続編 〜君の前から消えた婚約者〜 1
※完結作品に続きを書くのは稀なのですが、今回、ヘレナについては『おまけ』に逃げてしまったなぁとずっと思っていまして…。
ヘレナの物語だけですが『おかわり』してしまいました。
楽しんでいただけると嬉しいです。
教室には男女が二人…。
密室にならぬように扉は開け放していた。
窓から風が吹いて、アーモンドの花が踊りながら、机の上に落ちる。
目の前で舞った一片。彼は不意にそれを摘み上げた。
彼の名前はバートラム。ロシリオン伯爵家の嫡男である。
彼の対面には綺麗な姿勢で直立している少女、彼女の名はヘレナ。
幼い頃から二人は婚約を交わしており、ヘレナはバートラムを盲目的に愛していた。
夜空に浮かぶ天空の光の輪を戴く深黒髪。黒曜石のように深く沈んだ色合いであるのに、何故か鮮烈で激しい印象を受ける眼差しはいつもバートラムに向けられてきたのだ。
バートラムはヘレナの長いまつ毛が細かく揺れているのに気づいた。
そして今、ヘレナが口を開く。
「私たち、婚約を解消いたしましょう」
「何故…。あれほど嫌がっていたではないか?」
バートラムは一年以上前に、公衆の面前でヘレナへ婚約破棄を申し出た。
亜麻色の髪を持つ男爵令嬢を胸に抱きながら、怒りを露わにして、ヘレナに揚々と告げた。
「お前とは婚約破棄だ!俺はこの人と一緒に生きていく!」
バートラムは伯爵の嫡男、ヘレナはナルボン侯爵令嬢であり、婚約は維持であろうが破棄であろうが、上位貴族の侯爵家の意向が反映される。
つまり、バートラムがどれだけ喚こうとも、ヘレナの気持ちが変わらない限り婚約は継続されるのだ。
そのときでさえ、ヘレナは婚約を解消しようとしなかった。
だが、現在、バートラムの前で笑みを美しく湛えるヘレナはキッパリと断言した。
「諦めたのです」
「はっ?」
風に煽られて、ヘレナの髪が一房、頬に落ちた。彼女は白い指先でそれを掻き上げて耳に掛け直した。
「貴方の心には私の居場所はございませんでしょう?」
「なら、早く婚約解消すれば良かったではないか?」
喉に何か苦いものが込み上げてきて、バートラムは喉を鳴らした。
「さようでございますね。もっと早く愚かな自分に気づいていれば、これほど苦しむこともなかったでしょう」
「お前、何を企んでいる?」
「別に企んでなどおりませんわ。…そうですわね。私、実は三巡目なのです」
ヘレナは頬に指を当て、思考を巡らせるように天井を眺める。
「はっ?」
バートラムは唐突なヘレナの発言に翻弄されていた。
「一巡目はそのまま婚約を続けて、結婚式当日に貴方は彼女と駆け落ち。私、絶望のあまり、崖から身を投げまして…。二巡目は彼女を殺そうとしたところ、貴方に斬りつけられましたのよ」
ヘレナの言葉一つ一つに惑わされるバートラム。今日のヘレナはいつもと違う。
「…おかしくなったのか?」
「まぁ、そうおっしゃるだろうと思ってましたわ。ふふ…、安心してくださいませ。貴方の愛は私のものではないと気づきましたのよ」
彼女はこともなげに話すので、バートラムもなるべく平然を装いながら応対していたが、実のところ焦っていた。
バートラムは自身の妄想の中で、大海へ向かい荒れ狂う波を目の前に砂浜で叫んでいた。
こんなはずではなかったのに!!




