7
天気は晴天。
正にお茶会日和である。
今日は学園の成績上位に入った女生徒で集まろうの会の日だ。
いつもの中庭で1年生から5年生まで20人近い女生徒が集まった。
今回は上位30位に入った女生徒と、一緒に来たい人がいれば連れてきてもいいというルールになっている。
サミールのように成績を上げた人もいれば、グレースのように少し順位を落とした人がいるから、とかグレースの為とかではない。
勉強を頑張っている仲間で気軽に集まろう、なので上位10位縛りは前から厳しいなと思っていたのだ。
それに4年になって前よりも他の女生徒に声をかけやすくなった。
思ったよりも大きな集まりになったけれど、たまにはこういうのもいいだろう。
残念ながら中庭は貸し切りには出来なかったので、女生徒が集まっていようが気にしない他の男子生徒も何人か中庭にいる。
上位の成績を取る人間は基本自由人が多いのであまり細かいことは気にしないのだ。
もう始めから女生徒縛りにする必要があったのか謎な気がしてきた。中庭はけっこう広いのでスペースだけはちゃんとある。
この中庭にこれだけ人が集まったのは今日が初めてではないだろうか。
女探しをしに来たのか鬱陶しいハイドが近付いて来たけれど、サミールが上手に相手してくれている。その調子でハイドが女生徒と話さないように監視してほしい。
グレースのことを気にするガストンがグレースの側に行きたそうにしている。でもグレースが他の生徒と話しているのを見て声をかけられずにいる。
ガストンはそのままヘタレのままでいてほしい。
超レアのステファンが何故か普通に仲間入りしている。頼むからそのまま大人しくしていてほしい。
エリーゼは参加しないと言っていたのに端の方でサイモンと何か話をしている。
多分今日お茶会があることを忘れてサイモンと休憩に来ただけだろう。
ケンが何やら給仕みたいなことをしている。
ちょっと平民のケンを苛めているみたいに見られそうだから本当に止めてほしい。
意外とこういう真面目な人間の方が厄介だったりするのだ。
それはお茶会も終盤に差し掛かった時にやって来た。
「ひどい!」
数を減らした取り巻き数人を引き連れたベルナが乱入してきた。既に被害者モードばっちりで涙目だ。
「どうして私のことも誘ってくれなかったの!?こんなのひどいわ!」
この場の全員の頭の上に疑問マークが浮かぶのが見えた気がする。
今日の集まりはあくまで成績上位者の為のものだ。
ベルナが誘われないのはベルナの成績が下から数えた方が早いから。
どうして自分が参加出来ると思ってるんだろう。
「そうやっていつも私のこと苛めて!あなたって本当に嫌な人ね、マリエラさん」
なんか案の定私に攻撃してきたこの歩く人災女ベルナ。
それにしても本当に暇人なんだなこの人。
この中庭は成績上位者しか入れない建物の裏にあるから一般生徒が気軽に来るにはけっこう遠い。
成績上位者専用とまではいかないけれど、自然と上位者の為の場所という認識にはなる。だから一般生徒が来ることをよく思わない人は多い。
中庭にいるほとんどの人がベルナをよく思っていないだろう。
この空気に気付かないなんて、妄想に取り付かれた残念人間はある意味すごい。
きっと自分が可哀想である理由探しが趣味なんだろう。
この状態の人はまともに相手をしたら火傷するのはこっちだ。
何故なら前世の私もこれに近いところがあった気がするから、なんとなく分かってしまう。この状態の人がそこから出る為には本人の意思しかないことを、知っている。
きっとベルナはそこから出る意思を一生持たないことだろう。是非ともそのまま落ち続けてほしい。
「サミールと私が仲良くしているからって、嫉妬して本当に醜いわ。このブレスレットだってサミールが友情の証にくれただけなのよ」
