。
「それでは明日の夜、各所を一斉に襲撃し、同胞を奪還します。すでに救出班の配置は完了しております」
「あまり無理はするなよ。同胞を助けだそうとして、こっちが命を落としちゃ元も子もないからな」
「いいえ、1日でも早く同胞を解放するため、少々の無理は覚悟のうえです。それに最大の無茶をするのは、陛下ではありませんか」
「まあな。でも俺には七王が付いてるから、それほど無茶ってわけでもない」
明日、俺は師匠たちと共に、帝国の中枢である帝城を襲撃する予定なのだ。
狙いは後宮に囚われた同胞と、奪われたエウレンディアの財宝を奪還しつつ、人の目を集めることだ。
最初は1人で行くつもりだったんだが、師匠とアニー、レーネまで付いてくることになった。
彼らはエウレンディアでも最上級の魔法使いであり、一緒に行けば役に立つと言われると、断りきれなかった。
まあ、護衛はシヴァに任せとけばいいし、七王以外にも戦力があることを示すのもありだ。
今は身内で揉めている場合じゃないので、彼らの動向を許すことにした。
そして翌日の夜、俺は仲間をガルダに乗せ、帝城に忍び寄った。
すると帝城の外壁を越えた時に、何か不自然な感覚を覚える。
「あっ、今、結界に引っかかったわよ。やっぱり腐っても帝城だけあって、魔法結界くらい施してあるのね」
「やっぱりあれが結界だったか。とりあえず姿を消して、宝物庫に急ごう」
「りょうかーい」
結界に引っかかったことは敵に知られたようだが、俺たちはそのまま監視をすり抜けた。
シヴァの闇魔法によって夕闇にまぎれ、そのまま進んだ。
最初の狙いは宝物庫だが、それは帝城奥深くの地下にある。
普通に考えれば、まずたどり着けないような場所だが、普通にやるつもりはさらさらない。
事前に妖精を使って、宝物庫の位置は調べてあった。
そして宝物庫に最も近い裏庭の一角に、俺たちは降下する。
裏庭へ着くと、ただちにソーマを召喚して、宝物庫へのトンネルを掘ってもらう。
宝物庫までの間には膨大な土と硬い石壁が存在するが、大地竜に進化したソーマには、さほどの障害にならない。
彼はまるで水中を進むように土をかき分け、そのまま土魔法で固めることで、トンネルを作っていく。
しばらくするとソーマが戻ってきたので、盾に送還してからトンネルへ入った。
ちょっと身をかがめながら数十歩ほど進むと、破壊された石壁に到達した。
そしてそこを乗り越えると、もうそこは広大な宝物庫だ。
アフィに周囲を照らしてもらうと、およそ百歩四方ほどの宝物庫が見渡せた。
そこには幾つもの棚が置かれ、様々な金銀財宝が保管されている。
「さすがは帝国の宝物庫だけあって、立派なもんだな。今まで侵略してきた国のお宝も、眠ってるんだろうな」
「うわ~、きれいね~」
「せっかくだから、全部いただいちゃいましょうよ」
アニーとレーネが、目を輝かせている。
しかしとても全部は持ち帰れない。
「持ち帰れる量に制限があるから、エウレンディアの財宝限定な。さて、15年前に奪われた財宝が、どこにあるか分かるか? アフィ」
「国宝級の財宝ならエルフの魔力が宿ってるはずだから、分かるはずよ。ちょっと探すわね」
そう言ってアフィーが、部屋の中を調べはじめた。
しばらく行ったり来たりするうちに、ある一角の棚の前でピタリと止まる。
俺たちが駆けつけると、彼女が得意そうに大きな宝箱を示していた。
「これか? アフィ」
「ええ、この箱の中から、それらしい魔力を感じるの。とりあえず開けてみて」
「よし……ん? 鍵が掛かってるな。それならシヴァに頼もう」
宝箱には鍵が掛かっていたので、俺はすぐさまシヴァを召喚した。
するとシヴァは無言で剣を抜き、それを一閃させると、すでに鍵は破壊されていた。
さすがはシヴァ、じっちゃんの技を受け継いだだけはある。
嬉々として箱の蓋を持ち上げると、まばゆい財宝が現れた。
「思ったとおりね。濃密なエルフの魔力が宿ってるわよ」
アフィの光に照らされた箱の中身は、まさに光り輝いていた。
精緻な金銀細工に色とりどりの宝石をはめ込んだ王冠や、儀礼用のきらびやかな剣や鎧が、まずは目に付く。
さらに箱の中にある小箱や袋を開けると、多くの宝石や宝飾品が現れた。
「さすがはエウレンディアの財宝だな。それにしても、王国ってけっこう金持ちだったんだな?」
「これぐらいで金持ちだなんて、とんでもない。本来ならこの何倍もの財宝があったはずよ。残念ながら他は売られるか、家臣に与えられるかしたんでしょうね」
「これの数倍かよ、すげえな。でもそれだったら、足りない分は他で補ってもいいよな。どれくらいが妥当だと思う?」
「そうねえ……中身にもよるけど、この棚の列まるまるぐらいは、もらってもいいんじゃない? ガルドラはどう思う?」
「私にもよくわかりませんが、まあ妥当なところではありませんか。ついでに賠償金の一環として、金貨もいただいていきましょう」
あまりゆっくり鑑賞もしていられないので、俺たちはお宝の回収に移った。
とはいえ、手で持って帰るには過大なものだ。
しかし俺は七王が進化したことにより、盾の中に物を収容することができた。
アフィの操作によって、七王の盾の中に次々と財宝が収納されていく。
棚1列分を丸々頂いてから、白金貨200枚も頂戴した。
これは今日、連れて帰る予定の捕虜2百人への賠償金だ。
1人当たり金貨百枚として計2万枚になるが、重いので白金貨にした。
本当はありったけ奪ってもよかったんだが、持ち帰れる財宝との兼ね合いで、そこへ落ち着いた。
財宝を取り戻した俺たちは悠々と脱出すると、ソーマにトンネルを埋め直してもらう。
宝物庫に入ったことは、なるべく隠しといた方がいいからな。
もっとも、石壁は壊れたままなので中を確認したら、すぐにばれるが。
その時の帝国の奴らの顔を、見てやりたいもんだ。
その後はすみやかに後宮へ移動だ。
そこには15年前に拉致された同胞が、2人だけ生き残っているからだ。
再びガルダに乗って移動すると、すぐに巨大な建物が見えてきた。
後宮には何十人もの美女が皇帝の寵を競い合い、その数倍の女官が勤めていると聞く。
そしてその一角の窓に、白い布が垂らされた部屋を見つけた。
それは俺たちが妖精を通して伝えた、同胞の位置を示す目印だ。
ガルダがそっと窓の横に忍び寄り、空中に静止する。
風を思いのままに操るガルダならではの芸当だ。
さらに風の刃が、その窓を切り刻んで吹き飛ばした。
すっかり見通しがよくなった窓から侵入すると、そこは広い部屋だった。
部屋の右側にでかいベッドが置いてあり、左側にはテーブルと椅子がいくつか。
そしてテーブルの横に女性が2人、ひざまずいていた。
「俺の名はワルデバルド・アル・エウレンディア。あなたたちが、マルレーン侯爵家のご令嬢か?」