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第1話「吸血鬼、幼馴染、陰謀」

「レンカ、あなたは吸血鬼なの」



 誕生日の朝、彼女を迎えたのは母のそんな第一声だった。


 姫宮(ひめみや)レンカ、16歳。


 職業欄に書く文字が「高校一年生」から「高校二年生」に変わって数ヶ月経った、「学生」という区分には一向に気づかない夏休みのことである。



「……ドッキリ?」



 朝一からプレゼントの新しい水鉄砲で庭をビチャビチャにする予定だったレンカは鳩が豆鉄砲を食らったような顔で尋ねた。


 沈黙と両親の神妙な面持ちがそれを否定していた。



「え、いやいや、あり得ないでしょ。この令和の世で、吸血鬼って。いくらこの姫宮レンカだってそんなレベルでは騙されないわよ」


「そうか。……なら、心当たりはないか?」


「ないわね。これっぽっちもない」


「……いつも飲んでる赤いドリンクは?」


「あのジュース美味しいわよね。コンビニとかで探してるんだけど中々売ってないの」


「……大腿骨骨折が一日で治ったのは?」


「大腿骨……? えっと……あ、太もものやつ。そんなの、若いからに決まってるじゃない。子どもは怪我が治りやすいって保健でやったわ」


「……僕とも母さんとも違う金髪赤目は?」


「美少女ってそういうものよ。まあママも美人だしそこは一緒なんだから」



 心当たりなんてない、とあくまでも冗談というスタンスを崩さず、プレゼントを急かすような早食いで朝食のガーリックトーストを口に詰め込むレンカ。


 それからルーティンと言わんばかりに冷蔵庫からピッチャーを取り出すと、彼女は中になみなみと入った真っ赤なスムージーのような液体を、氷をたっぷり入れてキンキンに冷えたお気に入りのタンブラーに注ぐ。


 しかしそのままグイッと威勢よく一気飲みしようとしたレンカを、父は呼び止めた。



「……分かった」


「……? 分かった、って何がよ?」


「いや、そのドリンクについてずっと知りたがっていただろう。そろそろ教えてあげようか」


「ほんと!? やった!」


「ああ。こっちへ来なさい」



 そう言って父はちょいちょいと、レンカへ地下の物置の方へ来るように手招きする。


 彼女はタンブラーを一旦冷蔵庫に収納し、少し冷たいフローリングとの間にペタペタと足音を響かせながらその後を追いかけた。



「あ、箱買いしてたの!? そうよね、毎日毎日、切れたことなんて一回もないもの!」


「まあ、それは見れば分かるだろう」



 やけに綺麗で、整理整頓されていて、物が少なくて、埃一つなくて、少し冷えた物置。


 レンカはキョロキョロと周りを見回し、目を輝かせながら父へ尋ねる。



「それで? ジュースの段ボールは? 部屋に一箱くらいほしいの!」


「そう焦るな。レンカが言っているのはこ(・)れ(・)のことだろう?」



 父は壁の棚を開けた。


 そこに並んでいたのはレンカが想像していたようなペットボトルではなく、ラベルの貼られた輸血パック。


 間髪入れずにレンカは大きな笑い声を上げた。



「あははっ!! パパがこんな手の込んだことするの初めてじゃない!? こんなのよく手に入れたわね!」


「ああ、よ(・)く(・)準(・)備(・)し(・)た(・)だ(・)ろ(・)う(・)。こ(・)ん(・)な(・)の(・)今(・)ま(・)で(・)無(・)か(・)っ(・)た(・)だ(・)ろ(・)う(・)」


