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第64話

 プレアデスの屋敷は、教会から馬車で10分程の所にある。その途中にある湖が、例のジゼル滝壺水難事件の現場だ。我ながらなんとも情けない事件だった。

 でも、今となってはプレアデスとの大事な想い出だ。思えば私がプレアデスを意識し始めたのはこの時からだったのかもしれない。だから、元カレの事を夢に見たのだろう。なんとなくだけどそう思った。

 元カレとの甘酸っぱくて苦い想い出は、さっき教会に置いてきた。これからの私はプレアデスだけを見て前に進もうと思った。


 プレアデスの屋敷に入り、サラマンジェに案内された。我が家のサラマンジェとは違ってとても広く、まれでレストランの様な雰囲気であると思った。王族ともなれば別荘であれど、大人数でも安心の来賓用の設備もしっかりとしているんだなぁ。


 私は、隣の席に座ったプレアデスをチラッと見た。バッチリ目があった。

 嘘、プレアデスも私を見てたの!?顔がボっと火がついたように熱くなった。うぅ、皆の前でお腹が鳴った時より恥ずかしいよ。

 わぁぁ、ヤバイヤバイ。精神年齢なんとか26歳の私。なんだか初恋みたい(笑)な恋してる。いやさ、ジゼルとしては初恋なんだけどね。まぁ、杏の方でも恋愛経験は人並み以下に乏しいのだけど。プレアデスとは、キスとかハグとか手を繋ぐとかひと通りの事はしたけども、改めて私はこの人の事が好きなんだと、また、この人も私を好いてくれてるんだと思うとくすぐったい様な何とも言えない気分になる。


「ククッ。ほら、俺の顔ばかり見てねぇで、早く食べな。腹減ってたんだろ?」

「ひっ!べ、べ、別にプレアデスの顔に見惚れてた訳じゃないんだからねっ!わー、美味しそうな料理!いっただきまーす!」

「ハハハ、そっかそっか(ヤベェ!ツンデレ)」


 クッ!プレアデスだって照れる時は照れる癖に、なんでそんなにも余裕のある素振りが出来るの?プレアデスはまだ肩を震わせて笑っている。

 私は、照れ隠しに目の前に出された料理に集中した。


 チキンとキノコのスープのパイ包みのパイをスプーンで割ると、中から温かい湯気と共に芳醇な香りが鼻をくすぐった。ふぉぉぉ!空きっ腹で匂いをかぐとダイレクトにお腹に伝わるわね!

 ひと(さじ)すくって口に運んだら、口の中いっぱいに広がる複雑な味わいに思わず笑顔になった。


「んんん〜〜〜!美味しいぃ〜〜!」

「ふふ、私ジゼルの美味しそうに食事を食べる顔、好きです」

「フフッ。貴女は周りの人を幸せにする事の出来る方なのですね。貴女の表情を見ていると、確かにほんわかとした気持ちになります」


 えっと、これは褒められているのよね?私ご飯を美味しく食べてるだけなんですけど。プレアデスだけではなく、アンジュとハルジオンさんまでもが私に注目している。

 対面した席に座っている二人を見るとアンジュはもとより、ハルジオンさんの所作(しょさ)もどこかのお屋敷の教育係だっただけあって完璧なものだった。


「舌平目のポワレと、豚肉のリエットでございます」


 可愛らしい(セクハラ?)メイドさんがテーブルに料理を運んでくれた。

 わぁぁ。今日はフランス料理なのね!あ、フランスって国はこの世界には無いからこの世界では何料理って言うのかしらね?しかし、どれもこれも美味しそう。私はまずリエットをバゲットにのせて頬張った。んまーい!なんてなめらかな舌触りなの!塩気が強いのでひと匙でバゲット1枚はいけてしまう。

 次に舌平目のポワレをナイフとフォークで切り分けてパクリ。ホロホロとした舌平目がふんわりと口の中でほどけていく。身は淡白ながらも出汁が効いてレモンバターソースとの相性もバツグンだわ!これも、美味でございますぅぅぅ!!


 ハッ!我にかえって辺りをキョロキョロと見回すと、皆が(メイドさん達まで)私に注目して、まるでこどもや動物でも見る様な慈愛に満ちた表情になっている!慈しまれているわ!


