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英雄アルグラーフ 対 魔人テレジア  作者: キロール
密談
14/15

誘い

 その小さな村は、完全に彼女の支配下にあった。

 彼女、テレジア・ヴァルストームの。

 ガラシス王家の失政が続き、その求心力が低下していなかったとしても、彼女ならばこの村くらいの規模なら、容易に従わせるだろうとアリアは思う。

 一体、この恐ろしくも美しいガラシスの伯爵は何を企み、上官を呼び寄せたのだろうか。

 彼女に村を案内されている間、緊張しどうしのアリアにはその理由は分からない。

 きっと、自分の前を歩く上官も分らないのだろうとアリアは考えていた。

 そして、その考えは間違いではなかった。


 テレジアが村の一角を指示してアルグラーフに告げる。


「あれはこの村の特産の植物でな、まるで木の根の様な根菜だそうだ。東方では小麦粉を塗して油で揚げたり、ニンジンなどと一緒に調味料で甘辛く炒めた物を食べていた。……まさか、食えるとは思わなかったがな。」


 政治とも軍事ともかけ離れた内容の話をテレジアは嬉々として振り、アルグラーフは困惑しながらも頷いて聞いていた。

 彼女がガラシスの貴族でなければ、今少し話を楽しめただろうかとアルグラーフはついつい考えてしまうが、それは詮無きことだ。


 さて、一通り村の案内が終わり一つの家屋に案内されたアルグラーフ一行だったが、ここで二手に分かれる事を提案された。

 アルグラーフとテレジアの二人と、その他に分かれて話し合いを行おうと言うのだ。

 これに忌避感を示すのは、アルグラーフではなくその他の者達である。

 口々にそれは度が過ぎていると訴えるが、アルグラーフはテレジアの申し出を受けた。

 一人の方が、相打ちに持ち込める可能性が高いと踏んだからだ。

 テレジアの魔力が己を超えている事は、この村で出会った時から分かっていた。

 いや、帝都で出会った時の様に隠蔽していないと言うだけの話かもしれない。

 ともあれ、一度敵に回せば生きて帰れる保証はない。

 バードルフが如何に彼女を信用しようとも、アルグラーフはまだ計りかねている。

 そうであれば、最悪も視野に入れて行動せねばならなかった。


 テレジアに案内されて、アルグラーフのみが更に別の家屋へと向かう。

 二人だけの時間と言うのは、非常に気まずかったが、それは今更だ。

 何せ、この小さな村にたどり着いてから流れている空気は、アルグラーフにとって常に気まずく、その気まずさが何に由来しているのかも当人には把握できているのだから。


 テレジアの告げる言葉の端々に……つまり、隠される事無く己に向けられる好意に、気まずさを覚えるのだ。

 これが、敵対者だった者から向けられているだけならば、折り合いをつける事は出来た。

 これが、ギルスラの記憶を持つだけの者から向けられているだけならば、受け流すこともできた。

 だが、テレジア・ヴァルストームと言う女は、その双方を兼ね備えており、尚且つ自身の心を隠すと言う事をしない。

 その在り様が、アルグラーフには羨ましくも感じる。

 そして、ギルスラの記憶から己を知り、自身の目で確かめて、行動を起こすこの奇妙なガラシスの伯爵に、アルグラーフは好意を抱きつつあった。

 それこそが、この気まずさの第一の理由だ。


 ギルスラと言う女に、操を通すと言う訳ではない。

 己で屠った相手に操を通すほど、アルグラーフは自分に酔い痴れる性質ではなかった。

 だが、テレジアを目前とすればわかる。

 ギルスラと言う存在も、彼女を形作っているのだ。

 何と面倒な相手だろうか。

 愛して、そして殺した女であり、敵国の将校であり、先の帝都襲撃に関与している魔人なのだ。

 その相手が臆面もなく、己に好意を伝え、それを跳ね除ける気持ちにならない己自身にうんざりする。

 そうでありながら、何処かで彼女を受け入れたいと考えている節が、己の中にあるのだ。

 これでは、苦々しい思いを抱かざる得ない。


 案内された別の家屋は小さな小屋でしかない。

 小屋は一間しかなく、然程広くもない部屋の中央にはテーブルと椅子が並ぶばかり。

