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エルダー  作者: 雨月
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第十話:鈴の音色と変態と

第十話

 六月の一週目。日中暑い日が多くなってきたが事件の起こったその日は雨が降っており夜になると少し肌寒かった。被害女性はいつもより遅く帰宅していて、閑静な住宅街を抜ける。その後、人通りの少ない道を通っていた。


からん…ころん…からん……


 十字路に近づいてきたところで被害女性は神社などに吊るされている大きな鈴の音を耳にした。錆びた球が金属に当たって響く音だ。

「ここらに神社なんてあったかしら」

 そう呟いた後で気付く。徐々に音が近づいてきているのだ。後ろからではなく、十字路の方。自分が向かおうとしているのはそのまままっすぐだ。右に向かえば音の主が何か特定できる。

「ちょっとだけなら…」

女性は音を出さないよう注意して音の主のいるであろう道路の方へ視線を向けたのだった。

 道路の真ん中には両手を後ろ手に縛られて馬の被り物をつけたふんどし姿の男が立っていた。股間には人の頭ほどの鈴を付け、小刻みに震えながらゆっくりと歩いている。男が歩くたび、ぶら下げられた鈴が静かな道に鳴り響く。

 これは早く逃げたほうがいい。女性は気付かれないよう慎重に移動しようと足を動かすが、十字路のちょうど真ん中あたりで携帯電話が鳴りだした。

「はっ」


からん……


 鈴の音が止んだ。携帯に一瞬だけ気を取られていた女性は男の方へと視線を向ける。馬の被り物を付けた男と目があったような気がした。

 その後、女性はどうやって自分の家に帰ったか覚えていない。ただ、間違いない事は男に追いかけられたと言う事だけだった。




「うわー、この町でこんなことがあったんだぁ」

 真奈美さんはご飯を口に運びながら夕暮れ時のニュースを眺めている。六月中旬の梅雨の為、外は土砂降りだったりする。

自分のお椀を持つ手が震えている事に気づき、僕はそっとテーブルの上にお椀を置いた。

「お兄ちゃん、こんな人がいたら怖いね」

「そ、そうですね。いやまぁ、でも一回だけしか現れていないですし、この女性が嘘言っている可能性もありますよ。ほら、此処のところ平和だから放送局がお化け特集でもくもうかってノリでやらかした可能性があります」

「そうかなぁ。でも先週ぐらいに新聞載ってたけど」

「ああ、きっとそれを参考にしたんでしょうね」

 夕食は僕の好きな物のはずだったのにニュースの再現ドラマが始まってからまったく面白くなくなった。

「でも何でこんな事したんだろうね」

 よくもまぁ、夕飯時に馬の被り物を被った変質者を映すもんだと逆に感心してしまうけど今は感心できない。

「……きっと罰ゲームか何かですよ」

「罰ゲーム?」

「はい。賭け事に勝ったのに俺たちが酷い目に会うのは割に合わん。これをやってこいって言われたんですよ……可哀想なお馬さん」

 いまいち真奈美さんはわかっていないようだけれど、一般人が知るような事でもないだろう。

「まぁ、簡単に言うのなら変質者の事を善良な一般市民がわかるわけないってことです」

「それはそうだよね」

 事件は非日常だけど、一日だけだったり自分に殆ど関係のない事だったらすぐに忘れてしまう。自分に関係のある事だったけど早く忘れてしまいたい物を僕は忘れる事が出来たので四日後ぐらいには完全に忘れていた。だから真奈美さんが新聞のとある記事を指差しているときは何の事だかすぐにはわからなかった。

