月とスッポン
ロザリンド・フレデリックは伯爵令嬢だ。
伯爵といっても、元は子爵だった父が領地産業で功績を挙げ、フレデリック家の利権を取り込みたかったアーデン公国が父へさらに高い爵位を叙したに過ぎない、いわゆる成り上がりの伯爵である。
ロザリンドにはシーリアという名前の妹がいる。シーリアは、まるでガラスショーケースに飾られているお人形のように、長いまつ毛でお目目パッチリ、頬もほんのり紅く染まって美しい顔立ちをしている。シーリアと視線が合えば、誰もが微笑み返してしまう、それぐらい愛らしい妹だ。
かく言う、ロザリンドはいわゆる糸目、笑うとさらに細くなる。この人の目は開いているのかな?って疑問を持たれるほどだ。輪郭は整っているが、団子鼻で肌にはうっすらとそばかすが浮いていた。
けれど、ロザリンドはこの顔が好きだった。敬愛する父にそっくりだからだ。領地内ならば迷子になったとしても、フレデリック伯爵家の娘だと一目見れば分かるだろう。
両親共に姉妹へ偏りなく愛情を注いでくれ、ロザリンドは幸せな日々を過ごしている。巷で流行っている小説のように、可愛らしい妹をロザリンドが虐めることはなく、ロザリンドとシーリアの姉妹仲は良好であった。
ある日…。
とある貴族のお邸で母はお茶会へ招かれ、子供たちの交流の場も設けられた。
ロザリンドとシーリアも子供たちだけが集う憩いの場所へ案内された。
予想通り、シーリアの周りには子供たちが群がる。幼子でさえ、夢中になる魅力がシーリアにはあるのだ。
ロザリンドのことは誰も気に留めていなかったので、ロザリンドは近くのテーブルへ腰掛けてお菓子をムシャムシャと食べていた。
豪華なお菓子が並んでいる。折角、菓子職人が労力をかけて作ってくれたお菓子だ。食べないと勿体ないし、菓子職人に対しても失礼にあたる。それは父の教えだった。
『全てのものに対して、色々な人々が携わっている。そのことを念頭において行動しなさい』
今のロザリンドの行動は父の言葉の理に適っているはずだ。ロザリンドの隣でもう一人、もっちりとした少年も食べることに余念がない。
「お姉さま、助けてぇ…」
ふと、舌足らずのか細い声に気づき、ロザリンドが顔をあげると、シーリアが泣いていた。シーリアと目が合ったロザリンドは子供たちをかき分けて、シーリアの元へ走る。
「こわいのぉ…」
愛らしいシーリアの日光に煌めく金の髪は崩れて、空色の絹で作られた髪帯が取れている。水色のドレスも袖を引っ張られたのか、レースのリボンが解れて乱れていた。シーリアの衣装テーマは水の精霊だった。
本日は初のシーリアのお目見えのため、フレデリック家の侍女たちは大いに奮闘したのだが、今は少々、無惨な状態になっている。
大人は節度を守って接するが、子供たちは手加減を知らない。
因みにロザリンドは悪戯っぽい風の精霊を思わせる淡い黄緑色のドレスだ。
(なるほど、シーリアをみんなでかわいがりすぎたのね)
「何だ!お前!何ものだ!とつぜん出てきて、シーリアをはなせ!」
ロザリンドがシーリアの髪を撫でて慰めていると、一人の見目麗しい少年がロザリンドの前へ立ちはだかった。
「私はシーリアの姉で、フレデリック伯爵家の長女ロザリンドと申します」
「はぁ?お前みたいなどブスがシーリアの姉なわけがないだろ?どけよっ!」
緩やかなミルクティーの髪、蜂蜜色に輝く瞳、緑色のダブレットを品良く着こなしたその令息は出で立ちとは全く異なり、乱暴な言葉でロザリンドを罵った。
確かに姉妹の容貌は異なる。ロザリンドはシニア譲りで髪は黒色、瞳は灰色でもあり暗いイメージなのも否めない。
「お姉さま…」
「大丈夫だよ」
シーリアは小動物のようにロザリンドの影へ隠れて震えている。上目遣いが庇護欲をそそる。シーリアの青色の澄んだ瞳がうっすらと滲んでいた。
(うむ、守りたくなるよね)
「何だよ!何でこんな奴がいいんだよ!」
令息は鼻息も荒く興奮する。取り巻きの子供たちはオロオロとしていたが、誰も彼の暴言を止めなかった。
(そりゃ、初めましての人より、家族を選ぶよね)
一向にシーリアを渡さないロザリンドの態度に業を煮やした少年は、ロザリンドを突き飛ばした。
「いたっ!」
転がった拍子に手を痛めたが、ロザリンドは抗議しなかった。相手がどこの貴族の令息かロザリンドには判断できなかったからだ。無闇に逆らわない方が身のためだ。
「お姉さま!」
(シーリアにこんな顔させるんじゃないわよ)
シーリアがロザリンドへと駆け寄る。シーリアは涙で顔をぐしゃぐしゃにしていた。
(この邸宅の使用人は何をしているんだか、子供のケンカだからと放っているのだろうか…)
「さぁ、行こうぜ!」
少年がシーリアの腕を掴もうとしたので、ロザリンドは痛みを堪え地面を這いながらシーリアを庇った。
「恐れながら妹が怖がっておりますので、ここはお許しいただけませんでしょうか?」
『子ども同士の集まりだから気楽に遊んでらっしゃい』
ロザリンドはエミリアから事前に伝えられている。主催者側から予め各家門へそのような通達があったらしい。
だが、貴族階級は子供の世界でも存在する。上級貴族の許しがなければ言葉を発してはいけないことを、ロザリンドはシニアより学んだ。
相手の貴族階級は分からないが、礼節を重んじている場合ではない。
「はぁ?オレはエスカラス侯爵家の嫡男だよ!たかが伯爵家のお前ごときが何様の口を利いているんだ!」
少年は手を振りかざした。
子は親の鏡…。
『社交界というのはね、親の育て方次第で子供たちまで評価されるものなのだよ。だから、もし、お前たちが貶されたとしても、それは私の責任だから気にすることはない』
シニアの言葉が脳裏に浮かぶ。
(多分、エスカラス侯爵もこんな感じの人なんだろうな…)
私は少年の攻撃に備えて、身体を硬直させた。
パチンッ!ドンッ!




