会談へ
バードルフに呼ばれたアルグラーフとアリアの二人が司令室に足を踏み入れると、早速作戦についての説明が始まった。
先ほどまでガラードら三名が座っていたソファにはアルグラーフが座り、残りの者はその背後に立ち並んだ。
一方のバードルフは動かずアルグラーフの対面に座ったままで、その背後には魔神器たるロディアとソルファが控えていた。
挨拶を終えれば、バードルフは丸メガネの位置を直しながら、語り始めた。
今回の作戦とその意義、そして事の発端を。
バードルフとテレジアが言葉を交わしたのは1月の終わり。
帝都襲撃事件で帝国の上層部が慌ただしい時期にテレジアがコトゥ要塞に姿を見せ他のだとバードルフはアルグラーフに語った。
バードルフは、依然テレジアと戦ったことがある。
と言っても、一騎打ち等と言うバードルフ曰く馬鹿げた戦いではなかったが、それでもその戦いぶりや指揮ぶりを見ていたらしい。
その彼が下した当時の評価は、何も持たない奴であったそうだ。
「惰性で生きている、そんな奴に思えた。有能ではあったし、良く兵士を助けていたがな。自身に対する無頓着が見て取れた。罠に嵌めやすいタイプだったよ。」
バードルフの戦時中のテレジアに対する評価は、あまり高くはない。
生きようと足掻くからこそ、時に恐るべき成果を上げるのだ。
惰性で生きているような奴は、余程の有能でなければ怖くはないと言うのが彼の持論だからだ。
しかし、アルグラーフはその評価と自分の記憶が合わない事に気付いていた。
あの女は、そんな生易しいタマだろうか?
その疑問を感じ取ったのか、バードルフは軽く笑い、まあ続きを聞けと言葉を重ねる。
そのテレジアが、態々このコトゥ要塞に顔を出したのだ。
バードルフは当然、当惑した。
アマルヒとガラシスは停戦後ずっと冷え込んだ関係が続いている。
ましてや、ガラシス軍と思しき者が帝都を攻撃したのだ。
その関係は過去最悪を更新したと言って差し支えは無かった。
だからこそ、軍内部で分裂を起こしているらしい事は、放っていた諜報員や、帝都でアルグラーフが齎した報告から知ってはいた。
その一方がアマルヒに手を貸すと言ってきても不思議ではないが、それは外交筋に言うべき事だ。
何故、一要塞司令官に告げる必要があるのか。
そう語るバードルフは何処か愉快そうに、口元を歪めた。
如何にも悪い癖が出たな、とアルグラーフは話を聞きながら内心息を吐き出した。
テレジア・ヴァルストーム伯は、バードルフと言う人間が興味を惹く話題を振ったのだろう。
例えば、ガラシスに帝国寄りの新政府を打ち立てる話とかだ。
安全保障上の脅威が消えるのみならず、新政府に貸しを作れるのは大きい。
元から現王家は完全に敵対している相手、多少ちょっかいを掛けた所で何ら誹りを受ける謂れは無いのだ。
停戦中に一方的に攻撃をしてきたのは、あちらなのだから。
バードルフならばそこに旨みを見出すのは当然の流れだ。
バレても痛くもない陰謀、策略ならば躊躇なく仕掛けるのがバードルフと言う男。
最も、痛みが無いとはいえ相応の準備が必要になる。
無駄を嫌うバードルフの事だ、何の勝算もない策に手を出すほど愚かではないし、何よりテレジアと言うガラシスの人間の言葉を信じるに足る何を見出したのか、アルグラーフは気になった。
「ガネス少将、閣下は何故、あの女を信じる気になったのですか? 敵国の貴族を。それも、自身の見立てでは何もない筈の女を、何故に?」
「信じられん事だが、あの女の中身はお前で一杯だからだよ、バンデス卿。いや、昔のよしみでアルグラーフと今は呼ぶか。……当初はその思いは借り物なのだと思った。お前の魔神器ギルスラの物だとな。何も無かった女にギルスラの思念が流れ込み、体でも乗っ取ったのだと考えたが……。だが、あれは別物だ。あの女自身が到達した境地だ。ギルスラを通して見たお前、自身の目で見たお前、その双方をあの女は愛してやまない。」
