奔走♡全裸回避
すやすやと眠るウサ耳幼女の頭を人の手でやわらかく撫でながら、無駄に疲労するだけだった一戦を終えた俺は深々と心労のため息を吐き出した。
あのあと。
脳裏を過る「ロリコン犯罪者野郎」の言葉に打ちのめされつつ、なんとかウサ耳幼女の無駄に豪奢な催事用の服を脱がせて楽な格好で即席ベッドに転がした俺は、ともかく全裸の現状をなんとかせねばと森を駆けずり回った。もちろん、馬の姿である。森の中を人の姿(全裸)で走り回るなど自殺行為に等しい。
さっきも言ったが、この森に「服を着る」なんて文化は存在しない。時々供物として反物が供えられるのだが、着飾ることなどしない森の生物には無用の長物なため、その辺の盗賊がかっぱらってってしまう。よって、森に布など存在しない。
だが人の姿を取った俺は服を着ていなければいろいろと危険だ。モラル的な問題だけではなく、物理的な意味でも。一瞬「葉っぱで隠せばいんじゃね?」というあんまりにもあんまりな案が浮かんだが、大事なところが見えなくなるだけで何も解決しないので却下である。知ってるか、木の葉って意外と硬くて痛い。
森に布がないことは分かっていたから、俺は手っ取り早く服または布を手に入れるため、この森の近くを根城にしていた盗賊のアジトにお邪魔してみた。ああいった輩は実感のない危険よりも目先の利益を重視するので、他の人間が恐れて近寄らない神域にも平気で出入りしているのだ。主に供物目当てで。
で。
結論から言うと、盗賊のアジトに服はなかった。いや、正確に言うと盗賊の服はあったのだが、匂い的な問題や汚れ的な問題、あとサイズ的な問題の前に敢え無く断念した。
……いや、だって、なぁ。泥汚れならまだしも、これは一体何の汚れですかと訊きたくなるような赤黒いシミとか、年齢規制に引っかかるようなあれやそれやなんかがついてる服とか流石に嫌だ。あとアレだ、真夏の男子更衣室とか剣道の防具の匂いがした。あんなん着たくない。
とりあえず腹いせにアジトは壊滅させたんだけど、さて困った服がない。一番近い村も、俺の足で走って往復何時間、って場所にある。洞窟にウサ耳幼女を待たせている現状で、そんなに長いこと森を離れるワケにはいかない。
どうしよう、どうしようとウンウン唸りながら洞窟に帰って、そこに浮かんでいた光の玉を見て、ようやっと「魔法で服作ればよくね?」と気がついた俺の心境を察して欲しい。今までの奔走は一体。
腹いせに丁度その辺を飛んでいた巨大トカゲをフルボッコにした。よく森にちょっかいかけてくる問題児だったから問題無い、躾だ躾。よくわからないまま泣いて謝るトカゲがちょっぴり哀れだったがスッキリしたから反省はしない。
はたして、魔法で服を作ろう作戦はうまくいった。残念ながら体格に合う洋服が良く分からなかったので、多少の体格差は関係無い和服っぽいものになってしまったが。それっぽい形の布を体に巻きつけて帯状の布で止めるだけの簡単設計。和服って素晴らしいね!
