第一章 第3話 『 襲いかかる脅威 』
――しまった。
喉の奥が凍りつく。
全身の血が一気に冷たくなる感覚。
”それ”が、ゆっくりとこちらを向いた。
黒い。
いや、黒というより、光を吸い込んでいる。
輪郭が曖昧で、そこに存在しているはずなのに、目が認識を拒絶する。
顔らしき部分には、大きく裂けた穴のような口。
そこから、あの不快な鳴き声が漏れていた。
「ぁ……」
しのんの喉から小さな悲鳴が漏れる。
次の瞬間。
”それ”の姿が消えた。
「っ!?」
反射的にしのんの手を掴み、横へ飛ぶ。
ドゴォンッ!!
直後、私たちが立っていた場所の地面が爆ぜた。
土が舞い上がり、砕けたコンクリートが頬をかすめる。
「な、なにあれ……!」
数メートル先。
”それ”が四つん這いのような姿勢でこちらを見ていた。
速すぎる。
まるで瞬間移動だ。
化け物は首を傾ける。
まるで獲物を観察するように。
その瞬間、理解した。
――逃げなきゃ死ぬ。
「走って!!」
私は叫び、しのんの手を引いて駆け出した。
背後で再び地面が砕ける音。
追ってきてる。
速い。
ありえない速度で迫ってくる。
昇降口へ飛び込み、そのまま廊下へ。
靴を履き替える余裕なんてない。
「はぁっ……はぁっ……!」
しのんの呼吸が荒い。
でも止まれない。
角を曲がった瞬間、窓ガラスが砕け散った。
「きゃあっ!?」
”それ”が外壁を這って追いついてきていた。
蜘蛛のように。
「うそでしょ……!」
人間の動きじゃない。
いや、そもそも人間じゃない。
化け物が大きく口を開く。
喉の奥が赤く脈動しているのが見えた。
まずい。
理由は分からない。
でも、本能が警鐘を鳴らしていた。
「伏せて!!」
しのんを抱き寄せ、床に倒れ込む。
直後。
轟音。
赤黒い何かが廊下を一直線に焼き払った。
壁が溶け、窓が蒸発する。
「――っ!?」
熱風が肌を焼く。
数秒遅れていたら、跡形もなく消えていた。
なんなの、これ……。
意味がわからない。
現実感がなさすぎる。
その時だった。
『――対象確認。生存者二名』
声。
廊下の奥。
煙の向こうから、一人の少女が歩いてくる。
黒いコート。
銀色の髪。
そして、その手には――長い刀。
少女は感情のない目で化け物を見つめる。
『脅威度C級。”喰鳴”と判定』
次の瞬間。
彼女の姿が掻き消えた。
――速い。
さっきの化け物と同じ、いやそれ以上。
銀色の閃光。
化け物の胴体が、音もなく斬り裂かれた。
黒い液体が宙に散る。
絶叫。
化け物が狂ったように暴れ回る。
しかし少女は止まらない。
一歩。
また一歩と踏み込む。
刀が光る。
次の瞬間、化け物の身体が縦に割れた。
ドサリ、と。
黒い肉塊が床へ崩れ落ちる。
そして――消えた。
まるで煙のように。
静寂。
あまりにも現実離れした光景に、声も出ない。
少女はこちらを振り返る。
冷たい赤い瞳。
『――あなたたち。まだ正気を保っているのね』
その言葉に、背筋が凍る。
『なら急いで。もうすぐ“境界”が完全に閉じるわ』
「……きょう、かい?」
震える声で聞き返す。
少女は短く息を吐いた。
『説明してる時間はないの』
その直後。
校舎全体が、大きく揺れた。
ミシミシと天井が軋む。
そして。
遠くから、無数の鳴き声が響いた。
一つじゃない。
二つでもない。
何十、何百という、あの化け物の声。
少女の表情が、初めて険しくなる。
『最悪ね……”門”が開いたわ』




