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どうも体がダルいなと思ったら熱を出してしまった。
普段はほとんど体調を崩すことなんてないのに、最近はサミールのことだったり勉強のことだったりで忙しかったから知らずに疲れを溜めてしまっていたのだろう。
ベルナのことは大して気にしていない。でも、この前ベルナに『一方的な正義』をふりかざされたタイミングで休んでしまったので他の人が勘違いしていないか心配だ。
テストが終わった後で良かった、なんて思うのはガリ勉の性だ。
丁度学年の変わる少し前に体調を崩してしまったので、次に学園に行く時は4年生になっている。
頭が上手く回らない中でサミールのことが頭を駆け巡る。
サミールがベルナの取り巻きをするのを許せたのは、私がサミールに本気じゃなかったからだ。
サミールのことが本気で気になる今、私はサミールに対するイライラをどうしたらいいのか分からずにいた。
残念ながら私は浮気を許せないタイプだ。
許すとか許さないとかではない。許す意味が分からない。そういう考え方だった。
けれど、多分サミールに真っ直ぐ謝られたら許してしまう。
だからサミールに会いたくない。許したくないから。
だからお見舞いに来たいというサミールとも会っていない。
「これはどういうことだ」
偉そうな声が聞こえてきた。
レアキャラお父様が帰って来たらしい。
最近お父様はあまり家に帰ってこない。
きっとお母様がお姉様の嫁ぎ先に行ってしまったからだろう。
遠方に嫁いだお姉様は4人目を妊娠中ということで、お母様は出産の手伝いをしにお姉様の所に行ってしまったのだ。
お母様は旅行三昧の時もお姉様の嫁ぎ先には何度か行っていたらしい。
私のお姉様の記憶は顔すらあまり思い出せないくらい曖昧だ。
我の強いお姉様をお父様が遠方に嫁がせた、という話は本当なのだろうか。
「勉強のやらせ過ぎだから体調を崩したんじゃないのか。あの店の方もわざわざ自分で店に通うこともないだろう」
ああああああ。
体調悪いところにお父様の声うっざい。
勉強は私が望んでしていることだし、頭飾りの店も私にとっていい息抜きとなっている。
普段気に掛けもしない娘の文句をわざわざ娘の部屋の前で言うなよクソジジイ。
今は頭の中が整理できない。熱のせいだろう。
熱があってふらふらのはずなのに体は思ったよりも早く扉まで歩けた。
乱暴に開けて、外にいるお父様に言ってやる。
「お父様、そんなに私のことを邪魔に思わなくても、卒業したら家から出て差し上げます。その為によい成績を取り続けているのですから。私との約束、守ってくださいね。だから、せめて学生の間くらい私の好きにさせてください」
部屋の前にいる鬱陶しいお父様に言ってやったぜ。
お父様に言い返される前に私はメイドにベッドに戻された。熱が上がってしまったらしい。
『マリちゃん、お父様に優しくしてあげてください』
なんていう手紙が遠方のお母様から届いた。私はどうしたらいいのだろう。
わざわざお母様経由で言われないといけないことなの?
