レア 2
レアの勢いに飲まれ聞きたいことが聞けないままリビングに連れ出された。
寝ていた部屋は2階の角部屋だった。
洋画で見るようなログハウスで、2階はいくつか部屋があるようだった。
階段は壁に沿ってあり、1階から天井まで吹き抜けにした構造が家をより大きくみせていた。
階段から大人の女性がキッチンでなにかしているのが見えた。
レアの母親かな?
尻尾があるし。
レアは俺の手を引いてリビングまで案内してくれた。
リビングには家族4人くらいで食事するには十分くらいな大きさのテーブルと椅子が4つあり、
さらにそこから少し離れたところに大きなソファーが暖炉を囲むように置いてあった。
かなり大きいリビングである。
天井から4つのランプが吊るされ、壁にもいくつかのランプがある。
見回しても冷蔵庫のようなものやテレビのようなのは無く、ここには電気がきていないようだった。
「お母さん、タイガ起きたよ!」
「あら、気分はどう?」
俺の食事の準備をしながら話しかけてきた女性、レアのお母さんは細身の美人な人だった。
レアによく似てる。
年齢でいえば俺より少し若いくらいか。
茶色の長い髪をポニーテールのようにまとめていて、頭にはレアと同じように、彼女のはピンと立った三角形の耳が、お尻からは長い綺麗な茶色の尻尾がついていた。
つり目の整った顔立ちで、耳と尻尾も相まって狐が化けたような印象をもった。
「助けていただいてありがとうございます。とりあえず、あー…喉が渇きました。」
「フフ、レアお水持って行ってくれる?私はタイガさんのご飯を運ぶわ。」
「はーい!」
レアがお水をレアのお母さんがパンとスープを持ってきてくれた。
ぐー。
匂いを嗅いだらお腹がなった。は、恥ずかしい…!
「タイガ、どーぞ!」
レアは震える手で水の入ったコップを渡してくれた。
やはり初対面だし、緊張しているのかな?
「ありがとう。」
「さあ、お腹すいたでしょう?まずは食べてくださいな。」
「いただきます!」
おそらく異世界に来てしまったのだろうけど、料理の味はどうだろうか。
まずかったら申し訳ないな、なんて思ったが杞憂に終わった。
パン(と思われるもの)もスープ(と思われるもの)も味は特別変わったものではなかった。
どうやらおそらくは元の世界と同じような材料で作られているのだろう。
出されたものをしっかり食べて空腹が満たされたおかげか、
人?ではないが誰かと話せてるおかげか、その両方だろうか、なんだかとても安心した。
こんな状況だが、いやこんな状況だからこそ空腹ではいけないのだろう。
腹が減っては戦ができぬ。
空腹ではやる気も出ないし頭が回らないのだ。
完食し、一息つけたところでこの世界のことなどを聞くことにした。
「あー、ちょっと、っていうかいろいろ聞きたいんですけど、いいですか?」
「なになに?」
「私たちがわかることであればお教えしますよ。」
あれこれ聞く前に大切なことを忘れていた。
「その前に。初めまして。藤枝泰雅と言います。結婚していて、妻は妊娠中です。子供はもうちょっとしたら生まれる予定です。」
「ご丁寧にありがとうございます。私はレアの母、エーヴェと言います。子供はレア1人だけです。」
「レアは森で遊ぶの大好きだよ!」
自己紹介はマナーである。
ビジネスシーンだけじゃなく一般的に初対面の人と話すとき、自己紹介をすることで好印象をもたれる。
泰雅は仕事柄、初対面の人と接することは多い。
そのため必ず自己紹介をしていたし、自分の店のホームページでも細かい自己紹介は書いていた。
来る患者はある程度安心感をもってくる人が多かった。
異世界?でもそれは同じだった。
簡単な自己紹介で安心感が生まれた。
自己紹介は大事だよね。命の恩人に名乗らないのは失礼だし。
自己紹介がうまいと営業成績もあがるってなんかの雑誌で読んだことある。
…え?ほんと?成績あがるの?
ほんとかよ…じゃあなんでうちに患者来ないんだよ…。
おかしいだろ、くそ!ふざけやがって!
もう2度と自己紹介なんてするもんか、チクショーめ!!
とムカついたけど目の前のレアとエーヴェさん(かわいい&美人)がニコニコしたから自己紹介はいい事だな、うん。
名前もお互いわかったことだし本題に入ろう。
「えーっと…まず…ここはどこですか?」
私は誰ですかと言い出さないだけまだマシだろう。
自分の居る場所がわからないというのは一番重要な問題だ。
場所さえわかればおおよそ帰り方、時間もわかる。
しかし答えは非情なものだった。
「ここはヴァルティア大森林と呼ばれる森です。とても大きな森であまり人は立ち入ることがありません。タイガさんは何故ここに?」
まったく聞いたことがない名前だ。
海外か?それにしては日本語通じてる。
というか耳!!