お陰で現在の見た目も相余って似非和風ファンタジーみたいな格好になった。いや確かにファンタジックな世界なんだけど。まぁ、服は服なので問題は無い。ぴっちりピッタリ全身タイツよりマシだと思うし。あ、何があったのかとかは訊かないでほしい、いろいろあったのだ。察してくれ。俺はHENTAIにはなりたくない。
まぁ、そんなカンジで紆余曲折あり、現在に至る。長い道のりだった…。
それなりに時間も経過していたが、ウサ耳幼女が起きる気配もないので、なんとなく頭を撫でて時間を潰している。他にやることとかないしな。ウサ耳がもふもふしていて超幸せである。ふっかふかである。しあわせ。
結構長い時間が経過しているような気がするが、実はウサ耳幼女を拾ってからまだ半日経っていない。すごく濃密な半日だった。
顔を真っ赤にして寝込んでいた幼女も今は落ち着いており、発熱が極度の緊張と疲労からくるものであったこともわかって一安心だ。たっぷり寝てたっぷり食べたら問題ないらしい。森の長老である白蛇のじいさまに訊いたから間違いない。あのじいさま俺より長生きなんだよなー。俺も結構長生きなんだけどそれより遥かに長生きなんだよな。あのじじい一体何年生きてるんだろう……。
「……んぅ……?」
「おっ?」
そんなことを考えつつもふもふなでなでしていたら、やっとウサ耳幼女が身じろぎした。魔法で服を出した応用で作った布団を抱き込むようにして丸まっている。きゃ、きゃわわっ……!
「……んんん……?」
ハッ、惚けてる場合じゃなかった。
身を包む布団に戸惑ったような顔をして唸る幼女の声で現実に戻ってきた俺は、嬉々として布団の傍にかっこよさげにスタンバる。
アレだ、枕元に立つ予言の神様みたいなカンジ。アレを想像してくれ。魔法でキラキラした空間までアレンジして準備はバッチリなのだ。
せっかくだもの、第一印象は良くしたいじゃない。多少の演出は多めに見てくれてもいいじゃない。そこ、お前既に会ってるだろとか言わない。擬人化形態は初めてなんだからノーカンなの。
そんなワケで、準備万端でウサ耳幼女の枕元にスタンバる俺。羞恥心? んなもん前世に置いてきたわ。こちとら今まで馬の姿で生きてきたんじゃ! 今更羞恥心もクソも感じぬわ!!
「…ぅ…?」
さあ待ちに待ったご対面!
ウサ耳幼女のフサフサ睫毛がゆるゆる震えて、紅玉を移したような瞳がおもむろに外界を移していく。
ぼんやりと何かを探すように巡らされた視界がはたと俺の姿を捉えて、不思議そうな色を灯すのを、この上なく幸福な心持ちで見つめていた。
当然、表情は努めて荘厳な笑みを浮かべている。俺自身には見えないから、ウサ耳幼女にそう見えてるかどうかはわかんないけど。だらしないにやけ面にだけは見えてないことを祈る。俺の沽券に関わるから。
「———ああ、目が覚めたかい。気分はどう? 辛くはないかな?」
できるだけ優しげな口調を心がけて、幼女の顔を覗き込む。ウサ耳幼女はそんな俺をぽかんとした顔で見上げてきた。まぁこの姿だと俺が誰だかわかんないだろうし当然か。さっきまで馬だったもんな。
さて、危惧していたような態度ではないし、早速ネタバラしといこうか。最悪、人間の姿を見た瞬間に泣かれるかもと心配してたんだけど、そんな気配もないようだし。あと、約束してた名前の件もある。何より幼女に「あんた誰?」とか言われたら悲しすぎるし。
「ふふっ、驚いた? でも心配しないでね、俺は——」
なんて、ニコニコ顔で幼女に話しかけていた俺の表情は、次の瞬間に音を立てそうな勢いで凍りついた。
「 、 ?」
「………………ん?」
ん? あれ? おかしいな、今何かおかしかったぞ?
「 ? 、 ?」
「…え? ちょっ、…え??」
はくはくと、幼女の唇が動いているのが見える。
けれど、そこから発せられているであろう言葉が聞こえない。
否、正確に言うと、音は聞こえるのだが、それが言葉としての意味を成していない、ように聞こえる。
「……なん、……?」
「 ?」
ハク、と声にならない声が俺の唇からこぼれ落ちる。尋常ではない俺の様子に、ウサ耳幼女は首を傾げて気遣わしげな顔をした。あ、かわいい……じゃなくて!!
「なんだってえええええええええええええええ!!??」
洞窟内に反響した悲哀の叫びに、応呼するかの如く森が震えた。