「これ」

「はぁこれがどうかしたんですか」

「また馬の被り物の変質者出たんだって」

「え…」

 ふたたび登場……という文字に僕は疑問しかわかなかった。当然、変な顔をしたら真奈美さんに怪しまれるだろうから笑い飛ばしておいた。

「はは……、暑くなってきたからこういった人が増えるんでしょうかね」

「お兄ちゃんも最近帰ってくるの遅いから気を付けてよ」

「大丈夫ですよ」

 どうせやっているのはあいつらだろうと容疑者を頭の中でリストアップする。明日学校で聞けば一発でわかるはずだ。

 そして次の日、僕は容疑者を一人ずつ問い詰めることにした。しかし一向に自分がやったというような奴はいなかった。

「桜、お前が犯人じゃないのか?」

残念ながら誰一人として犯人ではなく、逆に僕が犯人ではないかと疑っていたのだ。

「誰でもないのなら……一体誰がやってるんだろう」

「さぁ?」

 以前の馬の被り物に関係している人が一同首を揃えて意見を出し合ったが答えは出ない。

「模倣犯だろうな。よほど俺達のやった事がそいつの心を射止めたんだろうよ」

 一人がそういうと他の連中もしきりに頷いている。他に考えようがないからか、それとも面倒になったのか納得しているようだった。

「じゃあ、どうするんだよ」

「このままにしておけばいいだろ。もう警察も動いているだろうし、もはや一般生徒がどうにかできるレベルじぇねぇよ。変に動くと警察にばれたときがやばいだろ」

 結局そういう事で話はまとまってしまった。本当にそれだけだろうか?疑問に思った僕はその日から単独調査を始めることにしたのだ。

 調査一日目(曇り)、放課後すぐから開始し始めて数十分後……後ろから声をかけられた。

「弘毅先輩、何してるんすか」

「桜ちゃん…えーと、これは……」

 まさか早速知り合いに出会ってしまうとは想定外だった。てっきり振り向いたら馬の被り物がいて御用出来ると思ったんだけどなぁ。

「ほら、最近馬の被り物をつけた変質者がいるでしょ?あれをどうにかしようと思ってさ」

「先輩がですか?」

「うん」

「あんなの警察にでも任せておけばいいんすよ」

 実に正論だった。

「まぁ、そうなんだけどね」

 初代馬の被り物を被った変質者としては火の粉がこっちに飛んでくるのが恐いのである。それなら、先に手を打ってこの手で捕まえればどうにかできるのではないだろうか……でも何かうまいこと言っておかないと変な先輩と思われるかもしれない。

「桜ちゃんとかが被害者になったりしたら嫌だなーって。知り合いの女の人があんなの見ちゃったら心に傷が出来ちゃうかもしれないから調査しようって思ってるんだ」

「え?マジっすか」

「う、うん」

 桜ちゃんの目の色が変わったような気がした。しばらくの間茶色よりの金髪のポニーテールを揺らしながらうんうん唸っていたけれど平手を叩いて何やら決心したようである。

「決めました。あたしも手伝う事にしたっす」

「え…危ないと思うよ」

「二人ですから何とかなるっすよ。まずは作戦会議しましょう」

 そういって一日目はファーストフード店に二人で行って終わりを告げた。さすがに後輩と割り勘なのはどうだろうかと思うので僕が払う事になった……一応、男と女だし。こういった調査するのが大好きなのか知らないけど、桜ちゃんはいつものように不機嫌そうではなく実にはしゃいでいたりする。

