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異世界の歩き方

日本に帰って来て・・。

 29年生きて来た現実(リアル)が今の私にはよそよそしく感じる。

よく知っているのに、馴染みのない異世界に来てしまったかのような戸惑いを覚えることがある。こんな感覚も3か月ぐらいしたら、またこちらの世界に慣れてなんともなくなってくるんだろうか。宇宙飛行士が宇宙から地球に帰って来て、重力があるのが不思議でたまらなかったと話していた記事を見たことがあるが、私にとってもそんな感じの日々なのだ。電気を使う道具が不思議だったり、テレビやパソコンからの情報を見ようとも思わなくなっている。


住んでいたアパートも入院している間に解約されてしまっていたし、今のところ無職でもあるので、退院してからは実家にお世話になっている。

仕事を探さなければいけないのだが、ハローワークに行くよりもホームセンターに行く回数が多くなってしまい、とうとう実家の庭に野菜畑を作ってしまった。

家では料理は手伝うし、やったこともないはずの手芸を始めるしで、仕事一辺倒だった私のあまりの変わりように、うちのお母さんなどは心配して病院通いを続けなさいと言う始末だ。

私としては今のところ料理や畑仕事の方が肌に合うのだが、以前の私を知っているものから見れば別人のように感じるらしい。


そんな生活を送っている私の所にリードじゃないや、社長でもなくなっている瀬崎守(せざきまもる)さんが尋ねて来た。結婚の申し込みだ。


瀬崎さんが言葉を話せるようになって、一番に私のお見舞いに来たことで、うちのお母さんの感情もだいぶ(やわ)らいだようだ。今では「あそこまで大きくした会社を弟さんに譲ることになってお気の毒ねぇ。」等と言っている。

だから瀬崎さんが結婚の話を切り出した時にも、両親ともに好意的に受け止めてくれた。娘が29歳にもなって結婚もせず無職で実家に居座っているのは、心配の種だったようだ。


「うちの瞳でよろしかったら、いつでも貰って頂いて結構ですから。」

お父さん・・・大安売りだね。

「県北も高速道路が出来て近くなりましたから、遠くに住むことをそんなに気にされなくても結構ですよ。今までも仕事優先で、あまり家にも帰って来ませんでしたからね。」

多少の皮肉も効かせながら、お母さんも県北に住むことを許してくれた。


そう。私達は結婚して田舎暮らしをすることを選択したのだ。


瀬崎さんは都会でのマネーゲームに興味を持てなくなったそうで、田舎で農業や地域の産業振興をする仕事を選んだ。私も田舎で暮らすのは大賛成だったので、二つ返事で結婚の話を承諾した。

田舎暮らしのこともあったのだが・・・実のところ、夜の独り寝が寂しくてたまらなかったのだ。二か月以上も隣に人が寝ている状態を続けていたら、独りでは眠れなくなることがよくわかった。


私達は主が居なくなった農家を置いてあったままだった農機具ごと安く購入し、念願の田舎ライフを送り始めた。

「結婚写真を撮っただけで、直ぐに籍を入れて引っ越してくるだけで本当に良かったのか?」

「私達もいい歳だもの。新しい生活を始めるなら早く取りかからなくちゃ。冬までにはこの家を居心地よく整えたいでしょ。」

「・・・そうだな。君が同じ気持ちで嬉しいよ。」

社長だった時の瀬崎さんとは違い、旦那様になった守さんは私の意見をよく聞いてくれる。「あなたは性格が変わった。」と言うと、「君を怒らすと怖いからな。」と言われた。ライヘンの戦いの時の私が目に焼き付いているらしい。


私は庭の植木を手入れして草花を植え、家の中を整え料理を作る。守さんが農作業をしている傍らで、畑の草むしりをする。妖精のリプンはいないけれど、小学校の子ども達が朝夕の生き帰りには挨拶をしてくれる。近所のお店屋さんにはガブリンさんに似ているおばさんもいる。

そして、我が家の隣には農家の先輩の壮年のご夫婦がいて、新人の私達に手取り足取り農作業のやり方を教えてくれる。こちらでの父さんと母さんだ。


夕暮れ時、ここ何か月も続いていた習慣で私達は庭のベンチに座って話しをする。

「今日は隣の高村さんに漬物を教わったのよ。三日ほど経ったら食べれるんですって。」

「へぇ、楽しみだな。高村さんの漬物は美味しいからな。僕の方は、納屋を片付けたんだ。籠がいっぱい出て来たから、春の収穫の時に使えるよ。」

守さんは思っていたより掃除や片付けが得意なようだ。手が空くとあちこち手を入れて、使いやすいようにしている。

「そうなの。買わなくて済んで良かったわね。それでジャガイモの出来具合はどう?」

「土寄せを頑張ってるから、上手いこといって欲しいな。大根なんかは蒔くのが遅かったから育ちが悪いけど、冬にうちで食べるには充分だよ。」

自家製の大根やニンジンを食べるのは楽しみだ。クローバルで食べた味と同じだろうか。守さんも私が考えたことがわかったのだろう。

「間引いた大根なんかを採って来てみたよ。バーニャカウダで食べてもいいんじゃないか?」

私はおかしくなって笑ってしまった。

向こうにいた時には日本食を恋しがっていたのに、こっちに戻ってからはたまに母さんが作ってくれた素朴な洋風家庭料理が食べたくなるらしい。


クローバルでの生活は、私達に大きな影響を与えた。この半自給自足の生活もそうだし、考え方もすっかり変わってしまった。足るを知る生活。必要なだけのものを大切に使い、余分なものを求めない。家族の絆を大切にして地域に密着して生きる。そして、たまにほんのちょっぴりの贅沢を楽しむ。



私達は今も歩いている。

あのクローバルの地を。


心を込めて生きる歩き方を身に着けて。



ここまで読んでくださってありがとうございました。

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