ベルナは自慢するように手首を上げてブレスレットを見せ付けてきた。
サミールを見ると浮気が見付かったかのように慌てていて面白かった。うん。面白いと思えるだけ私の心には余裕がある。
ベルナは何を自慢したいのだろう。
ベルナが純粋なふりをして取り巻き達に時々物をねだっていたことは知っている。
お金のない取り巻きもいるので、取り巻きの中でも一番お金に余裕があったサミールが気を遣って金銭的な物は出していたことも知っている。
サミールの優しさを散々利用してきたという自慢だろうか。自分はサミールに大切にされていたのだとアピールしたいのかな。
色んな色の石が付いたそれは高そうに見えるけれど、私の趣味ではない。あんまり羨ましくはない。
「サミールは優しいから、こんな高価な物もプレゼントしてくれるの。ねえ、マリエラさんのそれも、本当は私にくれるはずだった物だわ。そうよ。サミールは優しいから、愛されない婚約者に同情したのね。でも、それは私がもらうはずだった物なの。返してよ。この泥棒女!」
雲行きが怪しくなってきた。
ベルナが言っているのは私の首元にある物のことか。
サミールが勝手に着けてきたこれがどうしてベルナの物で私が泥棒扱いされるのだろう。
けれど婚約解消されそうで焦ったサミールがベルナにあげるつもりだった物を私に贈ってきた可能性だって無いわけではない。そう一瞬思ってしまった。
サミールを見ようと油断していたら、ベルナが私にぶつかってきた。
ベルナは私の首元のネックレスに指をかけて引っ張ってきた。
痛い痛い!首が千切れる!
ただでさえ外れないネックレスはそんな攻撃で外れるわけもなく、私の首がネックレスによって攻撃される。
ベルナの暴力からはすぐに解放された。
ハイドがベルナの手を背中に回して動けないように拘束している。
私はサミールに抱きしめられて守られるようにサミールの胸元に顔をうめることになった。
「マリ、大丈夫?」
サミールが私の首の後ろを確認している。大丈夫じゃない!スッゴク痛かった!
「赤くなってる」
サミールが泣きそうな声で私の頭をぎゅっと抱きしめてきた。
頭は回転しているのに、実際の私は喋ろうとすると唇が震えて声が出なかった。
今の人生で人に乱暴にされたのが初めてで、どうしたらいいのか分からない。
「留め具は!?無事?」
サイモンがネックレスの心配をしている。
「留め具は無事だな。肌に思ったよりくい込んだな。チェーンの形も変えてみるか」
サイモンは私よりネックレスの方が心配らしい。
喋ったことないけどさ、少しくらい心配してくれてもいいんだよ?
「何するのよ!私はその悪女を懲らしめてやろうとしただけなのに、なんで邪魔するのよ」
ベルナが何か言っている。
「ふざけんな、邪魔はあんただろ。これは僕とサミールが共同開発した新しい留め具だ。今、王宮でも注目され始めている。正式な婚約者にあげるというから個人的なプレゼントを許したんだ。君みたいに男を見れば追っかけ回しているような阿婆擦れに渡すわけないだろ」
サイモンがキレ気味に言った。余程留め具が大切なんだろう。
そして留め具がそんなに重たい物だと分かって私は納得する。
この留め具、一応外し方も教えてもらったのに、外せなかった。特殊な作りで外せないなんて本当に呪いかよ。
「な、なんですって!?どうしてあんたにそんな酷いこと言われないといけないのよ!」
ベルナが被害者モードでサイモンに言い返している。その言葉、私の方がベルナに言ってやりたい。
そして、何故かベルナは怒りの矛先を私に向けてくる。
「あんたが嘘を言いふらしてるんでしょ!なんて卑怯で悪どい女なの!」
それ、そっち。
ところで私を守るように抱きしめてくるサミールの腕が肩と腰に回されている。そんなに密着する必要ある??
