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英雄アルグラーフ 対 魔人テレジア  作者: キロール
密談
12/15

コトゥ要塞の主

 アルグラーフが今率いるのは、嘗て戦時に率いたバンデス大隊や平時に勤めた魔装化歩兵教導隊に較べようのない小規模な部隊。

 本来ならば、大隊規模を率いていた中佐の階級にある者であれば、相応の部隊を任されている筈だ。

 だが、構成人数が自身を含めて僅かに五人と言う、班とも呼べる規模の部隊を率いる事は降格人事でしかない。

 軽度戦争病との診断を盾にしたと言われるこの人事を、アルグラーフが受け入れたのには訳がある。


 それは、反乱分子として逮捕投獄されるはずだった部下の自由と引き換えにしたのだ。

 アルグラーフにしてみれば、あの騒ぎは己の不徳とする所。

 部下を責めるのは筋違いに思えたのだ。

 その主張を軍部が認めるはずもなく、軍の上層部と揉めて、そこまでの縮小される筈の無かった規模にまで彼の指揮権は縮小されたのだ。

 軍部としてはそこまで守る価値があるのかと突き付けた形であるが、アルグラーフが受諾してしまえば、匙を投げるしかなかった。

 宰相の口利きもあり、アルグラーフの三名の部下は今も自由を得ていると言う訳である。

 しかし、それは、与えられた側からすれば居た堪れない物だ。


 ガラード・コーンウェル中尉、カルサ・カマナ中尉、アイヴァーン中尉の三名は、停戦合意の報がもたらされたあの日、部隊の副隊長であったギルスラと共に反旗を翻した。

 ガラードとカルサは共にライフル歩兵中隊の所属であり、ガラードは歩兵突撃部隊の指揮を、カルサは狙撃兵部隊の指揮を執った。

 ライフル歩兵中隊の隊長スウェンは、緒戦の無理な大規模反攻作戦の最中に戦死している。

 将官クラスの補充が無いままに戦闘を続けた為に、この二人がライフル歩兵中隊を指揮することになった。


 アイヴァーンはガラハーと呼ばれる巨人族の末裔であり、姓を持たない。

 その彼が指揮していたのは『魔道鎧マジックアーマー』と支援歩兵からなるアーマー中隊である。

 本来中隊規模の指揮権は大尉クラスが担うが、戦争の直前にアーマー中隊の中隊長が辞職して、魔道鎧マジックアーマーの指揮を担当していた彼が暫定的に中隊全体を指揮することになった。

