7 危険な侵入者
その日、ジェナは森の奥で、きのこ採りに熱中していた。薬草採りの途中で、大好物のきのこが大量に生えている場所を発見し、ホクホク顔で採っては籠に入れていく。もっともっとと夢中になるうちに、気付けばすっかり日が傾き掛けていた。
(早く帰らないと、家に着く前に真っ暗になっちゃう! まだたくさん生えているけど、明日採りに来ればいっか)
獣や魔物が活発になる夜の森は、森暮らしに慣れているジェナといえども恐ろしい。諦めてようやく帰り支度を始めていると、そこにマオがやって来た。
「おい! いつまで採ってるんだよ。じいさんが心配してるぞ」
「ああ、ごめんね。大好きなきのこがたくさん生えていたからつい。……てか、どうして私がいる場所がわかったの? 誰にも言ってないのに」
「においでわかる」
「へえ! すごいのね。犬みたい! ねえねえ、私ってどんなにおい?」
「生臭い。いつもサクラとくっついているから」
「なまぐ……」
女の子に向かって失礼ね! と、サクラの分まで文句を言うジェナを放り、マオはきのこがたっぷり詰まったジェナの籠を背負う。
「ほら、さっさと帰るぞ」
スタスタと歩き出す背中に、ジェナは慌てて付いていった。
(さすがヒーロー。口は悪いけど、なんだかんだで優しいし紳士的なのよね)
ジェナはマオに並ぶと、ニマニマと笑いながら話し出した。
「籠、背負ってくれてありがとう! 帰ったらサクラと一緒に、美味しいきのこ料理を作ってあげるからね」
「毒きのこじゃないだろうな?」
「まさか! そのきのこね、見た目はしめじなのに、味と食感は松茸なのよ。お吸い物に土瓶蒸しに茶碗蒸しに……松茸ご飯も食べたいから、お米も少し使っちゃおうかな」
「どれもこれも聞いたことがない食べ物だな。まあ、誰より食い意地の張ってるお前がそんなに言うくらいなんだから期待してるよ。……ふっ、汚ねえな。ほら」
雑に投げられたマオの手拭いを受け取り、ジェナは涎でびっしょりの口元をごしごしと拭く。
和食と松茸の素晴らしさについてさらに語ろうと隣を見れば、マオがピタリと足を止め、険しい顔で辺りを窺っていた。
「マオ?」
マオはジェナの腕を引っ張り、サッと茂みに隠れる。
「どうしたの?」と訊こうとするジェナの口を、マオは手でガシッと塞ぎ、静かにと耳打ちした。
普段とは違うマオの様子から、お気楽なジェナもただ事ではないと感じる。大人しく縮こまっていると、草をガサガサと踏み締める音と、男たちの話し声が近付いてきた。
「……ったく、道に迷うなんてとんだ災難だな。だから森になんか入りたくなかったのに」
「ああ全くだ。大体あんなひょろひょろしたガキが、こんな森の中に何カ月も隠れられる訳ねえだろ。運良く逃げ込めたとしても、とっくに獣か魔物の餌食になってるはずだ」
「ご主人様も相当気が立ってるんだろうよ。一番のお気に入りを逃した上に、どこを探しても見つからねえんだから」
「やっともうすぐ客を取れるって時に逃げ出すなんて、恩知らずな奴隷め。取っ捕まえたら折檻してやる!」
「生きてりゃな。散々迷惑かけさせられた分、こってり絞ってやる。……表には見えないとこをな」
あははと響く下品な笑い声に、ジェナの口を塞いでいるマオの手が震え出す。
この男たちが何者で、何の目的で森に入ったのか。ジェナは察知し、ゾッとした。
──絶対に見つかる訳にはいかない。
声や足音から、少なくとも三人以上はいると思われる大人の男たち。もし見つかったら、非力な子どもである自分たちが敵う相手ではない。
息を殺して男たちが通りすぎるのを待っていたが、二人が隠れている茂みの目の前で、男の一人が信じられないことを言い出した。
「おい! 今夜はこの辺で休まねえか? 川も近いし、きのこがふかふかしてるからいい寝床になるぞ!」
(きのこ! まさか私の松茸をベッド代わりにするつもり!? 許せない!)
怒るジェナとは反対に、マオは激しく怯える。男たちがこの場所に留まったら、逃げる隙がないからだ。
それぞれ動揺する二人。長く隠れていたせいで痺れ始めていた足がよろけ、乾いた小枝を同時にパキリと踏んでしまった。
「……おい」
男たちの視線が一気に茂みへ集まる。
目配せし合うと、剣を構えながら、じりじりと二人の元へ近付いてきた。
(どど、どうしよう……こんな日に限って吹き矢はメンテナンス中だし。ええい! マオと松茸は私が守る!!)
ジェナはガタガタと震え続けるマオの背から、汗ばんだ籠を素早く奪い腕に抱える。そして茂みから勢いよく飛び出し、見るからに粗暴な四人の男たちの前に立った。
「こんにちは! じゃなくて、もうこんばんはですね! てへっ♡」
「……誰だお前」
「この森に住んでいる、なんてことのないモブ少女です。夢中できのこ狩りをしていたら、こんなに遅くなっちゃって。あ、このきのこ、めちゃくちゃ美味しいんですよ! よかったら、もっとたくさん生えてる場所を教えちゃいますよ~」
ペラペラと喋り続けるジェナに、男たちは怪訝な顔を向ける。やがて、一番体格の良いリーダー格らしき男が、ずいと前へ出てジェナに尋ねた。
「お前、この森に住んでいると言ったな。最近、銀髪に青い目の、綺麗な顔に傷がある少年を見かけなかったか? ちょうどお前と同い年くらいの」
「いいえぇ! ぬめぬめのブサカワな半魚魔ちゃんしか見かけませんでしたよ。もしそんな綺麗なコが落ちてたら、私がとっくに拾って売り飛ばしてますって! ささ、そんなことより、食べて良し、寝て良しの、スペシャルなきのこエリアに移動しましょ。暗くなる前に早く!」
茂みから注意を逸らそうと、数歩進んでこっちこっちと手招きするジェナだが、男たちは動こうとしない。リーダー格の男が小声で何かを指示し、その他の男たちがニヤリと頷いた。
男たちはジェナへ近付き、逃げられないように彼女の四方を取り囲む。明らかに好意的ではない雰囲気に、ジェナは慌てながらもできるだけ平静を装った。
「へ? ななっ、何ですか? かごめかごめですかあ?」
それには答えず、リーダー格の男はジェナの顎に手をかけ、乱暴に上を向かせた。
「色黒だし平凡な顔だが、生娘なら高く売れる。さすがに手ぶらで帰る訳にはいかないからな」
次第に自分の置かれた状況を理解し、戦おうと拳を作るジェナだが、既に両側の男たちに両腕を拘束されていた。
では歯か足でとジタバタするが、首に剣を当てられてしまっては、大人しくするしかなかった。
(せっかく猛毒のきのこエリアに誘導しようとしたのに、こんなことになるなんて。せめてこの隙にマオだけでも逃げて、助けを呼んでくれたら……)
ジェナの願いも虚しく、茂みからガサリと音がする。自由な目線だけそちらへ向ければ、マオが立ち上がり、真っ青な顔で男たちを睨みつけていた。




