80.骨ギガント
テッサ防衛戦の4日目、帝国軍はなんと、巨大な骨の化け物を作り出してきやがった。
アフィによれば、それは死霊魔術で作られた疑似生物らしい。
「死霊魔術って、あんなでかいのまで作れるのかよ?」
「私も初耳ですが、敵には死霊のヴードゥレイがいます。死霊魔術によって死者を兵士にするとは聞いていましたが、まさかこれほどとは」
物知りの師匠ですら呆れていると、アフィが知っていることを教えてくれた。
「死霊魔術ってのは、人間や魔物の死骸に死者の魂を込めて、使役するの。ただし使役する対象が大きければ大きいほど、多くの魂が必要なはずよ」
それを聞いた師匠が、恐ろしいことを口にする。
「まさか……昨日までのがむしゃらな攻撃は、このためにあえて兵士を死なせていたと?」
「ええっ、味方の命を生贄にしたってこと? まさか、そんな……」
「いいえ、帝国とは、そして”帝国の7剣”とはそんな奴らですよ。目的のためには、どんな犠牲もいといません」
「そんな馬鹿な……」
その場にいる者全てが、帝国軍の異常な行動に嫌悪の感情を抱く。
しかし、ぼーっとしてばかりもいられない。
「いずれにしろ、これ以上のんびり、話してもいられなくなりました。あの化け物が完成したようです」
師匠の言うとおり、巨大な骨が半ば透けた灰色の肉体をまとって、立ち上がった。
頭の位置は俺のはるか上にあり、小山のような巨体を四肢が支えている。
どこか見覚えがあると思っていたが、その姿を見て確信した。
「あれって、”山王竜”じゃないか?」
「言われてみれば、そうですね。我が国に侵攻した時にでも討伐して、死霊魔術の研究に使っていた、というところでしょうか」
おそらく師匠の推測が当たっているのだろう。
あんなものが戦争に使われたとは聞かないので、まだ研究中の可能性が高い。
――ゴオウワーーーーッ!
骨ギガントが首を掲げると、大地を揺るがすような怒号が響いた。
それは声とも呼べない音だったが、聞いた者の心をすくませるには十分だ。
味方の兵士が一部、恐慌に陥る。
「まずい、普通の兵士じゃ太刀打ちできない。砦を破壊される前に、俺が七王と一緒に出る」
「陛下自ら、お出になるのですか?」
「ああ、あれは俺の領分だ」
「……たしかに他に方法がありませんね。しかしくれぐれもお気をつけを」
「分かってる」
俺はその場でガルダを召喚し、シヴァと一緒にその背に乗った。
ガルダはすぐさま飛び上がって、骨ギガントの前に降下する。
その場で残りの王も召喚すると、敵がこちらへ向けて歩きだす。
やがてある程度近づくと、敵が炎のようなものを吐き出した。
シヴァが闇盾でそれを防いだが、その炎を浴びた周囲の草が、ボロボロとしおれていく。
おそらく単純な炎ではなく、生物の力を奪う類の属性を帯びているのだろう。
死炎とでも呼ぶべきか。
それに対してアグニが火炎ブレスを吐き、ナーガも水刃を浴びせたが、まるで効いた様子が見えない。
未知の疑似生物なんだから、それも当然か。
さて、どうやって攻めたものか。
俺は少し考えてから、念話で七王に指示を出す。
(とりあえずソーマは地下に潜って奴の足を取れ。その他はとりあえず首に集中攻撃を掛けろ)
(((了解)))
アフィとシヴァを残して味方が散開すると、俺も魔剣フェアリークローを構えて臨戦態勢を整えた。
まずは小手調べに石の槍を、骨ギガントの首めがけてお見舞いする。
しかしそれは、半透明の体に触れるとボロボロと崩れてしまった。
お返しとばかりに死炎が飛んできたが、再びシヴァのシールドではね返す。
彼の守りは実に頼もしいが、これでは敵に接近もできない。
一方で味方の攻撃も始まっていた。
インドラの雷撃が、ガルダの風刃が、ナーガの水刃が、そしてアグニの火炎ブレスが骨ギガントに殺到する。
しかし遠巻きに放つ魔法では効果が薄く、やはり表面で力を失っているようだ。
敵はこちらの攻撃など物ともせず、再び進みはじめた。