 そして、そのまま戦争に突入したために、アイヴァーンが正式な中隊長となったのである。

 故に、階級は皆同じでも席次で言えば彼は他の二人よりも高いと目される。


 その三名に加えて、成績優秀ながら戦場を知らない才女のアリア・マルクラム准尉の計四名がアルグラーフ小隊の構成メンバーだ。

 彼らに隊長のアルグラーフを加えた5名が帝都より北西のコトゥ要塞に出立したのが1月も終わりの頃合い。

 彼等の目的は、コトゥ要塞からガラシス王国に潜入して現地の状況を把握することである。

 そして、それとは別にテレジア・ヴァルストームとアルグラーフの会談も秘密裏に進められていた。


 道中は帝国領内であれば、別段変わったことは起きなかった。

 コトゥ要塞に至る途中で通る街々にもモフィン中毒者が散見され、彼等の心に影を差すのも、帝都に居る頃と変わらない。

 いや、素朴な田舎町ですら帰還兵以外が中毒者になってるのを見てしまえば、その影は一層濃くなる。

 この先の事を考えれば、ガラシスと戦争を繰り返すような馬鹿な事態だけは避けたいのは事実。

 だが、宣戦布告もなく戦場以外を標的にした強襲を見過ごす事だけはできない。

 ここで対応を誤れば、他国の武力介入すら招く。

 泥沼の状況を作らぬように、しかし、償いをさせるのは容易ではない。


 そこに齎されたガラシス二分の報告は……状況を好転させる可能性を秘めた需要事。

 その二分している一派の頭目の呼び出しとあらば、アルグラーフが向かわねば話になるまい。

 そう覚悟はしているが、アルグラーフはどうにも彼女が苦手であった。

 それが彼女自身に起因するのか、アルグラーフが彼女を美しいと思えたからこそ、ギルスラに対して背徳感を覚えたためかは分からない。

 それに、或いは彼女は……等とあらぬ妄想に駆られる自分が情けなくも思え、頬杖をついて馬車の外を流れる景色をアルグラーフはただ眺めていた。

 同席する四人の部下は、その様子を一言も発さずに見守っている。

 精力的に動き出したのは良いが、まだ精彩を欠く上司を苛立つような思いで見つめるのは三名の戦場帰り。

 茫洋とした印象しかなかった上司が、明確な意思を見せて動き出したことに驚いている戦場を知らない一人。

 馬車の旅路は、静かな時間が大半を占めていた。


 目的地付近に辿り着き、暫く進むと漸く彼ら行く末に見えてきたのがコトゥ要塞だ。

 そこはコトゥと呼ばれる小高い丘に構築された堅牢な要塞だ。

 砲撃戦に備えた要塞は低く平べったいが、小高い丘の上に立つため、当然射撃では攻撃側の優位に立てる。

 その上に、ここの要塞司令官はバードルフ・ガネス。

 保持魔力位階が4=7(フォー セブン)フィロソファス位階でありながら、守護騎士にまで上り詰めた稀代の戦術家である。

 その戦術眼と癖の強い性格を気に入った魔神器ソルファとロディアの2体の魔神器保持者でもある。

 そして、アルグラーフ・バンデスの士官学校時代の先輩であり、良き理解者。

 その彼が、テレジアとの会談を勧める以上は、何かしら意味があるのだろうとアルグラーフは思うのだが、如何にもテレジアと言う女に感じる思いが、自身の中で定かではなく困っていた。


 コトゥ要塞に至る道すがら、その両脇に広がる数多の塹壕と鉄条網は3年前に終わった戦争の名残を未だに示している。

 バードルフは、敵の大攻勢の情報を誰よりも先んじて手にして、元から割り出していた要塞攻撃に恰好な位置に、大量の地中火薬を埋め込んでいた。

 敵が所定の位置につき攻勢が始まっても容易に爆破せず、ひきつけて、ひきつけて絶好のタイミングで爆破させて数多の敵将兵の骸で壁を作ったと言われている。

 ガラシス軍は恐怖を込めて『悪夢の壁(ナイトメアウォール)』と呼んだと言う逸話は有名だ。


 戦場を知らないアリアですら、その逸話を知っているのだから相当に広まった話である。

 その逸話と新聞記事でしか知らない人物との対面は、彼女にとっては非常に緊張するものなのだろう。

 他の者には顔が少し青ざめているように見えた。

 だが、顔に緊張の色を出すのはアリアだけでは無かった。

 アルグラーフ以外の者は全員緊張していた。


 アルグラーフ一行を迎え入れたバードルフは、歓待の意思を示して宴を開いた。

 戦時下に無くとも国境近くの要塞でのこと、華やかさは無かったが十分なものであった。

 要塞勤めの兵士達もご相伴に預かり、一時仕事を忘れて楽しんでいたようだ。

 無論、非番の者に限った話である。


 所が宴の騒がしさに包まれながらも、ずっと緊張を強いられている者達がある。

 本来は主賓側のアルグラーフの部下であり、反乱騒ぎを起こした三名、ガラードとカルサ、それにアイヴァーンだ。

 彼らを絶えず監視するのは魔神器の一つ、刈り取る者ロディア。

 アマルヒ帝国陸軍の将校服に軍帽と言う戦時と変わらぬ姿の、短い髪の所為か一見少年にも見えるこの存在は、彼等の動きを絶えず観察し、見定めており、その行為を隠そうと言う努力すらしなかった。

 一方では、貫く者ソルファは女性将校らしく軍の礼装を纏い、主賓であるアルグラーフをエスコートし、アリアと談笑したりもしている。

 この差は要塞司令バードルフの彼等への感情に直結している。

 バードルフという男は、裏切り行為が嫌いなのだ、正確には帝国の利にならない裏切り行為が、だが。

 

