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この世界のどこかに  作者: 碇 カマス


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56、千代に八千代に(最終回)

+-+-+-+


~1年後~


「今日はあっちには行かないの?」

「今日はお友達が集まるらしいわ。それにあまり頻繁に顔を出すのも、ねえ」

「そうね」


 真津子は遊びに来た時子と共に、自宅で芋ようかんを頬張っていた。


「あ、そうそう、京子さんとメル友になったの」

「聡美ちゃんのお母様の?」

「そう、京子さんがあっちに用事のある時に一緒に行くようにしてるの。京子さんと一緒だと大輔も怒るに怒れないから」


 それでもあとからやんわりと、お小言を言われるのだが。


「今度時子さんも一緒に行きましょうよ。病院で会ったきりでしょ?」

「私は良いわよ。自宅にまで押しかけるのはちょっと……」

「あら、息子の自宅に押し掛けるくらい母として当然でしょ?」

「真津子さんはね。でも私は……」

「私があの子を育てたのは家を出るまでよ。その後は弦ちゃんと時子さんが親代わりだったでしょ? 時子さんもあの子の母親よ」

「そんな大層な……」

「いいえ、独りでお祖母ちゃんになるなんて嫌だわ。大きい方も小っちゃい方も、どっちも私たちの孫よ」


 言い方は乱暴だが、それが真津子の優しさだと時子は気付く。


 子をすことの叶わなかった私たちに、息子と孫を共有しようと言ってくれているのだ。


「……聡美さんも大変ね。姑が沢山いて」


 鼻の奥がつんとしたが、誤魔化す様にそう言った。


「そうよ。私が嫁をいびりそうになったら、止めて頂戴ね」

「ふふ、あんまりちょっかい出すと大ちゃんに怒られるわよ」

「ちょっと天然なのよね聡美ちゃんたら。面白くてつい苛めたくなっちゃうのよ」


 くすくすと笑いながら、ご婦人たちは三つ目の芋ようかんに爪楊枝を刺した。


+-+-+-+-+


「飲んでる飲んでる」

「可愛い~」

「友田の旦那に似てない?」

「しば、失礼だよ。女の子」

「でもそうなのよ。小さい頃の大吾に似てるの」

「ええ~……」

「女の子なのに……」


 ソファに座って赤子に乳をやる母親の周りには小さな人だかりができている。


 大吾の嫁の理恵さん、智樹の嫁の春さん、理恵さんと仲の良い会社の同僚の添田そえだ天音あまねさん。そして聡美の友人の千奈美さんと娘のゆうちゃん。


「ゆうも赤ちゃん欲しい」

「え? それは……、神様が決める事だからね……」


 結局千奈美さんと本屋の末成うらなりは俺たちの半年後に籍を入れた。式を挙げるのを面倒がる千奈美さんを説得して、彼はなんとか写真だけでもと、彼女にウエディングドレスを着せたらしい。お姫様の様な格好をさせてもらってご機嫌のゆうちゃんとのスリーショット写真は、なかなかの出来栄えだった。


 花屋さんの方は結局アルバイトを一人雇った。今日もその若い男性(!)アルバイトと千奈美さんの両親で店を見てくれているらしい。なんで選りによって男なんだと末成りと俺は食い下がったが、千歳さんの生花店仲間の孫だとかで、修行がてら預かったと聞いてそれ以上口を挟めなくなった。


『二十歳だよ? 私たちみたいなオバさん、相手にされるわけ無いでしょ。』


 呆れたようにそう言い放つ二人に「「相手にされたらつまみ食いするつもりか?」」と情けないことに男二人でハモってしまった。


 真顔で怒られてすごすごと退散する運びと相成ったが……。



 大吾、智樹、本屋の末成り達郎くん、それから添田天音さんの夫の兼人かねとくんと俺、つまり男性陣は弾き出されて、キッチンで昼食の準備に勤しんでいる。


「俺も見たいな。授乳ショー」


 智樹がチラとあちらに目を向ける。


「ダメに決まってるだろ。殺すぞ」

「ケチ」

「やっぱ夜泣きとか大変ですか?」

「ま、ね。敵はこっちの都合はお構いなしだから……」


 兼人くんが慣れた手つきで、テーブルに皿を並べている。


「おい大吾。大皿取ってくれ」

「了解です叔父さん」

「あ? 誰がオジさん、だ」

「智樹叔父さんでしょ?」


 互いが親戚にあたると言う事が分かって、最近二人はこうやって時折小競り合いを始める。智樹は俺の母親の弟の息子だから俺の従弟にあたる。大吾にとって智樹は従弟叔父にあたる。俺と弦三叔父さんみたいなものだ。仲が良いんだか悪いんだか。


