クローゼットの中には
「今の音はなんでしょう。山から降りてきた動物でしょうか」
「この寒い時期に動物なんて降りてくるかしら」
クローゼットの中から物音が聞こえたのはアロナだけでなく、ラーラも同様だった。二人は顔を見合わせ、ラーラがアロナを庇うように立つ。
「そんなに警戒しなくても平気よ。ロファンソン辺境伯の城は厳重に守られているのだから」
「ですがお嬢様に万一のことがあっては…」
ガタガタッ
再び、物音が響く。アロナはそこへ近づこうと立ち上がり、それをラーラが止めるよりも先にクローゼットの扉が僅かに開いた。
(ラーラの言う通り、動物なのかしら)
真っ暗なクローゼットの中にぼんやりと映るなにかのシルエット。小さなそれに近づき、ラーラの制止も聞かずアロナは手をかけそこを開いた。
「きゃ…っ」
視線が絡み合った瞬間、アロナは思わず小さな声を上げる。するとクローゼットの中の“それ”は、怯えるように体を縮こまらせた。
「アロナ様…っ!」
「大丈夫だから、ラーラ」
彼女は片手を上げ、ラーラをこちら側へ来させないようにする。そしてもう一度、今度は穏やかな声で呼びかけた。
「驚かせてしまってごめんなさい。なにもしないから、出てきてくれないかしら」
「……」
「なにもしないわ。怯えなくていいのよ」
しばらくの後、“それ”はそろそろと顔を出すした。
(幼女趣味という噂は本当だったのね)
初めて目にする、水晶のように透き通った瞳と発光しているようかのように白く長い髪。床についてしまっており、ぼさぼさで櫛すら通されていないように感じる。
まるで人の子ではないような、不思議なオーラを放つ小さな少女がじっとアロナを見つめていた。
「まさか子供、ですか?」
「そうみたいね」
「信じられません、こんな場所に…」
ラーラが呆気に取られたような声色で言う。アロナはあくまで冷静に、その少女に向かってそっと手を伸ばした。
「嫌なら今すぐやめるわ」
「……」
「そうでないなら、こちらへ」
白水晶のように美しい瞳が、探るようにアロナを覗き込んでいる。やがてゆっくりと、少女は彼女へと近づいた。
触れようとはしない少女に、アロナも無理強いはしない。少し怯えてるようだが、強い拒絶は感じない。
「…ふしぎ」
まるで綺麗な音色を奏でる楽器のように、少女の声色は澄み切っていた。
「あなた、ふしぎなにおいする」
アロナに向かってそう呟いた後、少女はひくひくと可愛らしく鼻を動かした。
(不思議な匂いとは、どういう意味かしら)
アロナは疑問に思ったが、深く追及はしない。少女に目線を合わせる為、低く屈んで顔を覗き込んだ。
「私はアロナ・フルバートと言うの。あなたの名前はなにかしら」
彼女は子供に慣れていなかったが、それでもせいいっぱいの柔らかな声色と表情を心がける。
「ない」
「え?」
「なまえ、ない」
少女は澄んだ瞳でそう答えるが、アロナの表情は曇る。同時に、まだ顔も知らぬロファンソンに対し強い憤りを覚えた。