 十分に緊張を強いられた挙句に、件の三名は一足先に司令室に呼ばれた。

 しかし、一般的な兵士であれば酒を飲んでも飲んだ気にならない過度のストレスに晒されていながら、彼らは平然ともしている。

 平時の退屈に比べれば、これでも良い方だと考えている節があるのだ。

 それを見抜いてか、司令室に入ってきた三人に向かって、三人掛けのソファに一人で寛ぎ、尊大な様子で足を組んでいる要塞司令官は開口一番に告げた。


「呼んだ理由は分かっているな? 俺は友達が少ないからな……その友達に危害を加える輩は気に入らんのだ。……だが、嫌がらせはこの辺にして本題に入るか。」


 要塞司令官バードルフ・ガネス少将は三人に自分の体面に座るように促した。

 金色の髪を後ろに撫でつけて、縁の薄い丸眼鏡をかけた中肉中背の男を、初対面の者は守護騎士とは思わないだろう。

 だが、眼鏡の奥の深い青色の双眸を見やったガラードは、底なし沼のような印象を受けて、そっと視線をそらす。

 宴の席での、あの扱いは嫌がらせ以外の何物でもなかったが、目の前の男が怒りを露わにするよりはマシだと本気で思える。

 奇妙にねじれた目の前の男は、底が見えずに恐ろしいのだ。


「……ギルスラは死に、我が後輩は責任をとり降格人事。だが、元凶の一つであるお前らは如何だ? 未だに軍務についている。」

「はっ、返す言葉もありません。」

「ふん、多少嫌味を言われた方が落ち着くだろう? バンデス卿は責任を背負いこみ過ぎるからな。正直今更お前らを如何こうしようとは思わん。後輩の顔にこれ以上泥を塗る気もない。」


 即答したアイヴァーンに視線を向けて、バードルフは一つ毒づく。

 だが、彼らはそれが今は有難かったのだ。

 怒りをぶつけられた方が楽な時があり、目の前の男は迂遠な形だがそれを示した。

 三人はこのまま任務を解かれて投獄されても文句は言えない立場だが、目の前の男はすぐに話題を変えた。

 バードルフは組んでいた足を直して、僅かに身を乗り出せば努めて冷静に言葉を続ける。


「お前らは、罪の意識で無理をしそうだからな……。釘刺しだ。勝手に死のうとするなよ。お前らがガラシスで死んだら、アルグラーフは心底怒るだろう。そうなれば、今回の任務は終わりだ。……再び戦争を起こしたいならそれもありだが。その場合は俺が地獄の底でも追いかけて償わせてやる。」

「死にたい訳はありません、閣下。」

「お前が一番怪しんだよ、ガラード中尉。だから、お前らの手綱を握るために推薦しておいたのだ。こんな形で役に立つとは思わなかったが……。」


 目の前の男は、過去形で何かを語った。

 推薦? と小さくカルサが口内で呟く。

 ガラードは口元を歪めて、髪を掻き毟る。


「あんた、まさか。マルクラム准尉を……。」

「今作戦に限り、彼女は暫定大尉だ。そう心得るように。これについてはあちら側も了承している。なに、アルグラーフも了承するさ。お前ら危ういからな。」


 恨めしげな視線でバードルフを睨むガラード、軽く頭を振るカルサ、そして不意に笑い出してしまったアイヴァーン。


「そうだ、アイヴァーン、可笑しければ笑え。この中ではお前が一番安心だな。とは言え、裏切りに二度目は無い。次は俺が殺す。分かったな?」


 にやりと笑えば、バードルフは右手を軽く掲げてパチリと指を鳴らす。

 不意に背後からロディアが身を乗り出して、お呼びですかと問うても驚く事無くバードルフは指示を伝える。


「アルグラーフとマルクラムのお嬢ちゃんを呼んで来い。作戦概要の説明に入る。」


 そう言って、コトゥ要塞の主は少しばかり可笑しげに唇を歪めた。

 その光景を見てしまえば、この男がここに居る限り要塞は落ちることはないと言う妙な確信を三人は抱いていた。

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