第12話 お前常識ねぇのかよ
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「ええ天気やねぇ」
「はい...」
快晴の空は眩しいが、今の季節この地方はあまり暑さのピークをとうに過ぎ、過ごしやすい気温だ。
朝食を取り終えた後、そのまま一緒に外へ出てきた。
目的は買い物だ。先ず必要なのは服、ベッド、石鹸などの衛生用品、予備の靴、取り敢えずそんなところか。
というのも住んでいた家に何か取りに行くかと聞いたら、持っていくようなものは何もないと言われてしまったためだ。
闇深いと思ったが口にせず、じゃあ買い物に行こうと連れ出したというわけだ。
正直に言ってドロップ品で使っていない女性用の装備などを引っ張り出せばベッド以外は必要ない。
それに明日旅立つのでベッドも暫く使える状況は限られるだろう。今購入する意義は薄い。
しかし、あのままずっと家の中よりは...こちらの方が会話が弾む気がした。
「そういやアルセア君はいくつなん?」
「僕は...多分、14歳です。アルフィー...さんは?同じくらいですか?」
「14歳!若いなぁ。俺は...幾つやっけか」
「...いつ産まれたか、覚えてないんですか?」
昨日が誕生日なのも、自分の歳も、本当は覚えていた。
だが、会話が欲しくてワザと忘れたフリをする。
わざとらしく頭を掻き、指折り巡った季節を確認した。
「あんま数えてなくて...ああ15!多分15歳やわ。一つ上やね」
「では、やはり同じくらいですか。ふふっ」
「あー笑ったなぁ?1年分の人生経験はバカに出来んで?」
「そのようですね。貴方を見ているとそう思いますよ」
「ハハっ、こやつめ〜」
子生意気な皮肉だ。頭をクリクリと撫でてやる。
一晩経って、あの縋るような態度はだいぶマシになったと見える。やはり心には日にち薬か。
嬉しそうに撫でられる様子は少し信頼しすぎにも見えるが、これくらいの寄りかかりならむしろ嬉しいものだ。
偶になんでも無い会話を挟みながら、少し歩くとベッドや布団、石鹸などが売っている店に着いた。
前世のスーパーマーケットまでは流石に行かないが、俺の店よりは数倍大きく、取り扱っている商品も多い。
懐かしい。石鹸を大量発注したのもここだ。
外で入浴できずに居る期間というのは、想定以上に長く前世の記憶がある俺にはとても耐えられなかった。
ここで買ったお陰で石鹸には大量のストックがあるし、お湯も家での入浴時余分に沸かしてアイテム化している。もうあのような思いはしなくていい。
「お店ここやねん。色々何個か買おうと思ってるけど、いりそうなもんあったら遠慮なく言うてな」
「あ、あの...こんな大通りの店では...」
「いやいや言いたい事は分かるよ?でも良いものってのは結局お金がかかるねん。そんで君にはええもの使って欲しいわけ」
「それもありますが、その...」
「まぁまぁ一回見てみてよ。路地裏の品が悪い言うわけちゃうけど、やっぱ品揃えはこういう大きいとこのがええよ?」
少し強引に手を引いて店に入った。
遠慮がちなのは昨日会ったばかりなので仕方がないだろう。金額を気にしているなら多少強引な方がいい。
「取り敢えずベッドに好みとかある?柔め好きとか固め好きとか」
入ってすぐベッドのコーナーに駆け寄る。
あるのは数種類だけではあるが、新品のベッドセットはいつ見てもテンションが上がる。
「いえ、あの...」
振り向くと、アルセア君が周りをチラチラ見ていることに気付いた。
視線の先には他の来店客がおり、彼らもこちらを見ている。
「本日は何をお探しでしょうか」
横から声をかけられた。
年嵩の店員だった。薄い笑みを浮かべたその目は、俺に張り付いたように動かない。
アルセアを一切見ないその視線が、どうにも少し不快だった。
「あー、まぁベッドとか色々ですね。この子の生活に必要なもん、一通り買おう思てますわ」
「……この子、でございますか」
誰のための買い物か、促して初めて視線がそちらを向く。
店員の笑みが、ほんの少しだけ歪んだ。
「そうそう。取り敢えずは寝るとこと、あと石鹸とか日用品も見たいですね」
「左様でございますか」
店員は一度、店内を見回した。
他の客たちの視線は、やはりこちらへ集まっている。
その中で店員は、いっそう声を低くした。
「でしたら、こちらへ」
「? はいはい」
案内されたのは、商品のある場所ではなかった。
会計台の横を抜け、客の目につかない細い通路を通される。
おかしい。
そう思った時には、もう裏口の扉が開かれていた。
「申し訳ございませんが」
店員は扉の外を手で示した。
「当店でお売りできるものはございません。お引き取りください」
「……は?」
思わず間抜けな声が出た。
「いや、まだ何も見てませんけど」
「見て頂くことはできません」
「どういう意味です?」
店員は俺の背後へ視線をやった。
「その黒髪を、店内へ入れた時点で迷惑だと申し上げております」
背中の後ろで、アルセアの気配が小さく縮んだ。
「……その黒髪?」
「他に何が?」
悪びれもなく言われたその言い方に、一瞬湧き立ちそうになる脳内を必死で抑え努めて冷静を装う。
人様の連れを<その黒髪>だと?