真面目な表情で、色濃い青色の瞳をアルグラーフに向けてバードルフは声音を落とす。
あの女のあり様、そのあり様は狂気染みていたが、確かに後輩である男に対する想いもあった。
恋慕であったり、思いやりであったりと言った正の感情を臆面もなく語ったテレジアと言う存在に、バードルフは警戒しながらも惹かれる物が在ったと静かに語る。
「それに、あの女一人で相当にヤバい戦力だ。俺一人では抑えきれないのは確実だな。だが、そんな奴が条件次第では友好関係を結ぶと言う。これに乗らない手もあるまい?」
一方では、その戦力が問題であるとも語る。
そのような存在を後輩に押し付けるのかと言った所で彼は気にも留めないだろう。
政略結婚など昔から行われていたではないか、そう言うだろう事は簡単に想像がついて、アルグラーフは抗弁を諦めた。
それに、何処か浮ついたような心地すら覚えたのである。
その事に気付く前に、バードルフは話を続ける。
「どちらにせよ、お前に拒否権は無い。会うだけ会え。その後の事までは確約していない。それに、良い機会だろう。好い加減に戦前の頃のお前に戻って貰わねばならん。」
今回の事がどう転ぶにせよ、転機にはなるだろうと肩を竦める士官学校の先輩を、アルグラーフは微かに眉根を寄せて見やったが、結局は何も言わぬままに話し合いは終わった。
その後、話はアリア・マルクラム准尉が『暫定大尉』に任命された事に移る。
当人以外はそれで良いだろうと言う話になったが、当の本人は慌てふためいた。
が、それも上からの命令であれば受けざる得ない。
アリアは不安そうな面持ちのまま、最後まで抵抗していたが、最終的には折れた。
縦割り社会では、一度下った命令は中々覆せないと身をもって体験した形だろう。
ぐったりとした様子を見せるアリアは少し可哀そうではあったが、他の三人は確かに危ういところがある。
これも、一つの機会と捉えてアリアには頑張ってもらわねばと内心考えているとバードルフは、可笑しげに肩を揺すりながら告げた。
「何事も経験だ、准尉。それに、文句があるならば、バンデス中佐に言うと良い。停戦のあの日以来、部下の再教育も放棄していたのだからな。」
冗句交じりの忠言は、流石に耳が痛かった。
確かに長い事やるべき事をやって来なかった気がする。
その埋め合わせを年若い部下がする羽目になったと思えば、申し訳なくもなる。
「耳が痛いですね。しかし、一番若い部下に苦労を掛けさせているのは事実。今の在り様では到底紳士とは呼べませんね。」
すまないが、三人のサポートを頼むとアリアに声を掛けてアルグラーフは立ち上がった。
余り会話すら交わした事の無いアリアは、上官が今までにない反応をしてきたので、少しどももりながら、善処しますと答えた。
その様子をバードルフは口元に笑みを浮かべて見守っていた。
……アルグラーフ小隊の面々はコトゥ要塞に数日滞在の後に、テレジアが指定した会談の場所へと向かう事になった。
会談の場所はガラシス国内ではあったが、コトゥ要塞からもほど近い小さな村である。
そこに流石に馬車で向かう訳にもいかず、歩いて向かう。
西方の果ての国ズフタフに向かう魔族を信奉する信徒に化けての道行きならば、然程目立つ事は無い。
例えばその中の一人がフードを目深にかぶっていても、だ。
そして、時が来る。
帝都での僅かな邂逅は夢か現か良く分からない状態であった。
だが、今度は違う。
幾つかの事件と情報が、彼女が現実の存在であるとアルグラーフに教えている。
テレジア・ヴァルストーム、アルグラーフにとって良しにつけ悪しきにつけ運命の女である彼女は、満面の笑みを浮かべて彼を待っていた。