「気づいたらここにいたんです。全然違う所、街にいたはずなんですが。」
「大きい街にいらしたの?」
「えぇ。東京のはずれのほうです。」
「トーキョー?聞いたことない。知ってる?ママ?」
「この辺りにはトーキョーと呼ばれる街や村は聞いたことありません。」
日本ではないだろうと思っていたがやはり…。
そればかりか東京もわからないということは…やはり…。
「あっと、ヴァルティア?…大森林って、ここってどこの国ですか?」
「ここはメターミアという国にある森ですよ。」
聞いたこともない国。
見たことない獣の耳と尻尾がある種族。
しかも日本語が通じる。
自分の家に帰る方法なんてさっぱり見当つかなくなってしまった。
「この国の人は、その、あなたたちのように亜人ばかりなのですか?私と同じような人間は?」
エーヴェは少し表情を曇らせ、口を噤んだ。
「私たちみたいのはね、あんまりいないんだよ。だから街にはあまり住めないんだよ。」
代わりにレアが答えてくれた。
「住めない?」
「人間ではない、ただそれだけの理由から子供はいじめられやすいのです。また大人でもあまりいい思いをすることはありません。それに亜人だけが使える言葉があるのですがどうも恐怖感を与えるらしく、それもひとつの理由なようです。」
「亜人だけが使える言葉?」
ここに来た時にレアがなにか言葉を発していたのを思い出す。
「僕が最初に来た時にレアがなにかしゃべってたと思うんだけどあれのこと?」
「へへへ、人の前では使うなって言われてたんだけどあの時は急に人が来たもんだからびっくりしちゃって。」
レアとエーヴェはいろいろ教えてくれた。
街には様々なお店があり、人も多くいること。
メターミアという国の中心、首都はさほど遠くないこと。
国には人間が多くいること。
亜人、人と獣の混合種も多くいること。
とりあえず日本語は使えるようだった。
まあ変な話だが異世界だし、そういうもんなんだろう。
魔法は実際に見た者はいないらしい。都市伝説レベルであると噂はされているようだが。
話を聞いた限りでは住んでいた元の現代世界とはまるで違うことがわかった。
話をあらかた聞き終え、今後のことを考えた。
このままここでお世話になるのはさすがに気が引けるし申し訳なさすぎる。
やはりまずは近くの大きい街に行ってみるべきだろうな。
とにかく実際に見て、話を聞いていかないと。
どうにかして家に、紬の元に帰りたい。
人の多い街ならばなにかしら情報があるかもしれない。
可能性は低いがここにとどまるよりは高いだろう。
「ここから近くの街は歩いてどれくらいかかるんでしょうか?」
「え、歩いてですか?おそらく3日くらいはかかると思いますが…。」
「えー?タイガ出ていっちゃうの!?」
レアは寂しそうな表情をした。
会って大して時間も経ってないし、話もしてないのに。
こういう場所に住んでいるから話し相手が欲しいのだろうか。
「助けてもらっていつまでも世話にはなれないよ。自分の家にも帰りたいしね。」
帰る方法なんてあるかわかんないけどな…。
「そうですか。では3日ほどここで休んでいかれてはいかがですか?」
「?」
「3日後にここの近くを食料などを運ぶ荷馬車が通るんです。乗せてもらえれば1日程で着きますし、危険も少ないですよ。」
加えてエーヴェは少し悲しい顔をしてこう言った。
「それにレアの話し相手になってもらえるとうちも助かるのです。こんな場所ですから話し相手がいないのでいつも寂しそうにしているので…。」
「いてほしーなー。」
レアは上目遣いで見てくる。
確かに全く知らない世界のようだ。
何がいるか、どんな人間がいるかもわからない。
まずは安全に街につけることを優先すべきだろう。
女の子の話し相手か。
何話せばいいかわからんがまあなんとかなるだろう。
「わかりました。ではお言葉に甘えてその荷馬車が通る日までいさせてもらおうともいます。でもご主人には了解もらわなくていいんですか?」
「大丈夫ですよ。主人も荷馬車に乗せて街まで行かせようと言うに決まってますから。」
「パパはそう言うね!」
エーヴェは優しい笑顔で、レアは得意げな表情でそう言ってくれた。
「もちろん食事のことも心配しないでくださいね。ちゃーんと出しますから。」
「助かります。」
身の危険もなく、飢えで倒れる心配もない。
これは願ったり叶ったりってとこだな。
それにしても、レアがなんでそこまで俺に懐くのだろうか。
こんなところだと友達もできないし、友達に飢えてるのか。
まあかわいい女の子に懐かれるのはうれしいことではある。
2020年1月18日 一章完結。
登場人物紹介を少しずつ書いています。大きなネタバレはなし。
興味があれば是非お目通しください。