お父様の方が距離的に近くにいるのに。
ていうか言いたいことあるなら言えばいいじゃないですか。
いつもの偉そうな態度と命令口調で言って、更に私から嫌われてくれたらいいじゃない。
お父様から呼び出しどころか何も言われていない。
「父親とはそういう面倒臭いものなのでは?私の親もなかなか面倒ですよ」
ついサラに愚痴ってしまった。
サラが頭飾りを作っている横で愚痴るのが最近の私の休日になっている。
「私の家はほら、私だけ父親が違うものですから、どうやら父も私には遠慮がちになってしまうようでして」
サラの家の事情は前に聞いたことがある。
サラの実の父親はサラが生まれる前に仕事で亡くなってしまった。
その後、実父の後輩だった今父が母親に猛アタックして、母親は再婚。その後5人の子供にも恵まれて仲良くやっているのだとか。
サラは亡くなった実父に似て大柄で、まるで女性軍人のような見た目。体が大きかった為に昔から軍人になれと周りから勧められていたらしいけれど、運動嫌いのサラは頑として断っていた。
サラの妹達とサラが似ていないので、父親が違うと言われて納得した。
家族仲は悪くないらしいけれど、父親がサラに対しては遠慮がちになることはあるらしい。尊敬する先輩の実娘に強く言えないらしい。
「家も父親は同じようなものかもしれませんね。直接私に言ったら早いのに、わざわざ母親経由で伝えてきたりとかよくありますよ」
喋りながらもサラの手元は正確に縫っていく。
今作っているのは新作のカチューシャ型だ。少し斜めの位置に大きな飾りを付けるのがポイント。
頭飾りのことを考えているのは親のことを考えたくないからかもしれない。
だって、私はお父様のことを好きになりたくないのだ。
お母様のことも別に好きという訳ではない。
お母様のことは話しやすい知り合いのお姉さんぐらいの気持ちでいる。
別に親子だからと仲良くなる必要などないのだから、今のままでもいいような気がする。
このよそよそしい感じがあるからサミールのように気軽に話せる人に余計に惹かれてしまうんだなとは思う。
「ちょっとはお嬢様の方から歩み寄ってあげたらどうですか?親なんてけっこう中身は子供ですよ」
サラの言葉にすぐ反発心が訴える。
どうして子供の自分から歩み寄らなければならないのか。
そういうのは大人の方から歩み寄るべきだろう。
向こうがこないのならばこちらからはいかない。
だって、こっちは子供で年下なのだから。
感情的な訴えの違和感は、きっと前世でそう考えていた思考に引っ張られているからだとすぐ気付くことが出来た。
前世の私はそういう考え方をしていたから結局親との関係を改善出来なかったのだろう。
今の私と前世で違うのは、前世よりも今の世界の方が成人が早いからだろうか。
一応まだ親の保護下にはあるけれど、今の世界はずっと早く大人になることを求められる。
16歳で成人を迎えたら、1人の人間としての責任が大きく変わってくる。
まだまだ子供だからと甘えさせてはもらえないのだ。
だから、前世の私の考え方は今の世界的にいうと、あまりにお子ちゃま過ぎる。
年上だからどうのこうのという考え方も前世よりも薄い気がする。年功序列という考え方はなかったはずだ。
私の方から歩み寄るべきなのだろうか。
別にこのままでもいいような気もするのに。
でも、前世と同じように「そっちの方が年上なんだから歩み寄ってこいよ!」という考え方のまま今のマリエラとしての人生を過ごすのは、前世の記憶を思い出した意味がないような気がする。
同じように考えて、同じように行動していたら何も変わらない。
それに、お父様が大変なことは分かっているのだ。
前世の時に比べて、今の父親が抱えているものはあまりに大きい。
貴族とはそういうもの。
子供には威厳を見せなければならないから、弱いところなんて見せることも許されない。
子供に笑うところを見せてはいけないと思い込んでいる人もいるらしい。
それに家には跡継ぎのお兄様の問題もある。
お兄様が選んだ結婚を望む相手は、学園時代のお兄様の同期の平民の女性だった。
平民とはいえ学園時代の成績は優秀。
成績優位な考え方を優先するなら問題はない。
血筋優先な考え方なら大問題でしかないけれど、幸い家はどちらかというと能力重視だ。学園を上位成績で卒業することはそれほど意味がある。
卒業後は学園時代に知り合った友人の侯爵家に就職して働いていたようで、イシュリー伯爵家に嫁いでくれたら力になってくれるに違いない。
一番問題だったのは、年齢。
お兄様と同期生ということは、既に20台後半。
子供を生めないと決まった訳ではないけれど、伯爵家の跡継ぎの相手としては簡単には認められない。
