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朱い反旗  作者: 怪力熊男
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若き僧の野望

 太平の徳川の世に激震が走ったのは、黒船がやってきたことだけが理由ではなかった。

 嘉永六年、亜墨利加(あめりか)合衆国海軍艦隊来航に湧く江戸から遠く離れた薩州において、一人の僧が肥後(くまもと)から薩摩(かごしま)へと抜ける山道を歩いていた。


 ざりざりと草鞋(わらじ)が土を踏みしめる自らの足音だけが、薄暗い木立の中で葉擦れに混ざって僧の耳に届く。

 僧は六角の錫杖に、背中には人が一人入る事が出来るほどの巨大な木箱を背負っている。

 そのあまりの重量のせいだろうか、草鞋が踏みしめる足音は、常人よりも遥かに重く、そして大きい。


「待てい」


 突如、僧の背後から複数人が凄まじい駆け寄り、実に手慣れた様子で僧を取り囲んだ。


ここばどこち(ここを何処と)心得るか」

「怪しか。名乗れ」

「斬れ、(にせ)モンの坊主(ぼんず)相違(そうい)無か。斬ってしまえば良か」


 薩摩の言葉であった。

 耳慣れぬものには、それが()(もと)の言葉であろうと推測出来ても、意味を理解する事は至難であると言われる。

 隣接する肥後、細川家の家中の者でも、耳馴染みのないものでは薩摩武士の会話を聞いても、その内容は分からない事も多い。


「こいが最後ぞ。名ァば名乗れ」

「拙僧は――」


 僧が剃髪した頭に乗せた笠をおろし顔を見せる。


「しがない旅の雲水、肥後は天草より薩摩へ向かう途中でございます」

「そン箱ン中身ば見せい」


 僧が背負っている大きな木箱は、いかにも重たそうである。

 背負い紐を肩から降ろし、箱を地面に置くと、がしゃ、と金属質の音を立てた。


「これは、届け物でございます」

「何処から、何処への届けか」

「申し上げられません」

「許さン。(おい)どンは島津家家中、改方(あらためかた)ぞ。逆らうっちゅうとやらったら、坊主であっても斬る」

「この箱の中身は、さるやんごとなきお方から、ご家中のとあるお方への贈り物。みだりに人の目に見せて良いものではございません」

「ならン。箱ば開けい。開けンとなら(おい)が開ける」


 侍の中でも、指示役であろう男が声を挙げると、残りの3人の薩摩武士達は一斉に刀を抜いた。

 蜻蛉(とんぼ)、と呼ばれる示現(じげん)流独特の構え。

 身の毛もよだつ猿叫(えんきょう)、そして『ちぇすと』の掛け声と、異様なる膂力で打ち込まれる斬撃は、防御を全く考えない初太刀に全てをかける、薩州独特の闘法である。

 突進する猪をも一撃のもとに屠り去る狂気の剣、それが僧に向けられていた。


「肥後ン腰抜けからの貢モンか」

「こちらは井伊家の秘宝。お手を触れぬよう」

「井伊か!」


 じり、と薩摩武士がほんの一寸ほど間合いを詰める。

 島津にとって、井伊は関ヶ原以来の仇敵である

 関ヶ原、烏頭坂の退き口において、西軍島津義弘は徳川本陣の敵中突破という狂気の沙汰を成し遂げる事となる。

 が、この退却戦において、島津は多くの兵達を()()()()()、また若武者島津豊久を失った。

 豊久は井伊直政に深手を負わせたものの、自身も重症を負い自刃して果てている。


 以来、薩州の武士たちにとって徳川は、井伊は不倶戴天の仇敵である。


「坊主、引導ば渡してくるッぞ」

「お待ちください。……わかりました。拙僧は火部祭祀院(かぶさいしん)の僧、肚兵恕(はらへいにょ)と申します。島津家ご家中、島津織部家の島津忠義様ご家臣、田中新兵衛様へ井伊の甲冑と刀をお届けに参る途中でございます」