「そうよね、そうよね!!」



 伝奇小説並みの傍点で言う父に笑いが止まらないレンカ。


 そして少しの間笑い声をこだまさせた後、彼女の顔がようやく固くなった。



「……え、マジなの? 私、マジで吸血鬼なの!? 取り敢えずどっち!? 母方!? 父方!?」


「突然変異だ。僕似でも母さん似でもない。何故か人間の両親から生まれた吸血鬼がレンカだ」


「じゃあめちゃくちゃ運動神経抜群なのも!?」


「ああ」


「晴れの日の方が疲れるのも!?」


「ああ」


「犬歯だけやたら鋭いのも!?」


「ああ」


「あのジュース飲まないと調子出ないのも!?」


「ああ──いやだいぶあるじゃないか心当たり」


「言われてみればよ言われてみれば!! ……あ! じゃあ成績不振もそういうことじゃない!?」


「それは君の問題だ。頑張れ」


「うえぇ!?」



◇◇◇



 翌日、近所のショッピングモールにて。



「てな感じで私吸血鬼らしいの。あり得なくない? 普通に考えて」


「うん、そうだね。でもレンカちゃんくらいの美少女なら「人間じゃない」って言われても納得できるな」


「……それ、褒めてるの?」


「褒めてるよ。あ、風船配ってる。レンカちゃん貰ってきたら?」


「風船!? わーい!」


「走ると危ないから、ゆっくりね」



 そう言って、少女はレンカを着ぐるみの方へ送り出す。


 彼女の名前は徒花(あだばな)ミハネ。


 産まれた病院、幼稚園、小学校、中学校、高校とその全てを同じ空間で過ごし、その先々で欠かすことなくお世話をしてきた生粋の幼馴染。


 一にレンカちゃん、二にレンカちゃん、三四に自分で五にレンカちゃん。


 レンカちゃん一筋16年と8ヶ月。


 レンカちゃん、ああレンカちゃん、レンカちゃん。


 そんな辞世の句を読みたい16歳である。



「風船! 大きいの二つも貰っちゃったわ!」


「良かったね、レンカちゃん」


「ふふっ、こんなに大きいと私まで浮いちゃいそう!」



 今更だがレンカは幼い。


 平均超えの163cm、たわわに実ったGカップ、やたら長い脚など見た目だけならかなり大人びて見えるのだが、見えるのだが止まり。


 未だにゲームセンターに行く度にポップコーンに目を輝かせ、遊園地のパンダの乗り物で大はしゃぎし、前述のように風船でテンションを爆アゲ出来る幼心を忘れない素敵な女の子なのだ。


 もちろん彼女の情操教育にミハネが大きく関わっているのは言うまでもない。


 そして、そんなミハネにはもう一つ、とある大きな目論見があった。



「そうだ、レンカちゃんが「吸血鬼だ」って教えてくれたから、私のヒミツもレンカちゃんに教えてあげるね」


「ミハネのヒミツ!? 聞きたいに決まってるわ!」


「うん。私ね、重度のマゾヒストなんだ」


「……? まぞ、ひすと?」


「痛い思いをするのが好きなの。好きな人に、傷つけられるのが大好き」


「え、それって……苦しくないの?」


「苦しくないよ? 苦しいけど、それよりずっと気持ちいいの。レンカちゃんに血を吸わせてる時とか頭おかしくなりそうくらいだよ」


「ミハネの血……」


「うん。ほら、よくやってるでしょ? 『かぷかぷ』。ちゅーして、互いの口に舌を入れて、レンカちゃんに甘咬みしてもらって、一緒に私の血飲むの」


「え? アレって、仲の良い女の子はみんなやってるってミハネが教えてくれたんじゃない!」


「ごめんね。私、レンカちゃんが吸血鬼だってなんとなく思ってたからさ、騙しちゃった。私のこと、嫌いになった?」


「……ううん、ミハネのことは好きよ。大好き!」


「うん、私も。これからも私のこと、たくさん味わってね。吸血鬼のレンカちゃん」



 ミハネはそう笑うと、当然のようにレンカの頬にキスをする。


 これは特に設定もないポンコツ吸血鬼と、奉仕趣味のドM幼馴染が同じお墓に入るまでの物語。



「……でも待って、『かぷかぷ』って、もしかしてめちゃくちゃえっちなことしてるんじゃ……!?」


「大丈夫だよ。本当は私、死なない程度にレンカちゃんに食べられたいんだから。許されるなら、だけど」


「それは……えっちな意味よね?」


「アミルスタン羊になりたいんだ、私」


「……い、言っとくけど、私……ラム肉は苦手よ?」


「安心して。豚肉みたいな味わいらしいから」


「待って待って、私バカだけど、流石にその話は聞いたことあるような気してきたわよ……? だってそれってカニバ



 続く。

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