いや平常心。平常心だ。
怒りをぶつければもはや会話では無くなる。
「当店は大通りに面した店です。お客様も、商会の目もあります。魔族と同じ髪色の者を店内へ通したなどと噂になれば、信用に傷がつく」
「信用ねぇ」
「まして黒髪は、妙な力を持つ者が多い。手癖の悪い者もいれば、人を攫う者もいる。店の品を盗まれてからでは遅いのです」
「この子が何か盗ったんですか?」
「盗る前に追い出す。それが店を守るということです」
「へぇ。自分らがなんも買わせん癖に、手ぇ汚したらやっぱり黒髪は危ないって言うわけや」
喉の奥で、変な笑いが出た。
「随分ご立派な守り方で」
「ご理解いただけて何よりです」
「ええ理解しましたわ。金払う客を、髪の色で追い出す素晴らしい店なんやなって」
店員の表情が冷える。
「客?」
そこで初めて、店員は俺を正面から見た。
「失礼ですが、黒髪を当店では客とは呼びませんし、人間としても扱いません」
一瞬、言葉が出なかった。
「……あ?」
「聞こえませんでしたか?」
店員はため息をついた。
面倒な相手に当たった、とでも言いたげな顔だった。
「路地裏の者は、路地裏で買えばよろしい。黒髪と付き合う方も同じです。身の丈に合った店を選ぶべきでしょう」
店員は、今度こそはっきりとアルセアを見た。
そして告げる。
「それが出入りしていると知られること自体が、当店にとって損害なのです」
それ。
人を指す言葉ではないその言い方。
2度目の言葉に耐えきれず、右のこめかみがぴきりと鳴った気がした。
「……お前」
声が低くなった。
「俺の連れのこと、何て言うた?」
「事実を申し上げただけです。黒髪など、どこへ行っても同じ扱いでしょう。今さら傷付いた顔をされても困りますな」
一瞬、時が止まったように感じた。
向けられた言葉の棘はあまりに直接的で、しかも俺の友人を貶めるものだ。
これに反応しないのはむしろ彼への裏切りに等しく、自身の中で大義名分を得た俺の行動は早かった。
「……お前、俺の目の前でようそこまで言うたね。流石にライン超えたわ」
「事実を申し上げただけです」
「オーケー。よく見とけや」
店員の目を見る。
もう笑う気にもならなかった。
「自分の言うた“事実”が、どんな結果になるか」
遺跡の最奥。そこにいた亡霊の魔法使いから手に入れた杖を取り出す。現状最も火力が出る魔法杖だ。
「何をする気か知りませんが、これ以上は衛兵...を....」
すぐさま詠唱を開始。使用するのは魔法使いの上位職、魔導士の範囲火力魔法だ。
唱え始めた側から空中に大きな火の玉が出現し、更に増大していく。
発動すれば間違いなくこの辺り一帯を火の海に出来る。
発動に硬直がある大技だが、目の前の店員に止められるとは思えない。
ここから更に追加入力...貯める事で火球は大きく、炎は青く変化する。
この魔法は対象にゆっくり落ちて来るタイプで高誘導だが着弾まで少し合間がある。
その隙に店の中の客は回収してやろう。この店員には冥土でゆっくり自分の発言を振り返って貰う。
「こ、これは何が...」
店員はへたり込んで動く気配がない。
「よぉ周り見とけよ。この世で見る最後の景色やぞボケカスが」
タメ行動に入った。もう少しだ。
俺が笑みを深めた瞬間、大声が響いた。
「や、やめて下さい!」
服を引かれる感覚に右を見やると、アルセアがいた。
「僕は大丈夫です!ですから、ですからお願いします!!」
「だってお前...っ」
「いいんです!だから、だからお願いしまっ」
「ええわけあるかぁ!」
思わず声が荒れた。
その言葉にアルセアの目が見開く。
「何がええねん!ええわけないやろ!お前あんな言い方されて....ッ!!」
なお強行しようとした俺の手に、アルセアが触れる。
潤む瞳に、その意味が言葉より強く響く。
それでも、お願いします...と。