たかがベルナ小娘ごときに何が出来るというのか。
凶器を持っているわけでも剣が扱えるわけでもないベルナに対してそこまで警戒する必要ってあるのかな。
そして地味に恥ずかしい。
まさかこんな辱しめを受けるとは思ってなかったから、そっちが気になってベルナの話が入ってこない。
サミールに意識が向いている内にエリーゼがベルナに言い返していた。
「君はいつもマリエラに苛められていると言うが、実際にその場面を見た者はいるのか?」
エリーゼがベルナの取り巻きに聞いている。もちろん全員首を傾げている。そりゃそうでしょ。やってないから。
「な!その陰湿な女が人前でしてこないだけよ!こ、この前は図書室で酷いこと言われて泣かされたんだから!」
ちょっと酷いこと言われたくらいでは泣きそうではないベルナが何か言っている。ベルナが余計なことを言う度にサミールの力が強くなるから止めてほしい。
「図書室で、だと?どうして君はそんな明らかな嘘をつくんだ?」
「嘘じゃないわよ!その女は勉強しているふりして私の邪魔ばかりしてくるんだから!」
エリーゼが話にならないと首をふっている。
「マリエラが利用しているのは特別図書館だ。君と会うわけがない。君は特別図書館には入れないのだから。毎日のように特別図書館にマリエラが入り浸っているのは入館時の記録を見れば分かることだ。君が普通の生徒用の図書室でマリエラと会ったと言っても、特別図書館の記録を見ればマリエラがどこにいたかは分かることだ」
さすがエリーゼ。成績上位者しか入れない特別図書館に入館するには名前を書くことをベルナは知らなかったのだろう。
私が図書館に行くことを知っていたら場所は図書館で苛められた。と言えば済むと思っていたらしいベルナは動揺している。
エリーゼの素晴らしい推理にベルナが怯んでいる。でも、それくらいで引き下がるベルナではない。何せ最初から最後まで妄言だから。
「ほ、本人が直接とは限らないわ!その人は手下を使って私を苛めてくるのよ!」
手下ってなんだよ。どこぞのちいさなチンピラ集団か何かかな?ベルナは私を悪の親玉みたいにしたいらしい。イタタ。
ベルナの普段の行いを見れば、不満に思っている生徒は多いだろう。個人的にかなり恨まれていそうだし。
その生徒達にされたこと全てが上手に私がしたことにされているのだから、そのおめでたい頭の中を逆に見てみたい。
「マリエラは普段から少数の生徒としか話をしない人見知りだ。もちろん手下どころか、気軽に話す友人すら限られている。その手下とやらは誰だ?」
私は人見知りだったのか。確かに普段から話す人数がかなり限られている気がする。
ところでエリーゼも手下という言葉を気に入ったのかな?エリーゼが手下という言葉を言う度に吹き出しそうになる。雰囲気を壊さない為にサミールの胸筋に顔をうめて堪えた。
「そ、そんなの正直に言うわけないじゃない!きっとその女に脅されているのよ!」
ベルナはいつもと同じように「皆もそう思うでしょ?」と同調を求めるように周りを見回して、やっとこの場はいつもと雰囲気が違うことに気付いたらしい。
ベルナはいつも一般生徒が多いところで突っかかってきた。
一般生徒の中には男爵令嬢のベルナが格上の伯爵令嬢に勝つ方が面白い、とベルナを支持するような者も多かった。
けれど、今ここにいるのは成績上位者ばかり。
他人の噂話よりも勉学に夢中になるガリ勉ばかりだ。
皆ベルナのことを珍獣を見るような目で見ていた。
自分の味方が少ないことに気付いたベルナは私の方をまた睨んできた。
「あ、あんたみたいな性悪、必ず天罰が下るんだから!」
どの口が言うのか。
ベルナの妄言を聞くのももう飽きてきた。
あまり波のないガリ勉学園生活の中でホンの少しのお騒がせ女。