「島津ン兵子(へご)に、井伊の具足と刀ば渡すちどげン了見か」

「こちらは、井伊家より拙僧が……盗み出したものでございます」


 ぴくり、と侍の五人組頭、佐多(さった)権六(ごんろく)の眉が上がる。

 権六は静かに、蜻蛉(とんぼ)の型に構えた刀を降ろした。残りの3人も、権六に倣って静かに刀を降ろし、鞘へ収めた。


「聞けば田中新兵衛様は、示現流の達人であられるとか」

「いかにも、新兵衛殿(どン)は示現流、タイ(しゃ)流ば(わこ)うして修めた武家者(ぼっけもン)。そン新兵衛殿(どン)に、なして井伊の具足ば届けるか」


 肚兵恕(はらへいにょ)と名乗った若き僧は、大きな箱を封印するかのような朱い組み紐を丁寧に解き始める。

 蓋をわずかに開くと、中から真紅の兜がわずかに見えた。


「この具足は、井伊が封じておりました、徳川に祟ると名高い村正をも凌ぐもの。かつての大阪の陣にて神君徳川家康公の首を討ち取る寸前まで追い詰めた、かの真田左衛門佐(さえもんのすけ)信繁(のぶしげ)、幸村公が身につけていたという武田譲りの赤備えの逸品、その名も――」


 肚兵恕(はらへいにょ)の語り口に、権六はごくりと喉を無らした。


「その名も、赤具足『城楼鬼(じょろき)』、そしてこの脇差こそが」


 肚兵恕(はらへいにょ)は、懐から一振りの脇差を取り出した。

 異様な脇差である。

 (さや)も、(こしら)えも、(つば)も全て(あか)い。真紅に彩られた脇差であった。


 権六達薩摩藩士は、思わず身を乗り出して脇差に魅入る。

 示現流の剣士である彼らは、初太刀の一刀に心魂の全てを込めて打ち込む。脇差など出番は無い。強いて使うことがあるとするならば、己の腹を()(さば)くときくらいであろう。

 だが、真紅の異形の脇差は、勇猛にして驍勇(ぎょうゆう)を誇る薩摩の武士の目を捕らえて離さなかった。


「この脇差こそが、家康公の喉元まであと二寸と迫った、真田家秘中の秘、妖刀『羽場練(はばねろ)』でございます」

「むぅ……こいは……こいはほンなこつ、妖気ば放っとるごと見ゆッ……」

「おい坊主(ぼンず)、こん脇差と甲冑ば、新兵衛どんに届けるっちゅうとは、一体何のため――」

「知れたこと」


 肚兵恕(はらへいにょ)は短く言い切ると、脇差を懐に修め直し、箱の蓋を静かに閉じる。

 慣れた手つきで真田紐をきつく縛り、真っ赤な具足を杉箱に修め直した。


「わが寺、火部祭祀院(かぶさいしん)は、長州の吉田松蔭(しょういん)殿が獄に投じられてより、幕府より(いわ)れなき責を負わされておりました……松下村塾(しょうかそんじゅく)を後押ししたと言いがかりを付け、寺宝を奪い寺を焼いたのです。我が師僧、出津僧都(ですそうず)も無惨に首を取られたのです」

「そンなら、貴様(きさン)にとって徳川は敵、っちゅうこつか」

「その通りです。私はほうぼう探し回り、徳川家に仇なす呪物の中でも、徳川を最も追い詰めた真田の秘宝を探し出しました。徳川四天王の井伊が持っていた、この具足と脇差を、薩摩でも武家者(ぼっけもん)と名高い田中新兵衛さまにお渡しし、ぜひともその武勇で我が師僧の仇を討っていただきたいのです」


 肚兵恕(はらへいにょ)の双眸には、憎しみの炎が鍛冶場の火床の如き灼熱が宿っていた。

 徳川への恨み晴らさでおくべきか、一矢報いる事が出来るのならば、修羅道へ堕ちようと本望である、とでも言わんばかりの形相である。

 間違っても僧が見せてよい相貌(かお)ではない。


「拙僧のお言葉をお疑いとあれば、どうぞお斬りください。ですが、是が非でもこの赤具足『城楼鬼』と妖刀『羽場練』は、田中新兵衛殿へお届け願いたい」

「む、そン言葉に、貴様(きさン)の命ばかけるだけの覚悟のあるか」

「ございます」


 権六は、一度は降ろした刀を再び蜻蛉の型に構える。

 肚兵恕(はらへいにょ)は、今度はまっすぐに権六を見上げていた。


 権六は一言『良か面魂(つらだましい)、良か兵子(へご)ぞ』と呟いて、大きく息を吸う。


「ちぇすとおおおおお!」


 猿叫が、薩摩の森に響いた。

 

 薩摩藩士、田中新兵衛の下に真っ赤な具足と脇差が届けられたのは、四日後のことだった。

 後に、幕末の世で人斬り新兵衛と呼ばれ、徳川幕府を大いに震撼させた男である。


 彼が朔平門外の変の後、割腹して果てた際に用いた脇差がこの妖刀『羽場練』であるかどうかは、定かではない。

唐辛子の話題が頭から離れない状態で、つい出来心で書いたショートショートです。

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