82.痛み分け
”帝国の7剣”とやり合っていたら、案の定、ハムニバルの野郎が出てきやがった。
奴こそはじっちゃんの仇。
絶対にその恨みを晴らしてやる。
「グウッ、儂を待ち構えていたというのか?」
左腕をガルダに傷つけられた奴が、傷を押さえながら問いかける。
「そのとおりだ。いずれお前は、俺を狙ってくると思っていたからな」
これは事前に七王とも、話し合っていたことだ。
帝国の切り札であろう骨ギガントを倒した時点で、再び暗殺を試みる可能性は高いと踏んでいた。
それに備えてアフィは周辺の魔力の流れを見張り、シヴァはいつでもシールドを張れるように待機していた。
そしてガルダは遊撃するふりをしながら、敵が見つかり次第、襲撃する役目だ。
その目論見は見事に図に当たり、ハムニバルに手傷を負わせた。
しかし奴は、不遜な態度を崩そうとしない。
「ククククッ、若造と思って、侮りすぎたか。なかなかやるな、エウレンディアの王よ」
「そっちこそ大したもんさ。人の身で七王と互角にやりあってるんだからな。しかしハムニバル、お前だけは絶対に許さない」
「おや、何かまずいことでもしましたかな?……おお、そういえば、王をかばって将が1人、亡くなったとか。ひょっとして、王に近しい存在でしたかな?」
この野郎、嫌らしい笑みを浮かべながら、挑発してきやがった。
じっちゃんが俺の育ての親とまでは知らないまでも、それなりに情報をつかんでいるようだ。
さすがは謀略にたけた英雄、ということか。
その事実を認識しつつも、俺は頭に血が上るのを抑えられなかった。
今にも飛び掛かって、バラバラに引き裂いてやりたい。
肩の上で俺を気づかうアフィのぬくもりが、かろうじてそれを押し留めていた。
「おや、意外に冷静ですな? どうしました、陛下。憎い仇が目の前にいるのですぞ」
「……何を企んでいる? そのケガで逃げられるとでも、思っているのか?」
「おお、私なぞに気をつかってもらって、感謝にたえません……しかし、この程度で討ち取れると思うなよ、小僧!」
奴が何か玉のような物を地面に叩きつけると、ボフンと煙が発生して視界がさえぎられる。
「アフィ、ガルダ、逃がすな」
「ダメよ。魔力が乱されて、追えないわ」
(上からも見えね~ぜ)
「チッ……それならインドラに――」
ならばインドラに臭いを追わせようとした矢先、今度は俺たちの周囲で爆発が起こった。
「なっ、なんだこれ?」
「これって、火魔術?」
俺や七王を囲むように、炎の壁が立ち上がり、周囲が一気に過熱する。
すかさず水魔法で消火しようとしたが、炎の勢いが強くて、なかなか消えない。
「チッ、埒が明かない。ナーガ、呼吸を合わせて一気にやるぞ」
(はい、主様)
『氷河時代!』
ナーガとの合わせ技で、周囲の空気を一気に凍らせた。
キンッという澄んだ音と共に、炎が消え、水蒸気が氷となって林立する。
しかし、さっきまでそこにいたはずのインペリアルセブンは、もう誰もいなかった。
「やられた。今のは逃げるためだけの、こけおどしかよ」
「どうやらそのようね。なかなかやるじゃない。とりあえず私たちも、戻りましょ」
「くそっ、いまいましい!」
俺は激しい敗北感を感じながら、ガルダに乗って城壁内へ戻った。
すると師匠とグラーフが俺に駆け寄ってくる。
「陛下、ご無事ですか?」
「ああ、俺は無傷だ。だけど、敵にいいようにあしらわれたよ」
「そうでしょうか? 敵も手強いと思って、一旦ひいたのでしょう」
「だといいんだけどな」
それからすぐに屋内へ入り、さっきの分析をする。
「さっきの戦い、そっちから見てて、どうだった?」
「我々からは遠かったので、何が起こったのかよく分かりませんでした。いきなり炎の壁が立ち上がった時は、肝を冷やしましたよ。陛下に関しては、杞憂でしたが」
「ああ、心配かけた。それにしてもあんなでかい火魔法、その辺の魔術師でもできるもんなのか?」
「いえ、あれはおそらく事前に仕掛けがしてあったのでしょう。それに加え爆炎のジュードも、来ているのかもしれません」
師匠がこめかみをもみながら、推測を語る。
「ジュードは来てないんじゃなかったのか?」
「旗を掲げていないだけで、実際はいたのでしょう。インペリアルセブンが勢ぞろいとは、ずいぶん豪勢ですね。思った以上に我が国を危険視している、ということでしょう」