妙に頑固なところがある家の家系の人達は、もちろん反対されたところで素直に従うわけもない。
お兄様は結婚が許されないのなら伯爵家を継がないとまで言い出している。
お母様がお姉様の出産の手伝いに行かれたのも、将来のイシュリー伯爵家のことを心配して、子供を養子にもらえないかと交渉する意図があったのではないかと思っている。
私はもちろんお兄様を応援している。
お兄様が跡継ぎの役目をちゃんとしてくれないと私にまでとばっちりがくるかもしれない。
一応貴族としての役割は果たさないといけないから、お兄様が跡継ぎから外れたら私が婿を取る形になる可能性がある。
だから、お兄様にはぜひ頑張って結婚を通してもらいたい。
お兄様の味方をしておいたら婚約者と婚約解消した私を領地に住む許可くらいは出してくれるかもしれないし。
「お父様と話すべきなのかな?」
お兄様のことを考えるとお父様がちょっと可哀想な気もしてきた。
思わずこんな呟きが漏れてしまった。
そもそも私とお父様は会話がない。
本当に親子なのだろうかと疑問に思うくらい会話がない。
ていうか顔すら合わせない。
どんなに仲の悪い親子でももう少し会話くらいするような気がする。
仕方ない。家には家族で食事を取る習慣すらないから。
お父様は仕事の都合上家で食事を取ることが少ない。
私から歩み寄ってやるべきなのか。
なんだか上から目線で考えているような気がする。でも、それくらいの気持ちがなければお父様と話そうなんて思えないのだ。
あっちは子供と親しくするなと洗脳教育をされてきた人だ。その教育方針に疑問を抱くことなく素直に受け止めてきた残念思考の残念父だと思えば、こちらから近寄ってやらなくもない。
前世の時と違って今の私には生活の余裕も心の余裕もある。
だからといってどうしたらいいのか分からない。
これでお父様に話しかけて無視でもされようものなら二度と話すものかという決別に繋がるだけだ。
決別の方が安易に想像出来てしまう。
でも、こちらから近寄るのもありだと思えただけでも大きな心の進歩のような気がする。
長い休暇が明けて学園4年生が始まった。
久し振りに学園に行ってみると、雰囲気が変わっていた。
なんだかベルナの取り巻きが減ったような気がする。
そして、サミールが成績上位者の仲間になっていた。
いつの間にかサミールは10位まで成績を上げていた。
どうやらサイモンと一緒に考えた研究結果が評価されたらしい。
基本的な学力も大切だとしても、成果を上げた方が早く評価される。そういう実力主義な学園の方式が時に恨めしい。
すっかりベルナの取り巻きを止めたらしいサミールは、前からの人当たりの良さもあってか上位成績者の中に溶け込んでいた。
そして私にも当たり前のように話しかけてくる。
「マリ!おはよう」
サミールはほとんど話をしなかった3年間などなかったかのような気軽さだった。
そしてムダにサミールは爽やかだ。
私の婚約者こんなに爽やか青年だっけ?
真っ直ぐ来るから無視することも出来ない。
でもまだ心の距離を詰めてなるものかと牽制は忘れないようにしている。
「サミール様、気安く私の頭飾りに触らないでください」
話しかけられる度に距離が近い。
そしてさりげなく頭飾りなり肩なりを触られる。
その度に嫌悪よりドキドキしてしまう私はもう既に残念なのだろう。
「マリ、一緒にお昼食べよう」
サミールにランチに誘われた私は思案した。
本当は一緒に食べるべきではない。
でも、一緒にランチを取ることの多かったグレースは、婚約者のガストンとランチを食べたいかもしれない。
というよりはガストンがグレースとランチを食べたいのにグレースが私にべったりなので怒っているようなのだ。
残念なガストンは正直にグレースをランチに誘うことも出来ない。
グレースに断られたらと思うと怖くて言えないらしい。
ガストンはグレースに対してはヘタレなのだ。
そしてグレースは私のことが大好きなのでランチは当たり前のように私と取りたがる。
私も公爵家のガストンの機嫌を損ねたくはないので、グレースをガストンと近付けてあげたかった。
お互い婚約者と一緒に食べるからと離れるのが一番自然な気がする。
だから私はサミールの誘いを受けるしかなかった。
サミールとのランチは中庭で、サミールが持ってきたドレイド侯爵家の料理人お手製のお弁当だ。
食に関してはサミールに任せておけば間違いない。子供の頃からサミールが持ってくる食べ物は何でも美味しかった。
「マリ、ほら口の横に付いてるぞ」
サミールはまるで恋人のように私の口の横に触れてきた。
「ちょっと、サミール!?」
恥ずかしいから止めて!