「その節は、変な質問をして困らせて悪かったね、添田君」

「何? どんな質問?」


 智樹が首を突っ込んでくる。


「うるさいな、お前には関係ない」

「いえとんでもない。完全無欠に見えた社長にもそういう部分があると知って失礼ながら親近感が湧きました」


 結婚して間もない頃、恥を忍んで既婚者の先輩(年は随分下だが)である彼に相談を持ち掛けたことがあるのだ。


『素直になる事です。正直に自分の気持ちを伝えて、相手の話も聞く事』


 兼人君も実は結婚当初、セックスレス夫婦だったらしい(理恵さんから聞いた)。も、と言うのはつまり……俺たちもそうだったと言う事だ。(モチロン、智樹には相談していない。嬉々として冷やかしてくるに決まっている)


 自分の気持ちを伝えて相手の話を聞く、なんてありきたりな事が、背中を押してもらえないと実現できないなんて情けない話だが、正直な気持ちを伝えられずに悶々としていた俺には目から鱗だった。


「完全無欠? 欠点だらけだよ」

「ホントに」

「智樹、お前が言うな」

「添田君だっけ? ホントに大丈夫? あの会社、嫌だったら俺のとこに来てくれていいからね。俺の愛妻と一緒に」


 智樹は未だ妻の春さんを自分の会社に入れたいと目論んでいる様だ。社長夫人が入社して来たら、他の社員がやりづらいだろうと思うのだが。


「実は入社面接の時、目つきの悪さから他の面接の役員が俺を落とそうとしたのを、前社長が『俺の若い頃に似てる』って言って採用してくれたそうで……少なからず恩返しできたかなとか思ってたんです」

「親父が?」

「はい」


 そうなのか。確かに、家にあった親父の若い頃の写真はちょっとガラが悪かったように思う。どうやって頭の固いあの母親を口説き落としたのか、不思議に思ったのを覚えている。


「従兄さん、これも出すの?」

「ああ、スライスして皿に盛ってくれ」

「ローストビーフ? これも社長が?」

「うん。コツさえつかめば簡単だよ」

「スゲ……」


 そうしてなんとか、そういったことに消極的だった聡美をなんとか説き伏せ、ラブラブウフフの新婚生活に突入。ベッドの中でも外でもイチャイチャが止まらない毎日に『脳みそ溶けだしそうな顔して社内を歩くな』と弦三叔父さんに釘を刺される始末。


 その上なんと、45にして娘をもうける事とあいなった。


 妊娠を知った時は嬉しかったが、高齢出産のリスクについて医師から説明を受けた途端、縮み上がってしまった。どうしてちゃんと避妊をしなかったのかと悔やまれた。


『もし母体か子供かって選択になったなら、申し訳ないけれど聡美を選ぶから。恨まれてもそれは曲げられない。』


 深刻な顔でそう言う俺に聡美は笑顔で『そうならないように気を付ける』と言った。


 二人で禁酒して、健康的な食生活を心がけた。


『やりすぎだよ。健康オタクみたい』


 聡美には呆れられたが雑誌や本を買い込んで、母体に良いと聞く食べ物や栄養素、妊娠中の過ごし方について調べ上げた。


 無事生まれるまでは不安でならず、式を挙げた神社に日参して拝んだ。



「痛かったですか? お産」

「まあね。二十数年ぶりだから初産みたいなもんだし、でも痛さよりも長時間がこたえたわ」

「そうなんですね」


 女性陣の会話が漏れ聞こえてくる。


 確かにあの時の事を思い出すと未だに不安な気持ちになる。


 産気づいてから結局24時間かかった。子宮口は早くからかなり開いていたのだが、そこからお産が進まず弱い陣痛を繰り返すばかり。聡美の体には分娩を監視するための装置がつけられていて、必要と分かっていても何か痛々しい気がした。医師が時折やって来ては子宮口の開き具合を確認し呑気な声で『もう少し頑張りましょうね』と言っては帰って行く。


