第二章(7)
騒ぎも一段落し、人々も日常を取り戻した頃。
菊花さんはジョージさんと自警団の人たちに昏倒させた男のことを任せ、「さ、帰るとするか」と嘯いた。
まるで何事もなかったかのように振る舞っているが、不自然さはない。
先ほどのことだ。ボクと同じような力が菊花さんにもあるとしても、拳銃の前に出て自信たっぷりに立ち回る度胸があることとそれとは別の話だ。
この人は、やっぱり……すごい。
ボクも、菊花さんみたいに強くなれるかな。
流されるまま生きてきて、今、元居た組織の状況も知らずに逃げてきたボクだけれど。強く、前を向いて生きていけたら、こんなどうしていいのか分からない今を、ちゃんと生きていけるのだろうか。
考え事をしていたら、菊花さんはもう歩き出していたのか遠くに行きかけている。
慌てて追い掛けると、何やら知った顔に会ったように十字路で誰かに声を掛けている。
菊花さんに追いついてみると、それはキシン荘の住人で港に買い物に行ったというセポ姐さんが居た。後ろには、付き従うようにして長身で寡黙そうな……キシン荘でチラリと見掛けた礼二さんという人がいた。
「菊花。大丈夫だった? 貴方が来た方でさっき、強盗騒ぎだかがあったみたいじゃない。野次馬しようとしたら、礼二に止められちゃって、状況はよくわからないんだけれど」
「……騒ぎを好んで観に行くのは、良い趣味とは言えんぞ……」
「もうっ。礼二ってばお母さんみたいなこと言って。だって気になるじゃない」
「……恩人に怪我をされでもしたら、困るからな……」
菊花さんに話し掛けたと思えば、仕える礼二と言い合いを始めたセポ姐さん。
礼二さんは訥々と話しているが、声が低くて通るせいか何を言っているかが聞こえてくる。悪い人ではなさそうだ。
「いや、こっちは大丈夫だったよ、セポ姐。それこそセポ姐も何事もなかったようで良かった。ま、礼二が居るから大抵のことで心配はしてねーがな」
菊花さんは礼二さんの胸板を軽くどついた。暴漢相手にあれだけ立ち回れる菊花さんが気安く頼れるような物言いをするということは、この礼二さんという人もきっと強いのだろう。
そう思うと、寡黙で暗いイメージであった礼二さんが、物静かなサムライのようにも見えてくるから不思議だ。
「みちる、行くぞー」
セポ姐さんと菊花さんが先頭を歩き始めていた。
……今日一日で、色々なことがあった。悪徳の街、サド。
ここに来る前、法の半ば外にある掃き溜めの街との噂もあった。逃げ場とは思っても、それ以上のことは考えてこなかった。
でも。
ボクをいきなり蹴り飛ばした菊花さん。
もっと、この人の背中を見ていたい。
この人なら、きっと、ボクがまだ見ぬ世界を見せてくれるかもしれない。
この人なら、閉塞した気持ちをどうにかしてくれるかもしれない。