と赤面するだけで私は言葉にすることも出来なかった。
分かることはサミール相手に丁寧な言葉使いは続かないということだ。
始めは「様」付けと丁寧な言葉使いをしていたのに、気が付くと以前のように距離を詰められていた。
「マリ、今度観劇に行かないか?」
「観劇?もしかして今話題の!?行きたい!」
サミールにデートに誘われた私はあっさり受け入れていた。
仕方ないのだ。
だって、婚約してからデートには行ったことがなかった。
観劇にも行ったことがないし、興味がある。
ガリ勉の私は放課後や休日に友人と遊びに行ったことすらない。
学園の人は基本的にライバルなので、成績上位を目指す者は友人とはいえ気が抜けない。
グレースとは学園では仲良くやっているけれど、学園の外では会ったことがない。
グレースは基本、忙しいのだ。公爵家のガストンの婚約者であるグレースは、休日は公爵家の縁続きになる為に社交活動をしなければならない。
もう一人の友人エリーゼもなんだかんだ家のことや色んなことで忙しいので学園の外で会ったことはない。
家は私に興味がないので私は家の社交活動はほとんど何もしていない。
だから、仕方ないのだ。サミールの誘いに乗ってしまうことは。
それに学園卒業後は婚約解消してどこかの田舎に引っ込むことも考えている私は、ここで観劇を断ったら一生行かないかもしれない。
「マリエラの父君は面白いな」
新学期が始まってからしばらく登校していなかったエリーゼが、久し振りに学園にきたと思ったら変なことを言い出した。
「えっと、エリーゼはどこかで私のお父様と会ったことあるの?」
どうしてエリーゼから私の父の話が出るのか。普通に疑問だった。
「この前私の父が主催する集まりに来ていてな、その時に話しているのを聞いた。どうやらマリエラの父君は私の父と同じように娘のことを自慢したかったらしい」
「はあ?」
エリーゼの話が理解出来ずに変な声が出てしまった。
私の父は娘に興味のない人のはずだ。
「嘘ではない。マリエラのことを自慢に思っているようなのだが、あまり口に出来る場所がなくて鬱憤が溜まっていたらしい」
「エリーゼ、それは本当に私のお父様の話?人違いだど思うけど」
「間違いないはずだ。マリエラが学園で勉強を頑張っているのを自慢そうにしていた。だが意思の疎通が出来ていないのは本当みたいだな。その時も私がマリエラが学園を休んだことを伝えると知らなかったようで急いで帰っていった」
なんだろう、この話は。
分からないはずなのに、熱が出て休んでいた時に私の部屋の前で怒鳴っていたお父様が思い出される。
私はあの時、お父様は私のことをバカにしているようにしか聞こえなかった。
けれど、もしかしたら私を心配しての言葉だったのかもしれないような気がしてきた。
「私はお父様に誉められたことなんて一度もないけど」
私の不満そうな顔がエリーゼのツボに入ったのか笑われてしまった。
「私の父だって今では私の自慢をすることで有名だが、昔は私の前で私を誉める言葉なんて聞いたことなかった。どちらかというと兄姉と比べられて貶されていたのだがな、私のいないところでは私の自慢をしていたらしい。今ではどこでも私のことを自慢しているがな」
なんだその話は。
要は娘を上手に誉めることも出来ない残念な父親の話をしているのか。
信じられない。
信じられないけれど、私はエリーゼがそんな嘘をつくような人でないことを知っている。
エリーゼがそう言うのなら信じるしかないのだ。
私の残念父は、私のいないところで私のことを自慢していたらしいと。




