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彼女に捧げる……




 翌日、俺は予定どおりに退院することができず、病室のベッドに居た。真人がりんごの皮をむいている。

「無理するなよ」

「だって、学園が潰れるところだったんだぞ」

 頭が痛い。あの後、他神智は暴れ、俺は怪我をした。

 でもそれで、あいつが犯人だというのがはっきりしたし、行動の理由もわかった。




 他神智櫻子は俺と同じで、銀色の片翼(ツバサ)の記憶がある。そして、理事の家系の人間で、学園の内部事情を知っていた。

 俺と違って主人公の顔もデフォルト名も覚えていた彼女は、主人公がどうやらゲームの記憶を持っているらしいことを知る。主人公が中等部にいて、その段階から、学園を建て直そうとホームページを立ち上げたり、OBやOGを訪ねて寄付を頼んだりと、活発に動いていた。夏上の故障を防いだのも、主人公らしい。

 しかし、他神智はそれ以上の主人公の行動を阻止したかった。


 秋川真由に会いたかったからだ。


 主人公が順調に学園を建て直したら、3で「学園の人気を取りもどす為に」赴任してくる、ひなげしOBのもと・高校球児でもと・プロ野球選手、甲子園勝利投手の秋川真由が出てこない。そう考えた。

 他神智は秋川のことが好きなのだ。

 リメイク版では主人公が高校に入学すると同時に赴任してくる秋川だが、今現在、プロ野球で活躍している。

 主人公がストーリーを改変していけば(「余計なことをすれば」と他神智は表現した)、秋川が野球教室で子どもに怪我をさせてしまい、責任を感じてプロ野球選手を辞めるということもなくなるかもしれない。

 そうしたら、秋川に会えない。

 他神智はだから、警察内部の情報を不正に入手して監視カメラにうつらない場所を割り出し、地山や空田もまきこんだ玉突き事故を起こした。

 そして、俺など攻略対象がスポーツを再開しないように、まず俺をはねて入院させた。聴取に同行したのも、他神智がいいはったからのようだ。俺が事故のことを覚えているか、確認したかったのだろう。




 他神智に殴られた頭が痛い。検査したが、軽い脳震盪だそうだ。

 監視カメラが少ない地域だと云っても、まったくない訳ではない。他神智はうまく逃れていた。なんと、巡回のふりをして自転車でうろつき、俺をはねたのだ。車にはねられたと思い込んでいた所為で、自転車のことを考えていなかった。

「真人、キウイも食べたい」

「はいはい」

「残り、持って帰れよ。弟達に」

「ありがとう」

 真人は素直に礼を云い、断らない。


 他神智は同僚にとりおさえられ、捕まった。これまでの不祥事なども、他神智が関与しているかもしれないので、それは五行さまにご注進しておいた。あのひとは有能設定だし、調べてくれているだろう。

 創業者の子孫の一族から、学園を潰そうとするような人間が出た……というのは、学園にとってはダメージだと思う。だが、それを隠蔽するのもおかしい。実際のところ、主人公(ヒロイン)が大変な状態になっている。

「文哉!」

 叫びながら、地山が走ってきた。空田も一緒だ。「彼女、さっき目を覚ました……」




 他神智櫻子は、学園の生徒が盗撮や万引きをしたように偽装したこと、複数のスポーツ部の監督の不祥事をでっちあげたことを自白した。それについての記録が残っていたし、実家の車庫にはバンパーが外れた車やナンバープレートが取り外されたバイクなどがあったという。

 俺と、目を覚ました主人公の言葉を、五行さまは信じてくれた。伝手を頼って秋川に、野球教室での子どもの事故について伝え、未然に防ぐことにも成功した。秋川は今、脂ののっている時期なのだ。プロを辞めるなんて勿体ない。


 退院した俺は、今日も野球部の連中と走り込みをしている。俺と真人のバッテリーが野球を再開したことは、ネットなどで拡散され、ひなげしに転入してくる野球少年が数人居て、おかげで野球部の活動は再開できている。


 地山も、テニス部にはいった。ゲームだとユーレイ部員だったが、実際にはあいつは部にはいってもいなかった。

 空田はまだ、しっかり登校できてはいない。車の少ない時間に安全な道を通って学校まで来て、保健室で勉強している。ただ、バスケ部は落ち着くようで、顔を出しているという。

 水崎は、俺の助言でジストニアの治療をはじめた。経過は良好らしい。

 春原先輩は相変わらず本屋でバイトをしていて、最近女子がはいったと云っていた。他神智のでっちあげた万引き事件は、主人公にバイトの代打を頼む筈だった女子生徒を狙ったものだった。

 夏上と冬木はプロに転向して、地道に試合に出ている。

 ポピーはたまに、俺達の練習を、グラウンドの外から見ていた。それ以上の接触はないが、満足そうなのでよしとしている。


 かけ声とともに、俺達は病院近くまで走っていった。三階には、まだ主人公が入院している。

 目を覚ましたからと云って、すぐに退院できる状態ではない。それまで、何ヶ月も眠り続けていたのだから。

 俺と真人は、病院長に許可をとって、病院の庭を走り込みのコースに組み込んだのだ。

 三階の窓に、最近ようやく立てるようになった主人公の姿が見える。俺と真人は手を振り、彼女は微笑んで、控えめに手を振り返してくれた。

 来年には、甲子園での勝利を見せてあげるつもりだ。自分の恋愛そっちのけで、攻略対象達の故障や子どもの怪我を、未然に防ごうとした彼女に。




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