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【完結】ロザリンド嬢は婚約破棄もお手のもの  作者: 礼三


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続編 〜君の前から消えた婚約者〜 9

「さよなら、バートラム様。私、貴方の前から消えますわ。ディアナ嬢とお幸せに…」


 婚約解消を申し出たとき、ヘレナが最後にバートラムへ告げた言葉だ。

 これ以上、心を掻き乱されないように、ヘレナは後ろを振り向くことなく、教室を出て行った。

 あれから月日は過ぎて夏が来た。



「好きってどういう感情なのかしら?」


 雛鳥の産毛のように柔らかな白い小さな花が風に弄ばれ、甘い香りが辺りに漂う。ヘレナは雲の上にいるかのような気持ちになった。

 ウェストモーランド辺境侯国を流れる川沿いに咲くメドウスウィートの群生の中、ヘレナはブランケットの上に座っている。


「俺との婚約が嫌になりましたか」


 隣ではいじらしく眉尻を下げたカイアスがヘレナを見つめていた。

 雨露に濡れた緑葉のようなカイアスの瞳の中に映っているヘレナは優しく微笑んでいた。


「そんなことはありませんわ。そう…貴方の傍にいて私は幸せを感じておりますの」


「では?」


「私…バートラム様をお慕いしておりましたでしょう?その感情に偽りはありませんのよ。今でも多分…。バートラム様のことを好いておりますわ。一緒になれませんでしたけど…」


 目の前の白い小花へ、ヘレナは手を伸ばした。摘み取ろうとするヘレナの手を止めて、カイアスが花の茎をナイフで切り取る。

 細くしなやかなヘレナの指を傷つけたくない。綺麗な花を幾つか選び束にすると、ヘレナへ渡してカイアスは頷いた。


「えぇ」


「貴方、こんな私でも宜しいのですか?」


「はい、バートラム卿への想いが心の片隅に残っているとしても、丸ごとヘレナ嬢ですから…。俺は今の貴女を愛しています」


 カイアスの本心だ。

 失恋の痛みを抱えながら、ひたすらに前へ歩もうとするヘレナの美しさに惚れたのだから…。


「ふふ…」


 カイアスの言葉がヘレナの心に沁みていく。一筋の涙がヘレナの頬を伝った。


「泣かないでください」


 ヘレナはバートラムと婚約解消してからの月日を思い起こす。

 出会ってから、カイアスはヘレナとの距離を大切にしていた。

 カイアスがナルボン侯爵へまず婚約の許しを得たのは、ヘレナを怯えさせないためだというのも理解していた。

 婚約者という肩書きがなければ、見守りさえもときにヘレナを怖がらせてしまうとカイアスは考えたのだろう。

 ヘレナが必要なときにすぐ駆けつけて行ける。その権限がカイアスは欲しかったのだ。


「私、貴方を好ましく思っておりますの。ですけど、これが愛なのか分かりませんの」


 そのカイアスの努力はヘレナに届いていた。

 カイアスはヘレナの意志を尊重してくれ、無闇にヘレナに触れようとしなかったが、必要なときに傍にいてくれる存在になっていた。

 バートラムのように不躾な言葉を浴びせることもしない。行動を制限するようなこともなかった。


「では、俺はヘレナ嬢に愛してもらえるよう努力せねばなりませんね」


 バートラムに蝕まれていたヘレナの心を、カイアスはひょっこり現れて穏やかなものへと整えてくれた。

 それが恋と呼べるものか、ヘレナは分からなかったが、カイアスといると安心して心を委ねられる。


「そういうところですわ!」


「?」


 カイアスは言葉の意図が掴めず、目をまん丸く見開いた。


「私、貴方のそのようなところに惹かれているようなのです」


 白い花束に顔を埋めてヘレナは告げた。


「そうなのですか?」


「えぇ」


 恥ずかしさのあまり、ヘレナはカイアスへメドウスウィートを押し付けた。ヘレナの手がカイアスの手へ当たる。


「ヘレナ嬢のこと、大切にいたします。俺を選んでくださって…この上ない喜びに満ちていますよ」


 カイアスの精悍な顔立ちが面映そうに真っ赤に染まった。

 静かに流れゆく川、陽光に揺れる水面。

 二人は互いの顔を見つめていた。

 カイアスの硬い指先が躊躇いながら、瑞々しく艶めくヘレナの頬へ触れた。

 ヘレナはカイアスの接触が嫌ではなかった。むしろ、嬉しく感じていた。

 瞼をつむったヘレナの長いまつ毛が微かに震えていた。

 カイアスの唇がヘレナの頬へ近づく。


 ザッパーン!


「獲ったどぉ!」


 突然、川から大きな人影が現れた。

 顔を赤らめて二人は目を逸らし、その人物へ視線を移した。


「姉上!」


 ベアトリスは丸々と太った紅鮭を両手で抱えている。尻尾がピチピチと威勢よくベアトリスの肩を叩き、ベアトリスの濡れた服から水飛沫が飛んでいた。


「大きな魚ですわね…素手?」


「熊もびっくりですね…」


 ベアトリスは川に潜り、素手で鮭を掴み獲った。ベアトリスのなせる業。いや、ベアトリスしかなし得ないだろう。

 二人は呆れたが、そこには畏敬の念もあり感嘆がこぼれた。

 ベアトリスの煌めく赤髪から雫が垂れる。豪快な笑顔がヘレナに向けられた。


「ったり前だろう!義妹(ヘレナ)の祝いの席で振る舞うんだからさ」


 明日はカイアスとヘレナの婚約式だ。

 アーデン公国から、ロザリンドたち友人も招いていた。


「私、とても幸せですわ。未来を貴方と共に歩めて…」


「俺もです」


 視線を交わす弟(カイアス)とヘレナの眩しい笑顔と甘い雰囲気を認めて、ベアトリスは満足気に頷いていた。


「これからよろしくお願いしますわ。お義姉(ベアトリス)様」


 青空を背にして二人を眺めていたベアトリスへ目を細めてヘレナが声をかける。


「ウェストモーランドは大歓迎だ!ようこそ、義妹(ヘレナ)!」


 ベアトリスの大声に呼応し、夏の雪のように白い花弁が空へ舞い散った。



【続編 完結】

最後までお目通しくださりありがとうございました。

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