私はサミールに離してほしくてサミールの体を押した。意味が伝わらずサミールは離すどころかベルナに見せ付けるように抱きしめ返してきた。
まだこれ以上私を辱しめるつもりかこいつ。
頭にきたのでむしろこっちからサミールに抱きついてやった。ついでにサミールにセクハラしておく。サミールは驚いて私の体を離した。
やっとサミールから解放された私はベルナに向かい合う。
ベルナはずっとハイドに両手を後ろに縛られたまま。
ただの小娘だ。
私はベルナに向かってお辞儀をした。今、初めて会ったというように。
「初めまして。マリエラ・イシュリーと申します。正式な挨拶はしたことありませんでしたよね?」
学園の中では正式な挨拶は省かれることが多い。でも私は成人を迎えているので、こうやって堅苦しい挨拶はアリなはずだ。
「な、なによ、今更!あんたの名前なんて知ってるわよ!」
ベルナの怒鳴り声が霞んできたような気がする、と思いながら首を傾げる。
「そうでしたか? 話をするのは初めてなので、ちゃんと挨拶しなければと思ったのですが」
ベルナの顔が「何言ってんだこいつ」みたいな顔になっている。
でも、嘘ではない。私は今までベルナの言葉に返事を返したことはないから。
「ベルナ・ベンドリー男爵令嬢が誰かに話しかけているところは何度か見たことがあるのですが、私には関係ない話ばかりでしたので、今まで聞き流していました。私のマリエラという名前もよくある名前なので、同じ名前の誰かに言われているものだと思っていました。名前で呼ばれる程親しくもありませんでしたし。ところで、もしベルナ・ベンドリー男爵令嬢が今まで『マリエラ・イシュリー』に向けて発言していたというのなら、私は『ベルナ・ベンドリー男爵令嬢の妄言により名誉を深く傷つけられた』と正式に家から抗議させてもらいますね」
にっこり笑顔で。
思ったよりもすらすら言葉が出た。
『お前なんて始めから相手にしていなかった』
と言ってやることが私の最大の攻撃だ。
ベルナのような最大の構ってちゃんなら、自分は相手にすらされていなかったということが最大の攻撃になるはずだ。
なればいいな。
世界が自分中心で回っていると思っていて、誰もが自分の言うことを聞いて当たり前と思っているような最大級の構ってちゃんを、まともに相手にするほど私は優しくない。
こんな妄言女とは戦ってられない。戦う正義なんてクソだ。
相手にしない。無視。無視!
前世の親が、お前が言い返さないからバカにされるんだ。と責める言葉を投げ掛けてくる。
言い返して戦って、相手と同じ低レベルなところに堕ちれば賢いのか。
相手は自分の都合のいいように曲解してくる残念な人なのに、何を言い返せというのか。
前世の記憶が地味に甦ってくる。
私はこうやって前世の不満と対峙しているのだ。
ベルナの言う私に苛められたという言葉を本当にするなら、私の最大の苛めは無視だった。
無視も苛めなら、私は苛めをしていたと認めよう。
けれど、男爵令嬢が伯爵令嬢に言いたい放題だったという事実を『家の力』を使って抗議もアリだ。
学生が『家の力』に頼るのは心が狭いというレッテルが貼られるが、もうどうでもいい。
ベルナの行動は放置していたらこうやって関係ない生徒まで巻き込んでくるのだから。
せっかくの上位成績者達との集まりを邪魔されて私は思ったよりも頭にきていたらしい。
ついでに、今までは『家の力』なんて使えないと思っていたから諦めていた。でもエリーゼの話を信じるならお父様にも少しは私に関心があったようなので、本当かどうか『家の力』で試してみるのもいいかもしれない。
ベルナの顔が見たことないものになっている。
どれが効いているかな?相手にされていなかったこと?『家の力』を使うぞと言ったこと?
