後輩の家③
泣きつかれて、秋子は眠くなってきた。カクンと頭が落ちそうになって、彼女は慌てて顔を上げる。
「……ベッドに行きますか?」
気がついたら、整った顔が近くにきていた。春斗は彼女を抱きあげて、優しく微笑む。
「僕が運んであげますよ」
「や……その、私、重いから」
「そんなことはありません」
彼の目が細められる。春斗は秋子を大きなベッドまで運んで、そっと寝かせた。
「むしろ、先輩は痩せすぎです。ちゃんとご飯を食べられてますか?」
「う。そ、それは……」
秋子が目をそらす。痛いところを突かれてしまった。
(……だって、食べすぎるなって言われてたから……)
太って見苦しい姿になるのはやめろと、雪也に何度も言われてきた。頑張って自炊して、栄養バランスを考えて、食べる量も少なくして。
(……でも、それも全部ムダだったんだ)
1度枯れたと思った涙が、また流れだす。大きなベッドに横たわったまま、彼女は彼の顔を見上げた。
「……ねえ、先輩」
枕もとに春斗が立つ。彼は秋子の体に、かけ布団をかぶせながら言った。
「今は、何も考えなくていいんですよ。ゆっくり休んでください」
「……うん」
彼女はうなずいて目を閉じる。しばらくして、寝息が聞こえ始めた。
「……秋子さん」
身を屈めて、春斗は彼女の寝顔をのぞく。涙のあとが残る顔も、とても愛らしくて。彼はベッドのそばから離れられなくなった。
「明日も休みだし、いいか」
諦めて、彼は床に座りこむ。眠る彼女は、まるで天使のようだった。
「……やっぱり、可愛い……」
『先輩はダメだよ』
昔、彼女に紹介された女の子が、言っていたことを思いだす。
『あの人、彼氏のことが大好きだもん。……アタシじゃダメ?』
彼女は最初の飲み会にいた。1番、長く関係が続いた相手だ。だけど。
『……ゴメン。もう、別れてほしい。このままじゃ、アタシ、先輩のことを嫌いになるから』
そう言われて、手を離した。仕方がなかったのだと思う。春斗は彼女に、どうしても興味を持てなかった。
『……ままならないね。春斗くんは、先輩と付き合いたかったんでしょ』
それでも、彼を理解してくれたのは彼女だけだった。感謝はしている。だが、それだけだ。
「……北松雪也。別にいいよな? お前は別れたんだから」
彼女がいても女遊びをやめない。そんな男は、秋子にはふさわしくない。薄く笑って、春斗はつぶやく。
「人のものが欲しいだけの女と、色々な女をとっかえひっかえしたい男か。ある意味、お似合いだな」
スヤスヤと眠る秋子は知らない。彼が今まで、何をしていたのか。初恋をこじらせて、探偵まで雇って、欲しかったものが何なのか。
「先輩は、僕がもらう。2度と、お前の手には渡さない」
春斗の言葉は、氷のように冷たかった。