そしてフッと身をひるがえした瞬間、ぶっとい尾がこちらへ飛んできた。
ただちにシヴァが防御を試みるも、さすがにこの負荷には耐えられず、俺もろとも吹き飛ばされた。
俺たちは大きく後ろに飛ばされ、無様に地面を転げ回る。
しかしその攻撃の隙を突いて、ソーマが地下から仕掛けた。
骨ギガントの足元を支えていた地面が大きく陥没し、敵の体勢が大きく崩れる。
その隙を逃さじと、七王が殺到した。
インドラが牙と爪に雷をまといながら、敵の首に食らいつく。
彼の牙がブチブチと半透明の肉を食いちぎり、引き裂いた。
さらにガルダは高速ですれ違いながら爪で引き裂き、ナーガとアグニのブレスがその傷をえぐる。
やがて水と炎のブレスが衝突し、ちょっとした爆発が生じた。
それは濃い霧を発生させ、敵の姿をしばし覆い隠した。
やがて霧が薄れて見えてきたのは、首のちぎれた骨ギガントだった。
それが見えた瞬間、後方の味方から歓声が上がる。
俺も一瞬、安堵したのだが、その体がまだ不気味に蠢いていることに気づいた。
やがて本体からちぎれた首に何かがつながると、ズルズルと首が引き寄せられていく。
そして元の位置に収まったと思ったら、何もなかったかのようにつながってしまった。
「なんだありゃあ。インチキだ……何か手はないか? アフィ」
「うーん、死霊から産みだされた魔物だから、死なないのよねえ。ちょっと考えるから、しばらく時間稼いでて」
アフィの分析に一縷の望みを懸けて、再び戦いが始まる。
俺はシヴァに守ってもらいながら、魔法で攻撃していた。
それぞれの王も、てんでに攻撃を繰り返している。
単発の攻撃では効果が薄いので、味方が傷つけた所を集中攻撃だ。
しかし骨ギガントは、そんな攻撃をものともせず、淡々と暴れ回っていた。
口からは死炎を吐き散らし、巨大な尻尾と4本の足を振り回して、俺たちを潰そうとする。
俺たちの中で一番でかいアグニですら、その攻撃を受けきれず、逃げ回るしかない。
そんなことをやっていたら、いつの間にか周りも動きだしていた。
骨竜を少しでも牽制しようと、味方の一部が砦から出てきたのだ。
それを見た帝国軍も、兵を繰り出してきた。
やがて俺たちを遠巻きにしながら、あちこちで小競り合いが始まった。
俺は味方に引き上げるよう促したのだが、彼らも決死の覚悟でなかなか退こうとしない。
そうこうしている内に、新たな悲劇が始まった。
暴れ回る骨ギガントの死炎が、兵士を巻き込みはじめたのだ。
死炎が炸裂するたびに兵士がミイラに変わり、数十人の命が失われていく。
しかしそれは王国軍のみならず、帝国軍をも巻き込んでいた。
そんな、意味も無く散っていく命を見て、どうしようもない無力感に囚われる。
しかしそんな中、ようやくアフィから重要な情報がもたらされた。
「ワルド、周りで死んでいく兵士から、あの骨に何かが流れ込んでるわ。首の付け根辺りに、吸い込まれてるみたい」
「何かって、なんだ? 人の精気とか、魂みたいなもんか?」
「たぶんそのようなものね。とりあえずあなたにも見せてあげるわ」
そう言ってアフィが俺と同調すると、視界が変化した。
たしかにもやのようなものが、死体から骨ギガントに流れ込んでいる。
首の付け根より少し内側に、心臓みたいなものがあって、そいつがもやを吸い込んでいるようだ。
あれが骨ギガントの力の源だとすれば、それを潰すことで奴の動きが止められるんじゃないか。
しかしちょっとやそっとの攻撃で、あれを潰せるとは到底思えない
「なあ、アフィ。あの骨ギガントが死霊の魂を力に換えているとしたら、お前の治癒魔法って、効くんじゃないか?」
「うーん、やったことないけど、効くかもしれないわね。試しにやってみましょうか?」
「頼む。俺の魔力が必要なら使ってくれ」
俺が左手の盾を水平にして差し出すと、その上にアフィが乗り、精神を集中する。
俺の魔力がアフィに流れ込み、さらに彼女が両手を胸の前にかざすと、そこに光の矢が形成された。
「それじゃいくわよ。名づけて神聖矢弾!」