第三章(5)
その頃から、ボクはなんとなく自分が感じる熱の正体に気付いていた。
温かく感じられるものは大丈夫。冷たく感じられるものは危ない。
『大災害』以降、折に触れて感じてきたこの感覚。
仕組みは分からないが、ボクを助けてくれるものだと。
ある時宝田さんが苦笑交じりに訊いてきた。
「うーん、悩むな。どちらでもいいんだが……。みちる、君はどちらが好きかな?」
宝田さんが、印刷された二つの会社のパンフレットを掲げてきた。
あとから知ったが、どちらも同じ種類の『大災害』の復興プランを提案している会社で、宝田さんは支援がてら株式の購入を検討していたらしい。
ただ、どちらも二部上場企業で評判も悪くなく、正直投資先はどちらでも良かったようだ。
そんなことは知らずに、ボクは手を向けると、感じたことを答えた。
右手に持っている会社の方がいいですよ、温かみがあるので、と。
宝田さんも即答したボクに少し疑問を持ったようだけれど、その時はあまり気にしていないようだった。
後日、宝田さんが左手に持って掲げていた会社は取締役の横領問題がニュースになり、右手で持っていた会社のプランがトントン拍子に進んだそうだ。
支援のつもりだったので株式は手放してはいないが、良い結果になったと宝田さんは喜んで報告してくれた。
それから、何度か同じような質問を受け、ボクはなんとはなしに都度答えていった。
人間、一度や二度は偶然と思うけれど、数度以上重なるともはやそれは偶然ではないのではないかと思うようになる。
ある日、宝田さんは質問してきた。
「みちる、君は……一番初めに私が尋ねた時に『右手に持っている会社の方「が」いい』と言ったね。根拠は分からないが、ハッキリと言っていたから印象に残っている。それからも君の答えは、全て良い方向に転んだ。偶然にしては、運が良い。良過ぎる。君は――何か見えているのではないのか?」
今思えば、宝田さんは抽象的な意味で「見えているのでは」と言ったのだろう。
ただ、ボクはその言葉に動揺して、つい具体的な返事をしてしまった。
見えているというより温かさを感じるのだ、と。
宝田さんはトンチンカンな返事に初め首をひねっていた。
しかし、やりとりの齟齬を埋めようと宝田さんはその後色々訊いてきた。
温かさを感じるとはどういうことなのか?
何から感じているのか?
温かいと感じるとそれは何を意味しているのか?
普通は鼻で笑い飛ばされる内容だろうと今まで黙ってきたボクの力の中身を、宝田さんは一切嗤うことなく疑問を解すように一つ一つ質問を重ねてきた。
ボクも、ハッキリ答えられるものばかりではないから時には要領を得なかったけれど、答えられるものについては答えていった。
「みちる。君の話を統合すると、にわかには信じ難いが……君は『優劣』を手に感じる熱量で認識している。それも、事前情報などはなしに直感的にだ。いや、これが本当ならば超感覚的にということになる」
宝田さんは、ボクの話を笑わなかった。
誰かに話して、疎外されることが怖かった。
家族という繋がりがなくなった今、人から遠ざけられる要因になるかもしれないことを話すのは怖かった。
だけれど、宝田さんはボクの力を認めてくれた。それは、嬉しいことだった。
それから、宝田さんは少し変わった。
応援する意味で企業に投資していたと聞いていたが、段々と復興とは関係のなさそうな会社名を挙げるようになってきた。
いつからか、『エルドラド』は潤沢になってきた。
支給品を掻き集めて配給していたような日々から、食糧は余るくらいになっていった。気づけば増えていた車やバイクも、購入したという。
ある日、妙な話を聞いた。
『エルドラド』の中でたまに話し相手を探して徘徊するおばちゃんに捕まった時のことだ。色んな人に話し掛けているのは寂しさを紛らわすためなのか、単に性格なのか。
ボクは特にやることも普段ないのでその日はおばちゃんの話し相手をしていた。
「そういえばさ、聞いたかい? 最近『エルドラド』の羽振りがいい話。ほら、人員も増えてきているってのに、食糧にも困らなくなってるじゃない。宝田さん、前から精力的に動いているけど、ちょっと前と違う感じ、しない? ええ、そうよね! やっぱり何か違うわよね。……実は、見つけたらしいのよ。『予言者様』を!」
ボクはその時点で、何か嫌な予感がしていた。
「詳しいことは幹部だけしか知らされていないらしいけど、どこから漏れたのか噂があるのよ。私も田中さんから聞いたんだけどね。なんでも、未来を当てて下さる方を見つけたとかでねえ。それを利用して投機で儲けているらしいのよ。予言だなんて、最初は胡散臭い話だと思ったわよ私も。でも、『エルドラド』の様子を見ていると、予言でもなんでも私たちの為になるのなら構わないわよね、って話になってね。そうそう、そういえば中村さんの連れてきた犬がね…………」
おばちゃんの話は続いていたが、右から左に抜けていた。適当に相槌を打っていると、おばちゃんは何か思い出したかのようにして去って行った。
もしかして。
ボクは疑問を抱いた。
それ以降もボクの下を訪れては雑談の中で様々な会社のホームページ情報が載った紙を複数掲げて訊いてくる宝田さん。
きっと、その『予言者』とやらは、ボクのことだ。
半ば確信に近い形でそう思えたのだ。
回数を重ねるにつれ、宝田さんは雑談よりも会社名の判断に比重を置くようになった。訪れる度に、何か欲しいものはないかと訊いてくるようにもなった。
初めは無邪気に、何かいいことがあってそのオマケに訊いているのだと思っていた。
でも、次第に、そうではないのかもしれないとも思えてきた。
宝田さんは日を追うごとに目がギラギラとしていった。
前は着けていなかった高そうな時計を着けていた。
『エルドラド』に、知らない人も少しずつ増えていった。
それも、『エルドラド』が今まで受け入れてきたような人とは違う、ビジネスマンのような人だ。
ボクは、怖くなっていった。
宝田さんが、ボクではなく、ボクの力による判断結果しか見ていないように思えてきたからだ。
ボクは、何だ。
ボクは、誰だ。
今や頼れる人は宝田さんくらいしかいない。
でも、その宝田さんはボクを見ているようで見ていない。
もしボクの力が頼りにならない程度のものだったら?
いつの間にか身に付いたこの力がなくなったら?
それでも、宝田さんはボクを見てくれるだろうか。
そうでなかったとしたら、ボクという存在は何なのだ。
わからない。わからない。わからない。
――そしてある朝、ボクは、逃げ出した。
自分がわからなくなって、近しいと思っていた人も怖くなって。
『エルドラド』に逃げ込んだボクには、これといった行き先の当てはなかった。
一箇所を除いて。
話好きのおばちゃんが前に言っていた、流れ着く人が流れ行く先、サドの街。
何も考えられなくなったボクは、縋るようにしてそこに向かった。




