8 リーザの思い
リーザは思う。
カナミちゃんが帰ってから、ゼノンから生気が抜けた。私と関係をもっていた時期の方がまだ斜に構えつつも、生きていた。ゼノンにとって同じ髪の色は孤独を和らげただろう。あの子はそんなそぶりを見せしないだろうけれど、なんだかんだで構わずにはいられなかったはずだ。
私はリシャール様に愛されたかった。異世界に来て、彼しかすがるものがなかった。私が彼を愛しすぎていたのだと思う。彼はいつも余裕で、そんなのが崩れるくらい激しく愛されたかった。歳の差がもどかしく感じた。
そんなある日、彼は黒持ちを拾ってきた。名前はゼノンと言った。私は黒にまみれていた日本への懐かしさが爆発した。同時にリシャールが忙しく、寂しかった。彼が妬いてくれたらいいのにと思いながら、彼に手を出した。
関係は露呈していたと思う。彼と関係した日は決まって彼に苛立ちが見えた。紳士顔で隠してしまった顔が崩れたことが私は嬉しかった。リーザは悪い子だねと言われながら抱かれた。
それから私は何度も浮気をして、彼の平静を崩す喜びを感じた。我ながら歪んでいると思う。ゼノンが領地を与えられた時は灸を据えられたが、彼の全てが私に集中している歓喜でどうにかなりそうだった。
私は自分本位な人間だ。だから、これまで振り回してきた義理の息子のためにできることはしたい。彼を異世界に送ろう。
髪はショートカットになるまでもう少し切るとして、まだ媒体が足りない。私の愛用品である鏡、櫛には魔力が宿っていたので使うことにした。残りは血液でまかなうしかない。定期的に少しずつ血を抜けばなんとかなるだろう。
リシャール様は何も言わず、私の頭を撫でた。こういうところが好きで、私の旦那様でよかったなと愛しく感じる。
日本に送る用意ができたのでゼノンの屋敷に行った。屋敷には活気がなかった。正妻が実家へ戻ったそうだ。ゼノンは深く愛してしまえば、もう嘘はつけないのだろう。
領民がゼノンに挨拶しに来ていた。
「領主様。もう十分です。あなたのこれまでは噂で知っています。あなたは黒髪の少女が現れてから明るくなられた。もう自分が幸せになってもいいんじゃないですか」
「そうよ。後は私と彼とで引き継ぐわ。それがゼノン様への恩返しだと思うの。どうか彼女を追いかけて! ……そんな死んだ目をしないで……」
部屋に乱入すると、領民とクリスティーナと執事とすっかりやつれたゼノンがいた。クリスティーナは私を見ると眼光を鋭くしたが、ゼノンを優先させて押し黙った。
死んだ目をしたゼノンの頰を掴んで、話しかける。
「ゼノン。魔力をためるのに時間がかかってごめんなさいね。あなた、日本に行きなさい」
ゼノンの目に少し光が戻る。
「今までごめんなさい……。だからこそ、幸せになってほしいのよ。あなた自身が幸せになるの」
ゼノンがピクリと動いた。久しく開いていないだろう口から弱々しい声が聞こえた。
「俺はカナミを愛している。いつの間にこんなに愛してしまったんだろう……」
「ふふ、そんなものよ。ゼノン、異世界に行く?」
彼は決意を秘めた目でこくりと頷いた。
「では早速儀式をしましょう。黒髪の魔女が二人いれば行き来は可能だと思うわ。たまには顔を見せて、幸せだって見せて」
「分かった。……ありがとう」
水に魔力を混ぜ込みながら魔方陣を書き、さまざまなものを媒体にして送った。去り際のゼノンは笑っていた。
よかった。
「リーザ、お疲れ様。よく頑張ったね」
リシャール様に抱きしめられて、ようやく肩から力が抜けた。
そうだ。また次に魔力がたまったら、旦那様と一緒に私の実家に帰ってもいいかもしれない。異世界で生きていくからとあえて考えていなかったが、今ならそう考えていい気がした。