「わたくしの家からも正式に抗議させていただきますわ」
私の味方をして声をあげてくれたのはグレース。
グレースは素直な人だからベルナのような者の行動は許せないのだろう。
「私の家からも正式な抗議をさせてもらおう。実際の現場も何度も見ているしな」
エリーゼが視線でサイモンも声を上げろと言っているように見えたけれど、サイモンは面倒だとばかりに顔をしかめている。別に私もサイモンはどうでもいい。エリーゼが味方になってくれたのは素直に嬉しい。
「じゃあ皆をまとめて僕が上に立って抗議させてもらおうかな。一時期僕も君には迷惑かけられたし」
ガストンが声を上げた。そんなにグレースに良い顔したいのかガストン。
でも、公爵家のガストンが味方ならとても心強い。
サミールも何かしたそうにしてたけれど、そもそもサミールがベルナに一目惚れしたことが原因だからムリだ。
それより離れたはずのサミールはしっかり私の背後に立っていつでも触れそうな位置にいる。
「サミール!あなたは私の味方でしょう?」
今更ベルナがサミールに涙目で訴えた。そうやって被害者に見える見た目だけはちょっと羨ましい。
ベルナの涙目攻撃にサミールはどうするのか、と心配したのに、サミールはまた私を抱き寄せてきた。
ベルナには冷たい声で言い放つ。
「あなたを好きだと思っていたこともあった。でも、あなたは何人もの男に惚れられることにこそ意味があると思っていたみたいだから、早々にあなたの特別になることは諦めた。それでもあなたに夢中だった時もあったけれど、今はとっくに夢から覚めて、あなたへの想いは幻だったと気付いた。そもそも、あなたに惹かれていたこと自体、ただの憧れの行き過ぎだったのだろう。だからもうあなたの味方は出来ない。それより、これ以上俺の大切な婚約者に迷惑かけないでほしい」
随分優しい断り文句だな、とは思った。一時期のサミールの様子を思えばよく言ったと思わなくもない。
サミールの気持ちがどれほどのものだったかなんて私には分からない。でも、今のサミールはベルナより私の方が大切らしい。
そしてまた始まる辱しめよ。サミール、人前での接触は止めてほしい。私は人前でいちゃつくの嫌いなんだよ。わざとやってるのかサミール。
「そんな!親に決められただけで婚約者のことは好きじゃないって言ってたじゃない!」
ベルナの被害者ぶった訴えは爆発音によって掻き消された。
突如響いた爆発音。
何が起きたのかと驚いているベルナやその取り巻きと、学年の低い者達以外は何があったのか察した。
またステファンが実験の失敗をしたんだ、と。
ステファンの研究室がある方を見てみたら怪しい煙が上がっている。
どうやら火は出ていないようなので少し安心した。
ところでステファンはここにいるはずだった、と思い出してステファンの方を見ると、真面目な顔でベルナの方を見ていた。
「もしかして、君達がやったの?」
意味が分からない、と首を傾げるベルナとその取り巻きに、ステファンは更に続ける。
「僕の実験に何かしたんだろう。そうだ。そうとしか考えられない。僕が失敗するはずないし、ここにいるはずのない君達がここに来ているのも不自然だしね。君達、僕の実験の邪魔して、その責任をマリエラさんに押し付けようとしたんだろ。さっきから君は不自然なくらいマリエラさんに罪を押し付けようとしていたし、君達がやったとしか思えない。どうしてくれるの?僕の研究は、国家に関わる重大なものなんだよ?」
ステファンはベルナが失敗の犯人だと言っている。
明らかな冤罪だろう。
ベルナ達の反応を見てもそこまでの謀をするような人達ではない。奴らはただの小者。
けれど、誰もベルナ達を擁護しなかった。
以前にステファンが助手に失敗の責任を押し付けた時もそうだった。
冤罪の可能性も大きい。
けれど、わざわざ声を上げてまで擁護したいとも思えない。
こういう時に助けが入るかどうかで普段の行いの差が出る。
声を上げるだけの労力を相手にかけたいと思うかどうか。
ステファンは失敗の責任を誰かに押し付けたいだけだとは思う。
そのステファンに隙を見せた方が悪い。
国家に関わる研究をしているステファンの実験の邪魔をしたとなれば、ただの学生といえど重罪に問われる可能性がある。
それでも、この場の者達にとって、冤罪だろうとベルナのような騒がしい者が別の罪だろうと、何かしらの罰を受けることに意味があると思ってしまったのだろう。
ただ男子生徒を誘惑しただけ、伯爵令嬢に冤罪をふっかけたことよりも、ステファンの実験の邪魔をした方がより強い罰を受けるだろう。
それを分かっていて誰も助けない。
この国には正義という言葉はない。あるのは一方的な正義。
それは正しく、私たちの中の一方的な正義なのかもしれない。
あの後、ベルナは教師達に連れていかれた。
ステファンの実験を邪魔して失敗させたかどうかは審議され、ステファンの実験を失敗する原因を作ったかどうかは不明。しかし、怪しい行動はしていた、として停学処分。
その後、ステファンの実験の邪魔をした疑いはなくなることはなく、ベルナは自ら学園を辞めた。
おそらく、学園の教師達もベルナには辞めてほしいと思っていたのだろう。
私達が在学中成績を落とす男子学生が多かったのは事実だから。