 椅子に座るように促されて、アルグラーフが着座すればテレジアはその対面に座った。


「険しい表情だな、バンデス卿。今少し愛想を振りまいてくれても良いだろう?」

「……無理を言うな、ヴァルストーム伯。見合いの席であろうと、軍人同士の密談であろうと愛想を振りまく必要はない。」


 アルグラーフの答えはあくまで硬く、寄せられた眉根や眉間のしわが和らぐことは無い。

 当然と言えば当然の事だ。


「誤解が無いように伝えておく。重ねて言うが、帝都襲撃は儂の思惑ではないぞ。無論、監督責任は免れんが……。」

「……。」


 彼女が帝都襲撃に一枚噛んで居ながら、バードルフや宰相のイズボーンがそれを不問に付すような態度を取ったのには訳がある。

 無論、テレジアが言うように彼女の計画と今回の襲撃はまるで違う物であり、内紛の結果、他の者達の先走りであることは分かっているが……それは所詮ガラシス内部での話だ。

 アマルヒ帝国にとっては如何でも良い話である。

 だが、テレジアは手ぶらでバードルフを訪ねた訳ではなかった。

 帝国内部の内通者の存在と言うカードを、彼女はバードルフに対して切って見せたのだ。

 その報は宰相にも齎されて、調べを進めた結果、その情報は真であることが確認された。

 三十機の魔道鎧を無許可で保持し、クーデターを企てていたと言う罪で第五皇子が密かに逮捕された事を知る者は少ない。


 そもそも、白昼に帝都でゴルドウィン・ケラー元大将の襲撃を行わなければならなくなったのも、皇子が情報を漏洩したからだ。

 反攻作戦の失敗により、病気を理由に退役したケラー元大将だが、己の処遇に不満は無かった。

 信賞必罰こそが武門の寄って立つ所である。

 血筋ではなく、功績により大将となった人物であれば、それは骨身にしみている。

 だからこそ彼は、クーデターに参加して名誉の回復をと言う戯言には付き合わず、これ以上晩節を汚したりはしなかった。

 知り得た情報を宮殿に伝えるべく、見張りや首謀者の目を掻い潜り帝都の中枢付近までやってきて、死んだ。

 彼が郊外で追いつかれていれば、等と栓無き事を言う者も居るだろう。

 宮殿でなくとも、話を伝えていればと言う者も。

 だが、皇族が関わり、尚且つ不名誉な退役をした自身の言葉にどれだけの信ぴょう性があるのか悩んだ末の行動であれば、職責を全うして死亡したケラー元大将を責めるのは酷と言う物だ。

 少なくとも、アルグラーフはそう感じていた。


 話は逸れたが、彼女は野心家の内通者と共に自身が培ったスパイ網を献上品として、バードルフに差し出したのである。

 この行為には何重もの意味がある。

 一つは、現在進行中の作戦から手を引く事を言外に示したこと。

 一つは、少なくとも彼女自身が今後スパイ網を構築することを止めたと言うこと。

 一つは、彼女を首謀者とする一派がガラシスを牛耳れば、対ガラシスにおける諜報戦の脅威が格段に下がると言うことだ。

 最初に挙げた意味は見ての通りであるが、残り二つこそが肝要なのだ。

 スパイを有効に使うにはある種の信頼関係の構築が必要不可欠だ。

 アルグラーフはそちらには疎いので良く分からないが、バードルフが言うにはそういう物らしい。

 考えてみれば、周囲に嘘を付き通し、孤立無援で情報を得て、送り出す作業を行うのは並大抵の事ではない。

 そんなスパイ達とある種の信頼を構築せねば、スパイはスパイとして働かない。

 そう説明されれば、アルグラーフもなるほどと思う。


 要は、テレジアはその信頼を完全に一方的にぶち壊して見せたのだ。

 彼女が行った行為は、スパイからすれば信頼を大きく損ねる行いだ。

 幾ら金を積まれても、今後まともなスパイは彼女から仕事を受けないだろう。

 一から養成したとて、過去にそんな行いをした者に忠誠を持ち続けるのは難しい。

 つまり彼女は、アルグラーフをこの会談に引きずり出すために……それだけの為にアマルヒとの敵対を一切止めると言わんばかりに、幾つかの代償を払って見せたのだ。


 これが、左遷されて力を無くした軍人が行った自暴自棄な行動ではなく、国内を二分するとまでは行かずとも、かなり派閥としての力を有する一派のトップが行ったこと意味があるのだ。

