第三章(6)
ここまで話して、ボクはため息をついた。
なんてことはないけれど、ボクにまつわる話はこれしかないという話。
ボクから話せるのはこれくらいです。
そう言い添えると、黙って聞いていてくれたセポ姐がまず口を開いた。
「菊花から事前に聞いてはいたけれど、ミッチーにそんなチカラがあるのって本当なのね。そして、その宝田って人はそれを利用していた、と。彼の気持ちは分からないでもないけど、気分のいいものじゃないわね」
セポ姐さんは、きっといい人だ。
菊花さんが信用しているというのもあるが、ボクの話を疑うこともせず、宝田さんのことまで思い遣りつつ、自分の感想に嘘をつかない。
「私も昔、賭け事をやってる人にちょっと占い結果を教えてあげたらそれが当たって付きまとわれたことがあって。人間欲に目がくらむとその人自身を見なくなるからダメよホント。ミッチー、素直に逃げたあなたの行動は悪くないわよ」
「そうだな。悪いやつは遠ざけるか遠ざかるのが一番の自衛だわな。セポ姐みたいに肘打ちで相手の脳を揺らして記憶を混濁させたりできないんなら、逃げたのは正解だよ」
菊花さんも同意してくれる。
セポ姐さんがムエタイか何かやっているのかはわからないがそこには触れないようにして、ボクは慰めてくれた二人に感謝の言葉を伝えた。
「よせって。気にしちゃいないからよ。こんな世の中だ、持ちつ持たれつは当然だからな。さて、そうなるとこれからもあいつらはみちるを狙ってくるだろうからな。これからどうするかってとこだなぁ」
「追い出すか、潰したりしたらいいんじゃない?」
「……セポ姐、無邪気に首傾げながら物騒なこと言うとギャップが逆に怖いんだけどな。んー、宝田ってのからみちるは守りたいが、一応ジョージ経由でちゃんと移住してきたやつらだから、無下にもしづらいしねぇ」
どうしたものかと菊花さんはお茶に口をつける。
「みちる、お前はどうしたいんだ?」
一息つくと、菊花さんが尋ねてきた。
「顔も見たくないか、それか、も一度話くらいしてみたいか、だ」
正直、会ってもどういう捉えられ方をされているのか確認するのは、怖い。
本当は話すのも嫌だ。
でも、何もしないままじゃ、皆に迷惑が掛かる。それになにより……。
ボクは、菊花さんを改めて見つめる。気っ風がイイ、とでも言おうか。
菊花さんみたいな人になりたい。少しでも、近づきたい。
菊花さんなら、こういうトラブルの時どうするだろうか。
逃げ出すしかなかったボクだけれど。
きっと、菊花さんは、逃げない。正面から向こうがどういうつもりか聞き出した上で、ガツンと自分の意見を言うのだろう。
ボクに、そこまでできるかはわからない。
わからないけれど、少しは、ボクも前を見据えなきゃ、いけない。
そうじゃなければ、この目の前にいる人を、胸を張って見ることができなくなる気がする。
ボクは――と、意見を伝えようとした時、焦るようにドアを叩く音が言葉を遮った。
「なんだい、騒々しいねえ」
立ち上がった菊花さんがドアを開ける。
そこに居たのは港で見たことのある若い男。
たしかジョージさんの部下のはずだ。
「ああ、菊花さん! よかった、見つかって。た、大変なんですよ!! とにかく急いで港に来てくれませんか?!」
「なんだい、藪から棒に。何かあったってのかい?」
走ってきたのか、息を切らす男の人は呼吸を整え唾を飲み込むと、ここにいる全員を凍りつかせる台詞を吐き出した。
「……あまり口にしたくないのですが、その……『外来トリアージ対象患者』が出ました」