「あ、先輩」

「ん?」

「い、一応……電話番号とか交換どうっすか?ほ、ほら、もしかしたら一人の時に見つけるかもしれないし……一人じゃ危ないって言うか」

「そうだね、そうしようか」

 こんな感じだった。

 二日目、放課後になってすぐ桜ちゃんが教室後ろの扉を乱暴に開けて登場、クラスはシーンと静まり返った。

「先輩、早速行きましょう」

「え、あ、うん」

 腕を掴まれて引っ張られる。その光景を見て義之が馬鹿にしたような目つきで僕に手を振った。

「デート頑張れよ。ま、桜が相手じゃ数分も無理だろうけどな」

「デートじゃねぇよ、豚」

 相変わらず自分の兄にはきつい言葉である。

「ほら、テレビを連日にぎわせている馬の変態がいるでしょ。あれを捕まえようかなと思ってさ」

 気のせいだろうか……義之の顔色が少しだけ変わったようだった。

「義之もどう?」

「俺?俺は遠慮しとくぜ。面白そうでも何でもないしな。それに邪魔すると馬に蹴られそうだ……じゃじゃ馬にな。警察に任せておけばいいのにお前もご苦労なこった」

 いつもだったら率先してきそうだけど今日は違った。詳しく聞こうにも桜ちゃんに引っ張られてしまったのでどうしようもなかった。

 調査開始から四日目の晩、収穫なしで家に帰りついた僕に真奈美さんはいうのだった。

「お兄ちゃんさぁ、帰り遅くない?」

「そうですかね?」

「女の子の匂いがするけど……女遊びにでもハマった?それとも悪い女に騙されているんじゃないの?そういうのは早く話したほうがいいって」

 微妙にずれた意見だけれど鋭い。素行調査員として真奈美さん採用されるんじゃないかな。

「違いますよ。この前テレビでやっていた馬の変態を捕まえようと思ってるんです。それで友達の妹と一緒に色々と歩きまわっているんですよ」

「ふーん……なるほど。それで成果は?」

「今のところはまだないです」

「怪我とかしたら危ないよ。辞めたほうがいい……って言っても聞かないだろうから一週間駄目だったら諦めてよ。帰ってくるの遅いと心配しちゃうから」

「わかりました」

「夕飯の準備が無かったらわたしも手伝うんだけどなぁ」

 首を鳴らしたり、腕を鳴らしている真奈美さんの事を久しぶりに怖いと感じる事が出来た貴重な一日だった。真奈美さんの言う事ももっともだったので成果がなければ一週間で切り上げようと思っていた矢先の出来事だった。

 五日目、僕と桜ちゃんは百メートル先にいる馬の変態を見つけたのである。

「いたっすね」

「うん、見つけた……準備はいいかな?」

「もちっす」

 ロープの先端をお互い持って走り出す。相手はまだ気づいていないようであほみたいに股間を前後に振って鈴を鳴らしている。そういえばいい忘れていたが女性を追いかけたのは両手の束縛を解いてほしかっただけだ。

 馬の変態をロープであっという間に縛り上げて背中を蹴る。その場で転がり相手は逃げようと必死だった。

「一回だけで辞めておくんだったね」

「先輩、やったっすね」

 やり遂げた気持ちはとても素晴らしいものだった。

 でも、そういう時が一番危険な時なのだ。全てが終わったと油断していると隙を突かれてしまうのだ。

 玉のようなものが転がってきたかと思うと突然目の前に煙が発生した。むせている間に誰かに突き飛ばされて微かにだが縛っていた馬が誰かに担ぎあげられてあっという間に去って行った。

「おら待ちやがれ―っ」

そして、桜ちゃんの姿も見えなかった。その場で数分間せき込んでからようやく視界がクリアになる。

「……出遅れちゃったな」

 どこに行ったのか皆目見当もつかない。

「そういえばこういう時の為に電話番号交換したんだっけ」

 携帯電話を取り出して登録した桜ちゃんの番号を押す。

『先輩……』

 呆れたような桜ちゃんの声が聞こえてきた。もしかして僕が来なかった事に対しての呆れなんだろうかと思ったけど違うようだった。

『事件は無事解決したっす。あたしが捕まえましたから』

「そうなんだ、警察に連れて行ったの?」

『あ~いや、そうしたいの山々なんすけど…もう二度としないって約束してもらえるよう思いっきり殴ってやったんで安心していいっすよ。あと、もうこの事は忘れたほうがいいっすよ』

「そう?」

『そうしてもらいたいっす。あ、で、でも…先輩と色々となんっつうか遊んだわけじゃないっすけど楽しかったのは覚えておいて欲しいっす』

 じゃあこれで失礼するっすといって桜ちゃんは電話を切った。どこかで聞いたような人間のうめき声が聞こえてきたのは気のせいだろうか。

 馬の変態の噂もいずれ消えるだろうと思って登校した次の日、義之の顔が酷い事になっていた。

「何、どうしたのさ?」

「…ただの兄妹喧嘩だ。気にするな」

「そうなんだ」

「ああ、そうだ。まぁ、悪い事はしちゃ駄目だっていういい教訓になったぜ」

 青白くなっている目のあたりを撫でてから義之はいうのだった。

「俺の方でも調べてみたけどな、犯人の奴は真似した相手をおびき寄せたかったらしいぜ」

「え?」

「この学校の生徒だって噂があったからな」

「そ、そうなんだ」

「ああ、弱みを握ってこき使いたかったそうだ」

 早めに手を打っておいてよかったのだろうか。梅雨時の事件は消化不良のような感じで幕を引いたのだった。

 その後、桜ちゃんから聞いたのだがどうも義之が関わっていたらしい。


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