帰り道③
『だって今でも、雪也のことが忘れられない。君は、イヤでしょ。こんな女』
そう言ったとき、秋子はとても申し訳なさそうな顔をしていた。
(別れたんだから、もう考えなくていいのに)
春斗が彼女に出会ったとき、彼女にはすでに相手がいた。
それでも一緒にいてほしいと、望んだのは自分自身だ。
(これからは、僕が彼女を幸せにする。あの男には、関わらせない)
秋子は黙って車に乗りこむ。春斗は上機嫌で、後部座席に買い物袋を置いた。
「先輩の手料理、楽しみです」
「……だからさ……」
彼女は顔を手で覆った。
「女の子みたいな扱いはやめてって。私は32才のオバサンだよ?」
「いくつになっても、秋子さんはお綺麗ですよ」
もう、彼女は何も言えなくなった。火が出そうなほど、顔が熱い。
(……ダメだ)
車が動きだす。彼女は黙って、揺られていた。
(どうしよう、嬉しい)
春斗は魅力的な男だ。その彼に、こんなふうに口説かれれば、悪い気はしない。
(とりあえず、家事を頑張ろう。泊めてもらって、荷物も預かってもらえるんだし……)
結局、秋子にできることはそれだけだった。両手をはずして、彼女はまっすぐ前を向く。その頬は、まだ少し赤かった。
「……っ」
ルームミラーを気にしていた春斗は、思わずハンドルを握りしめる。
(……早く帰ろう)
彼は無言で近道に入る。来た道とは違う道を通って、2人はまだ日が高いうちに、マンションについた。駐車スペースにバックで車を入れながら、春斗は彼女に声をかける。
「秋子さん」
「……な、何?」
彼を意識していた彼女は、飛び上がりそうになりながら返す。その声はかなり上ずっていた。
「その態度は、男を勘違いさせますよ」
車を停めて、彼はサイドブレーキを下ろす。そして横から、手を伸ばした。
「……あ」
秋子は目を見開いて固まる。身を乗り出してきた春斗は、唇が触れあいそうになるほど近づいたところで、ピタリと止まる。
「……いいですか?」
問いかけに、彼女は黙って目をそらした。彼は深追いせず、すぐに身を引く。
「……ごめんなさい」
春斗は明らかに、彼女にキスをしようとしていた。そのくらいは、秋子にもわかる。落ちこんだ彼女に、彼はそれまでと変わらない、優しい声で話しかけた。
「大丈夫です。あなたがイヤだと思っているのなら、僕は何もしませんよ」
春斗の手が離れていく。秋子はとっさに、その手を掴んだ。
「……あ、あの。このくらいなら、できるけど……」
頬を赤らめて、彼女はまっすぐ、彼を見る。その愛らしさに、春斗は心を射抜かれた。




