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お菓子を食べましょう

少女は本当に不思議な雰囲気を纏っていた。


(私のことを不思議な匂いと言っていたけれど)


なるべく肌に触れないよう、アロナは簡単に少女の髪を結う。普段身の回りの世話はラーラ達侍女に任せている彼女だったが、簡単な身支度であれば可能だ。それは、四度目にしてルーファスの妻にはならないと決意した為だった。


どうなるか分からない人生、出来ておいて損はないだろうと。


「ほら、これでもう踏んだりしないわ」


ひとつ結びの緩い三つ編みだが、床に着くことはなくなった。アロナが姿鏡を指さすと、少女はそろりとそこに近づく。恐る恐る覗き込み、まん丸の瞳を瞬かせている。


「はじめて」

「とても可愛いわ」


幼子の相手に慣れていないアロナは、側からは冷たい態度に見えるかもしれない。けれど少女は、彼女に対してだけはなにかを感じ取っていた。


他の人達に比べあまり怖いと感じない、と。


「私は今日、この城にやってきたの。あなたはいつからここに?」

「……」


首を傾げる仕草が可愛らしい。


「あなたはロファンソン卿と一緒にいるのでしょう?」

「ろふぁ…?」

「この城の主人である、アルベール・ジャック・ロファンソン辺境伯よ」

「ある」


(アル…アルベールと言いたいのね)


愛称呼びを許していると言うことは、やはり酷い扱いはしていないのだろう。他にも聞きたいことは山ほどあるが、子供相手にあまり詰め寄るのもよくないかもしれないと、アロナは口を閉ざす。


「…ない」


少女が、アロナに向かってそう言った。腹を両手で押さえている。


「もしかしてお腹が空いたのかしら」

「ここに、なにもない」


空腹だと言いたいのか。そう察したアロナはすぐにラーラを呼び、軽い軽食を用意させた。夕食にはまだ早いし、ここはロファンソンの城。主人が留守にしているのに、好き勝手をするわけにもいかない。


「甘いものは好きかしら」

「すき!」

「ふふっ、よかった」


紅く染まった頬を見て、アロナはまるでククルの相手をしているようだと思う。屈託のない無邪気な表情には、毒気を抜かれる。


「アロナ様」

「マンサ。すみません、ありがとうございます」

「それは構いませんが…」


今からここにメイド達がやってくると言ったら、少女は再びクローゼットへと身を隠してしまった。頼んだ軽食がアロナ一人分の量ではないことに、マンサは若干の疑念を抱く。


彼女はもちろんロファンソンの“趣味”を知っているが、まさかクローゼットに隠れているなどとは思いもよらないだろう。


すぐに下がってほしいと口にするアロナに、マンサは素直に従った。悪い人間には思えないが、婚約者がいながら単身で他の男性宅に泊まるという行為は、決して褒められたものではない。


なぜわざわざロファンソンを選んだのか疑問だが、見た目に引き寄せられただけならすぐにここを去るだろうと、マンサは内心思っていた。


自尊心の高い貴族の、それも公爵家のご令嬢にロファンソンの相手は絶対に無理である、と。


「誰もいなくなったわ。さぁ、出ておいで」


アロナの言葉に、再びクローゼットが開く。少女の手が三つ編みに触れているのを見て、アロナは柔らかく笑った。


「一緒に食べましょう」

「……」


少女は手をつけようとしない。雰囲気を察したアロナはクッキーを手に取ると、豪快に口に放り込んだ。それも、次々に何枚も。普段は絶対にしない食べ方だったが、それを知る由もない少女はあからさまにほっとしたような顔をする。


そして白く細い指をさらに伸ばすと、クッキーを手に取りさくっとかじった。


「おいしい」

「それは良かったわ」


穏やかな表情のアロナを見て、少女は安心してクッキーを頬張りはじめる。


(可愛いわ)


おいしそうに夢中で食べる様子に、アロナはくすりと笑った。

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