「そういうことか。それで、仕掛けってのは?」
「おそらく油か火薬の類を、事前に埋めておいたのでしょうね。それをジュードが一気に点火したのではないでしょうか」
どうやら俺は、敵の手のひらの上で踊らされていたらしい。
「なんだよ、それ? おびき出したつもりで、こっちが罠にはめられたのか……」
「ええ、それがハムニバルという男です。少々強くなったからといって、無闇に突っ込んでいては、陛下も危ないですよ」
「……」
自分の未熟さを冷静に指摘されて、俺は唇を噛む。
たしかに今回はうかつだったかもしれない。
俺はそれを素直に認め、気を取り直した。
「それで、これからどうなると思う?」
「おそらく敵も骨の竜を倒されたので、しばらくは様子を見るでしょう」
「それについては敵も、予想外だったってことか?」
「ええ、そうだと思いますよ。しかし負けっぱなしではいられないので、インペリアルセブンが出てきて、痛み分けのように見せたのでしょう。まあ、あわよくば陛下を討ち取るつもりもあったでしょうが」
「それを陛下が見事にひっくり返したので、さっさと退散したわけだな?」
「ええ、下手に被害を広げないうちに撤退した手腕は、見事と言ってもいいでしょう」
グラーフの軽口に、師匠も苦笑で応じる。
それで少し、空気が軽くなったような気がする。
しかし、状況が良くなったわけでもない。
「敵が様子を見るとしたら、長期戦も辞さないってことだよね?」
「はい。元々魔物に備えて国境に置かれていた部隊です。こうして戦力が拮抗している以上は、長期戦の構えになるでしょう」
「うん、そうかもしれない。だけど補給が途切れたりしたら、どうなるかな?」
「補給部隊を襲撃するのですか? しかしそのような戦力はありませんよ。やったとしても、すぐに対策をされるでしょうに……」
それぐらいは考えたという顔で、師匠が反論する。
「襲撃自体は、七王にやってもらう。そうだな、ガルダとアグニをセットで送りだせば、確実だろう」
「たしかにそれだけの戦力があれば、補給部隊の殲滅も可能でしょう。しかし四六時中、彼らを動かすわけにもいきませんよ」
「だからさ、補給部隊の監視は、兵士に任せるんだ。街道沿いに兵を忍ばせて、補給部隊の動向を見守らせる。敵の補給部隊も夜は動けないから、街道沿いにいくつか拠点を築いてるはずだろう。拠点に入ったことを確認したら、魔道具で連絡してもらえばいい」
「……なるほど、補給拠点の監視なら動かなくてすむので、あの魔道具が使えますね」
以前、北と南の森林地帯の連絡に使った魔道具があるが、あれはけっこう大きくて重いのだ。
しかし、拠点の監視なら腰を据えてできる。
「そう。そして連絡を受けたら、闇にまぎれてアグニたちを送り出すんだ。拠点に着いたら、アグニの火炎ブレスで物資を焼き払う。ガルダはそこまでの案内と、念のための監視だな。ひょっとしたら、インペリアルセブンが出てくるかもしれないからね」
「ふむ、実に贅沢な作戦ですね。人類には到底まねのできない機動力と、破壊力を兼ね備えた存在を、あえて補給線の破壊に使うとは」
「アグニたちには悪いんだけど、敵の嫌がることをするのは常道でしょ?」
「もちろんです。10万の兵士を支えるための補給が、どれほど大変なことか。もしもそれをズタズタにできれば、帝国軍は確実に動揺するでしょう」
師匠の目が、いきいきとしてきた。
あれは頭の中で、猛烈に思考を重ねている顔だ。
「ただちに要員を選別し、監視計画を作成します。監視地点へは、七王に送ってもらえますか?」
「もちろんだよ。アグニとガルダなら、10人ぐらいは運べる」
「ふむ、食料や道具もいるので、5人ぐらいで編成しますか。その前に、例の魔道具も取り寄せねばなりませんね」
「ああ、バラスにあるのかな?」
「いいえ、すでに王都に置いてあります。明日にでも、ガルダをお借りできますか?」
「もちろん」
「助かります。本当に七王は、エウレンディアの守護神ですね」
「なんか、便利屋みたいになってるけどね」
「それを言いだしたのは、陛下ではありませんか」
「違いない」
今日は一杯くわされたが、今度はこっちの番だ。
せいぜい帝国軍に、嫌がらせをしてやろうじゃないか。
見てろよ、ハムニバル。