第三章(4)
「あ、この煮物美味しいです」
「本当〜〜〜! 嬉しいわぁ。たくさん作っちゃったから、たぁくさん食べてね〜」
ボクは今、セポ姐さんのお夕飯にお呼ばれしている。
なんでもおかずを作りすぎたらしい。
肉じゃが、ポテトサラダ、フライドポテト、じゃがいもとサヤエンドウと里芋の煮っころがし、粉ふきいも。
人口減により今や供給多寡となった野菜、それも保存の利くじゃがいもは、サドに溢れている。それも格安で。
おかげで何かしら収入があれば食うには困らない。
困るのは、追いつかない消費だ。
「相変わらずうめえな、セポ姐の肉じゃがは。あたしも料理だけは苦手でねえ」
菊花さんもご相伴にあずかっている。なんでも恒例とのこと。
あの騒動の後。
ボクは菊花さんのバイクの後ろに乗せられて、一旦市役所に寄ってからキシン荘に帰ってきた。
市役所に寄ったのは、菊花さんがジョージさんから回収してきた小切手を仕舞って仕事を終わらすためだ。
金融機関の出張所は、市役所内にのみあるらしく、手間を省くためにそうしているとのことだ。
あらかた食べ終え、副菜のゆで卵を横にしてゴリゴリと机に擦り付けて卵の周囲にヒビを入れてから殻を剥く菊花さん。
相変わらず変わった剥き方だ。
彼女曰く、ゆで卵はデザート代わりに最後に取っておいたとのことだ。
食事が終わると、机の上を片付けたセポ姐さんがお茶まで淹れてくれた。至れり尽くせりで、なんだか申し訳ない。
「で、みちる。そろそろ聞かせてくれねーか。お前の知ってる『エルドラド』のことを、よ」
菊花さんが一息いれてから口を開いた。
ボクが、セポ姐さんもいるここで話していいのか少し戸惑うと、菊花さんは軽く手を振りながら答えた。
「いいのいいの。むしろ、その方がいい。聞き手があたしだけだと情報を曲げちまうかもしれないからねぇ。セポ姐みたいに頭の回って信頼できる人間にも話を聞いていてもらった方が、何かあった時に話を確認できるからな」
何かあった時って何なのだろうか。怖くてそこは聞かなかった。
「菊花ってば、何かあると私を聞き役に引っ張り込むのよ。その上、『占いで助言してくれ!』なんて頼むのよ。図々しいわよね。そろそろお金取ろうかしら」
菊花さんが「ハハハ……セ、セポ姐? 冗談だよな? な?!」と乾いた笑いを漏らしている。
硬い雰囲気にならないように気を遣ってくれているのか、素なのか。
どちらにせよ、ありがたい。
ボクは湯呑みを置くと、ぽつりぽつりと話し始めた。
――『エルドラド』は、避難所だった。
ボクのような、『大災害』で身寄りを亡くした人間の受け皿だった。
住む場所、という意味ではない。
地震が起きたのではないのだから、家が倒壊したわけでもないし、汚染地区で立ち入れない場所ができたわけではないからだ。
『大災害』で猛威をふるったウィルスは、人間という宿主の中以外では生きられないと分析結果がある。大抵の人が死んだ後に分かった話だ。
だから、空き家も含めて住居には困らなかった。
避難所というのは、物理的な意味ではなく、精神的なものだ。
寄る辺。友すらも居なくなった人がたくさんいた。
人は、独りでは生きられない。生きて、いたくなくなる。
実際、折角生き残った人の中で自殺した人も終息から一年で数千人にのぼったという。
そんな中、ボクは、声を掛けられた。
夕暮れの、川縁でだった。
「こんな時間に子供がぼうっとしてると危ないぞ。家出か? 君には、帰る家はあるかい?」
今思えばトンチンカンな話だ。
家出ができるような繋がりのある人間が、当時どれだけいたのだろう。
声を掛ける文句として、変に思うのが普通だ。
でも、ボクにはその事にすら頭が回らず、機械的に素直に首を振る事しかできなかった。
「そうか。私は宝田。宝田周という。どうだい? よければ……一緒に来るかい?」
宝田さんの言葉に、ボクは無言で首を振った。
こっちは、知らない人について行ってはいけないよ、という両親の言葉が染み付いていたからだ。
「そうか。……特に当てがないなら、気が向いたら公営体育館に来るといい。今はそこに間借りしている」
そこに行くと何があるのか。
ボクは何気なく聞いた。
「『エルドラド』。私たちの団体が生活している。『大災害』で天涯孤独になった者たちの逃げ場だ。黄金郷という意味の名前は、ま、気休めだ。覚えていてくれると、ありがたい」
3日後。特に何をするでもなく、備蓄食料も尽きた頃、ボクはそういえばと体育館に顔を出した。
宝田さんは、入口で佇むボクを見つけると嬉しそうに歩み寄ってきて、こう言った。
「よく来てくれた。改めて、『エルドラド』の代表を務める宝田だ。私たちは君を歓迎しよう」
こうして、ボクは『エルドラド』に入ることになった。
ここまで聞いて、菊花さんが口を挟む。
「なんだ、いい奴じゃねえか。宝田って奴も、『エルドラド』も」
ボクは頷いた。
そう、確かに合流した当初はとても居心地のいい場所だった。
宝田さんも『大災害』の被害者なのに精力的に活動する心根の優しい人で、何もかも亡くしたと思ったボクにとっては久しぶりに安らぎを感じていた。
ただ、ボクの力に宝田さんが気付くまでは。