「み、皆さん、私の事はいいですから、皆さんも料理を堪能してください!」

「いや、料理よりもお前を見てる方が楽しい」


 プレアデスのその一言にアンジュとハルジオンさんが目を合わせてクスリと笑って頷いた。もう、そんなに見られてたら、食べづらくなるじゃない。

 ・・・とか言う割にはしっかりと美味しく完食した訳ですが。


 デザートはコクのあるミルクと甘酸っぱいイチゴのシャーベットが出た。ディナーみたいにガッツリとしたフルコースならば途中でお口直しの意味合いで食事の合間にソルベの様なあっさりとしたシャリシャリ食感のものなどが出るが、今回はランチで品数も少ないから口直しでは無く、締めのデザートとして、よりミルク感が濃厚なシャーベットが出てきたのだろう。スッと口の中で心地よく溶けていくので、スープと舌平目で充分満たされたお腹には正直ケーキとかよりありがたかった。


「はぁぁ、美味しかった!ご馳走様でした」

「本当、とても美味しかったです」

「殿下、本日はこんなにも素敵な食事会にお招き頂き、ありがとうございました」

「口にあったみたいで何よりだ。この後、中庭でゆっくりと腹を落ち着けるといい。今はガーデニア(クチナシ)とニゲラが見頃だぞ」


 おぉ、私がハルジオンさんを引き止めるまでもなくサラリと、引き続き滞在を促したわ!これが王族のスキルってやつかぁぁぁぁ!!


 プレアデスの、屋敷の中庭に来るのは私も初めてだった。アンジュと二人でガーデニアとニゲラを眺めてはそのふんわりとした香りを楽しんだ。その間プレアデスとハルジオンさんは傘のついたガーデンテーブルに座って何やら話していた。


「そうだ、ねぇ、アンジュ。ハルジオンさん前の教育係として勤めていたお屋敷で何かあったんじゃないかしら?」


 そうそう。今日の本題を忘れちゃいけないわ。ハルジオンさんを笑顔にする事!なんか別の意味では既に笑顔にした気がするけども。


「ジゼルもそう思いますか?とても気にはなるのですが、私からはなんとなく聞き出せなくて・・・」


 俯いて、目を伏せるアンジュ。それは、“好きだから”聞けないんじゃないかしら?でも、ここで「アンジュ、ハルジオンさんの事好きだから気になるんじゃない?」なんて核心をついた事を言い出すほど私はマヌケではないわ。ここは上手く上手ーく、話をしなくては。


「アンジュったらそれじゃハルジオンさんに特別な思い入れがあるみたいじゃない?」


 あほーーーーーーーー!!!私はマヌケでした!頭で思っている事ストレートに言ったよ?これじゃ、アンジュの腰が引けちゃうじゃない!わぁぁ!バカバカバカ!!


「そ・・・う、なのでしょうか?」


 ん?予想外の反応だわ。てっきり“違います!!”って否定するかと思ってたわ。なんだか、自分で気づいていなかった事に今気づいたって感じの反応ね。否定しないって事は・・・。


「私、今までジゼル以外に気になる人なんて居なかったので、良くわからないんです」


 くぅ〜!“私以外に”って。なんてピュアなの!今まで恋愛よりも友情を大事にしててくれたって事よね!


「でも、ハルジオンさんの、教会で熱心にお祈りして、まるで自分を責めているような姿を見る度に自分に何か出来ないかと思ってるのですが・・・」


 んんー。優しいアンジュがただ、困っている人を放っておけないみたいな感じにもとれるけど、どうなのかしらね。その気持ちが恋ならば、私は全力で応援するわよ!むしろ私の本懐よね!


「そうね。アンジュの気持ちはアンジュのものだから、私がこうよ!とは言えないけど、ゆっくりでいいんじゃないかしら?ハルジオンさんが心から救われた時に感じた気持ちが何なのか、それを見届けてからでも」

「そう、ですね!やっぱりジゼルに相談して良かったです。私のこの気持ちがジゼルに対しての気持ちと同じかどうか、ですよね!」

「ん?」

「やだ、私ったら!ジゼルにこんな事言ったら・・・」


 そう言ったアンジュは顔を真っ赤にして黙ってしまった。私に対しての気持ちと同じだったらそれは友情って事じゃない。いやだわ。アンジュったら。好きな人に対する気持ちと、私に向けての気持ちが同等じゃおかしいでしょ。


 そうは思ったが、アンジュが黙って考え事をしていて、なんだかそれ以上何か言える雰囲気では無かったので私は目の前の花の美しさや、その香りを暫し堪能する事にした。

ここまでお読みくださいまして、ありがとうございました(^^)


今回は少し掲載まで時間がかかってしまい、すみませんでした!

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