『帝王切開に切り替えてもらおう。それか促進剤を…』


 オロオロする俺を母の真津子が諫めた。


『あなたがそんなでどうするの。必要ならお医者様がそうおっしゃいます。新しい命をお迎えする大切な時間よ。聡美ちゃんも赤ちゃんも頑張っているのに、もっとしゃんとなさい』


 聡美は途中何度もうつらうつらし、陣痛が来ては起きるの繰り返し。不安げな俺の手を握って『大丈夫』と力なく笑う。情けない。情けないが彼女に何かあったらと思うと、生きた心地がしなかった。やっと分娩室に入って、それからは瞬く間だった。赤ん坊の産声を聞いて、汗まみれでニッコリとほほ笑んだ妻を見て、号泣してしまった。



「うちの方が先に式を上げたのに、何で従兄にいさんとこが先に子供が出来てんだよ。どんだけやらしいんだか」

「こら智樹、聡美のいるところでで下品なこと言うな」

「聞こえてないだろ」

「それにしても、壮観ですね。女性がこれだけ集うと」

「添田君とこは予定日は?」

「あ、再来月です」

「え? あ、やっぱそうなの? ちょっと妊婦っぽい服装だなとは思ってたんだけど……」


 智樹はそう言って、さっき紹介された添田兼人の妻に目をやる。


「男の子? 女の子?」

「楽しみに取っておこうと思って、医者には言わないでくれって言ってあるんです」

「へえ」

「じゃ、まだ暫く我慢だね」

「え?」

「いや、安定期になったらできるのか。してる?」

「はい?」

「智樹!」


 ウチの社員にセクハラヤメロ。兼人くんが意味に気付いて真っ赤になってるじゃないか!


「智樹のとこはどうなんだ?」

「ん?」

「子供は作る予定なのか?」

「最初は作る気満々だったんだけど……まだもう少し二人を楽しみたいかな? ただ、親がね」

「ああ、なるほど」

「大吾のとこは?」

「俺もまだ理恵と二人の生活を楽しみたいんですけど……まあ、出来たらできたでですかね?」

「今出来たら妹と年子か……」

「そう言うの年子って言います?」

「どうなんだよ。24歳違いの妹」

「う~ん……ま、可愛いですけど……」

「けど何だ? 大吾」


 何か言いたいことが?


「……まさか子供をつくるとは思ってなかったから、その……」

「いい年してお盛んだなってことか?」

「智樹!」


 お前の辞書にデリカシーという文字は無いのか?