手先が震えた。
「........ッ!」
キャンセルが間に合うかどうか分からないくらいシビアなタイミングまで迷った挙句、バックステップで詠唱を中断した。
火球も消え、深呼吸して心を落ち着ける。
昂った感情を、振り下ろす先が無くなったやるせなさで震える手を、頭に押し付けて歯を食いしばった。
「ありがとう、ございます」
奥歯を強く噛む。
苦虫を噛み潰したこの顔を、他ならぬアルセアに向けるわけにも行かず、努めて力を抜くこと数秒。
深呼吸の後、言葉を絞り出す。
「ごめん。勝手に怒って悪かった。もう行こか」
そう伝えて路地を足早に奥に進む。
店員はもう何も言ってこなかったが、人を避けたい気分で大通りに戻りたくなかった。
誰が正しい?
当然アルセアだ。
言葉でどれほど無礼を働こうと、命の価値と釣り合う筈もない。
理屈はそうだ。止めたアルセアが正しい。
だが、だったら...傷付けられた彼女の心はどうなる?
本当は問いたかった。喚きたかった。なんでお前が怒らねぇんだよと。
でもわかっている。この場合誰が一番辛いかなんて。
「あの...」
駆け足で来たアルセアがすぐ追いついて、隣を歩く。
声をかけてくれているのは気がついているが、不甲斐なさや申し訳なさ。色々な感情でまともに顔を見れず返答できなかった。
暫く無言の間が空く。
俺から会話を切り出す気分にもなれず、そのまま歩いていた。
気不味い時間だ。アルセア君は何も悪くないのに、困らせてしまっている。
彼は今どんな表情をしているのだろう。少なくとも笑顔じゃないことだけは確かだ。
更に歩を早め、次どうしようか。どこに行っても同じなのか。そんな風に考え始めたころ、突然冷たい両手が俺の左手に絡みついた。
「アルフィーさん」
「ん!?ど、どうしたん」
若干挙動不審ながら、引っ張られたままに顔を向けると、そこには思っていたような困った表情のアルセアはいなかった。
しかし潤んだ瞳と努めて笑顔を作る彼は、想定した気不味さや困惑よりも強く俺の心を抉った。
「怒ってくれて....ありがとう、ございます」
「...」
辿々しく告げられた感謝の言葉に、また言葉に詰まる。
俺からすればあれに怒るのは当たり前だ。だが、店員の態度を見れば分かる。あれこそがここでは常識なのだろうと。
恐らく、間違ってるのは俺の方だ。
それを知らず、大衆の店に連れて来た俺が悪いのだ。黒髪が嫌われているのは知っていたのだから。
だが...育った村には黒髪は1人もおらず、そこから先は1人で駆け抜ける様に生きてきた。見たいものを見、触れたいものにしか触れなかった。
アルセア君に向けられる迫害が、まともな店に入ることも出来ないほどだとは...。
これが常識。そしてそれを学ばなかった俺への大きな罰だった。
(ここまで露骨とは思わんかったな...)
知っていたら、外で買い物をしようなどと誘わなかった。
途端申し訳なさが溢れる。
「ごめんな。あそこまで言われると思わんくて...。ごめん。ごめんなぁ...」
震える声で、ただただ謝った。
連れ出した責任が謝るだけで取れる筈もない。俺が謝りたいだけの、中身の無い行動だ。
だが分かっていても、自責の念はどうしようもなく俺の胸を押し潰し、溢れ出る言葉は全て謝罪へと変わった。
アルセアは静かに聴いていた。俺の左手を、その両手で何度も握り直して。
日差しの無い路地裏には、俺が鼻を啜る音だけが響いていた。
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アルセア君この日女バレするんですけど
そのタイミングをちょっとズラしたくなって突貫工事します。
本日で終わらなければ一旦投稿止め。
不定期だから良いとは思いつつ、通行止めの看板をばここへ。
ご迷惑をおかけしますね。