 帝国からすれば、ガラシスが本格的な内紛にでもなってくれれば、ガラシスに向ける力の幾つかを国力の回復にあてる事ができる。

 もし、テレジアの一派が主流派となれば、ガラシスと相互不可侵の条約締結も不可能ではなくなるのだ。

 

 諜報に力を入れているアマルヒ帝国であるからこそ、テレジアの真意を汲み取れたわけだ。

 ましてや、英雄とは言え中佐階級の人材を派遣するだけで、相手に好印象を与えられるとなれば……。

 この話の乗らない訳はなかった。

 そして、その思惑は全てバードルフからアルグラーフに伝えられている。

 ある種の人身御供だが、帝国臣民の命の安全が返るならば安い物である。

 そう意気込んでは見た物の……、如何にも気まずさだけは拭い去れない。


「そろそろ、用件を切り出してもらってよいか?」

「ふむ、やはり落ち着かぬか。良かろう。ア、アルグラーフ・バンデス……、儂の物となり、ともにガラシスを治める気はないか? 或いは……お主が儂の物となるならば、お主にガラシスを献上しても良い。」


 僅かばかりに言葉を詰まらせながら、アルグラーフの名を呼び、そしてとんでもない事を言い切ったテレジアをまじまじとアルグラーフは見やった。

 恐るべき魔力や人を食った言動に惑わされねば、存外に初心な娘のようにも見える。


「……余計な言葉を付け加えたな。私は国政などに興味はない。お前の物になっても良いが、軽々しく王の座を確約する者であるのならば願い下げだ。」

「……。そうか。…………では、話を変えよう。魔神がそのガラシスを牛耳っているとしたら何とする?」


 己の言葉に或いはショックを受けるかと思われたテレジアだが、何かを思案する様に視線を彷徨わせ、そしてお伽噺とでも言うべきとんでもない話を振って来た。


「魔神器ではなくか? 戯言と片を付けたくなるが……。」

「黄金の炎ケイスファウラ、お主の部下にも因縁があるレヴェ統一連邦の魔神器暴走事件に関与している筈だ。魔神器などと言っているが、死んでいない魔神が器に魂を移すなど意味がないからな、幻体だろう。そして、暴走ではないな、意図的に人々を殺して回った。」


 テレジアの言葉に、アルグラーフは目を瞠った。

 その情報は秘中の秘であった筈、ギルスラはアリアを知らない以上、本来ならば知る術の無い情報を彼女は提示した。

 そして、公表されている事件に関しては、ギルスラと同じ見解を告げたのだ。


「どうしてそれを……。」

「知らぬ娘がお主の傍にあれば一応調べる。そして、事件は新聞に載っていた。帝国図書館は過去の新聞も取っていてくれるので有り難かった。唯一の生存者の名前と年齢が分かれば、後は簡単に推察できよう?」


 告げてから、テレジアはぐっと顔をアルグラーフに近づけて、囁いた。


「共に魔神を殺そう。ガラシス王家の動きがおかしくなったのは連中が来てからだ。……魔神がガラシスに居る限りアマルヒ帝国も国防上の不都合が生じ続けるぞ?」


 囁き終われば彼女は微かな笑みを浮かべて身を引いた。

 共に魔神を殺す、今はまだそれだけで良い。

 その後に王家の所業をアルグラーフが見聞きして、それでも王家を許すとなれば致し方ない。

 だが、そうでないとなれば……。

 彼の性格上、どちらに転ぶかはまだ定かではないが、何方にせよ求婚は続けようとテレジアは密かに思い、アルグラーフの答えを待った。


 程なくしてテレジアの満足が行く答えが返ると、彼女は懐から小さな小箱を取り出して同盟の儀式を行うと厳かに告げた。

 アルグラーフは静かに頷きを返した。

 荒唐無稽、そう笑って退席しても良かった。

 だが、何かが……アルグラーフの内にある何かが叫んでいる。

 魔神を殺せと。

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