「……恥ずかしいか? 大吾」


 父と子ほど離れた兄妹。一緒に歩けば間違いなく親子と勘違いされる。


「複雑だけど、恥ずかしくはないよ。めでたい事だし……真津子さんも喜んでるし」


 確かに。親父が死んだときは、一気に老け込んでたのに、聡美の妊娠を知った途端俄然元気になっちゃって……。


「こないだ遊びに行ったら名づけの為の本、10冊くらい積んであったよ」

「えっ!」

「いや、参考までにって言ってたけど」

「一人ぐらい真津子伯母さんにつけさせてあげたら?」

「じゃ智樹んとこな」

「何でだよ! 神崎の方に決まってるだろ」

「ウチはもうつけたし……」


 今からもう一人ってのはそれはもう……労力は惜しまないけど、聡美の体が心配だからな。


「大吾のとこだって理恵さんといちいちゃしながら考えてるだろ?」

「……まあ……うん」

「考えてんの? まだできてもいないのに?」

「いや、だから真津子さんが、名づけ用の本をくれるからつい……」

「うらな……達郎くんのとこは?」

「はい!?」


 急に話を振られて驚いた末成りは、料理は全くできないらしく不器用な手でタッパーを洗っている。


「子供は? ゆうちゃんが赤ちゃん欲しいってさっき聞こえて来たけど」

「……ま、頑張ってるトコロです」


 ぽっと頬を染めるな、三十男。



「あ、寝た。可愛いー」

「気持ちよさそうに寝るねえ」

「ゆうも赤ちゃん抱っこしたい」

「また後でね」


 愛娘はやっと眠ったらしい。縦に抱っこしてげっぷをさせている聡美から「寝かしてこようか」と娘を引き取った。


「ありがと」

「皆、もう準備できるから、先にテーブルについてて」

「はーい」

「すいません。ありがとうございます」

「失礼します」


 同じように縦に抱きかかえて、背中をさすりながら寝室に連れてゆく。


 けふ、とげっぷをしたので暫く愛しい我が子の顔を眺めて、吐き戻さないのを確認してからベビーベッドにそっと寝かせる。ふにふにとほっぺを触ると、口がまだおっぱいを吸っているつもりなのかうにうにと動く。


「可愛い……」


 確かに写真で見た大吾の幼き日の顔とどこか似ている。一か月検診に行ったばかりだが、女の子にしては眉毛が濃いだろうか? いずれにしても可愛い。まさか自分がこの年で子育てに関われるとは……


 夏の海で出会って、桜の季節に失って、初夏の頃に見つけた。リビングから跳ねるような妻の笑い声が聞こえる。


 元気で明るくて少し天然入ってて頑張り屋の聡美と、他でもない俺の……娘。


 この子のお陰で大吾との距離もぐんと縮まった。なんだかんだ言いながら可愛いらしい。この子を抱いた理恵さんの写真を携帯の待ち受けにしていて、自分の子供が生まれたらと想像を膨らませている様子だ。


 ピロリン


 ベッドサイドに置いていた携帯からメールの着信音が鳴った。


>おい、はーちゃんの写真今日は届いてないぞ


 弦三叔父さんだ。


 今日はって……誰も毎日送ってやるなんて言ってないだろ?


 面倒なので三日に一度くらいの頻度で送っているのだが……。


「しょうがないな……」


 携帯で愛娘の寝顔を撮って『只今就寝中』の文字と共に送る。


「大輔? そろそろ食べようか、って……メール?」


 聡美が寝室に入って来た。


「うん、弦三叔父さん」

「ああ、写メ?」

「そ。全く、じじ馬鹿には困ったもんだ」

「うふふ……」

「さ、食べようか」

「うん」


 そう言いつつも開いていた寝室のドアを閉めた。


「え?」


 妻を腕の中に閉じ込めて唇を塞ぐ。


「だ……んんん……」


「こらー、バカップル。イチャついてないで出てこい!」


 智樹の声だ。


「大輔……花が……」

「え?」


 眠った筈の娘がぱっちりと目を開けて不思議そうにこちらを見ている。


「どした? 智樹おじさんの声がうるさかったか?」


 優しく問いかけるとまたうつらうつらと目を閉じる。


「ふふ……」

「可愛いな」

「ね」

「夜、も少し長く寝てくれると良いんだけどな」

「……まだ、ダメですからね」

「何が?」

「……」

「俺たちの睡眠時間のこと考えて言っただけだけど……やらしいこと考えてるのか?」

「!」


 赤面して言葉を失った聡美の唇をもう一度塞いだ。


 外野がうるさいが放っておこう。前菜に妻とのキスぐらい許されるだろう。


「だい……す……」


 俺の聡美。


 この世界のどこかに俺の居場所があるとしたなら、それはつまり……君の隣り。



Fin.




ドンドンドンパフパフパフ! 最後までお読みいただきまして誠にありがとうございます。感謝感激雨あられ。めでたく最終回でございます! この後大輔は育児の大変さに七転八倒することでしょう。小さい時は小さい時で、大きくなったらなったで、親の心配事は絶えないものです。ましてや色気づいた娘が彼氏を連れてきた日には……。まだ見ぬ神崎花の彼氏ヨ、ご愁傷様。(しかも年の離れた兄も壁となる事でしょう)

 兎にも角にも、忍耐強くお付き合いいただいた皆様のご多幸とご健康をお祈りして、感謝の言葉と代えさせていただきます! またお会いできますように!

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