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第十七章 ミミシュへの質問、ファボのお迎えと同伴者達、ザギとビブの次の段階

 ミミシュが目を覚ました時、辺りは暗くて、どこにいるのか全く分からなかった。どことも知れない小屋の中だとは分かったが、床に仰向けに寝かされ、手足こそ縛られてはいなかったが、体はひどくだるくて力が入らず、身じろぎ一つ出来なかった。

 瞬きして首をわずかに傾けると、目の前にグリラがいた。ただそれだけで気を失う直前までの出来事を思い出し、寝起き直後の眠気は尾を引かなかった。

「お目覚め?これから大事な質問をするわ」

「ここはどこ?あなたは私をどうするつもりなの?」

「目が醒めてないようね」

 グリラはおもむろにミミシュの右手首を掴むとぐしゃりと砕いた。

「ぎゃあああぁっ!?」

「質問よ。答えなさい。あなたからクルトを誘惑したの?それとも彼からあなたを関係に誘ったの?」

「なぜ、そんな事を訊く?て何を止めろ止め止めろおおぉぉっ!」

 ぎりぎりぎりりりりばきばきばきぱきめしゃ!

 グリラがミミシュの左手首も掴んで、ゆっくりと力を加えて砕くと、ミミシュは絶叫したが、グリラはただ問いを繰り返した。

「答えなさい。どちらから関係に誘ったの?」

「ぎぃぃぃっっ、き、聞いてどうする?!」

「答えなければクルトを先に殺してきてあげてもいいわよ。いえ、彼の家族から先に殺してあげた方がいいならそうするけど?」

 それはそうと、とグリラはミミシュの両足首も掴んで一息に砕いた。ミミシュの脳髄の中は激痛だけで満たされて絶叫し続けた。

「ガルドゥムにあなたをあげるのは確定事項なの。あなたは自分以外の何人かを無駄に死なさない機会を与えられているのだけど、あなたの愛人と同じようになりたいの?」

 ミミシュは歯を食いしばって何とか痛みを押さえつけて答えた。

「どちらでもない!ただ、お互いがお互いを欲しいと思っただけだ!」

「クルトにはもう妻子がいた。あなたもそれを知っていた」

「奥様も、私達の関係を知っていた!認めて下さっていた!」

 グリラは、汚物でも見る目つきでミミシュを見下し、冷たく言い捨てた。

「なるほど、けがらわしい。ガルドゥムがあなたを心底軽蔑してけがしたがっていた訳だわ。納得」

「私はあなたの質問に答えた!だから旦那様や奥様やお子様達には手を出すな!ぅぎゃああああっ!?や、やめって、ひぎ、ぎぃぃぃやあぁっっ!!!」

 グリラはミミシュの両肘と両肩の間接を次々と蹴り砕いた。ミミシュの叫びはもはや声にならなかった。

「あなた、ガルドゥム君じゃ、クルトほどの満足を与えられないと罵ったそうね。でも彼に足りないナニかは私が足してあげる。その上で、普通では絶対に得られない快楽の世界があるのをあなたに教えてあげる。あなたを、彼や、私抜きでは生きてはいけなくしてあげる。嬉しいでしょう?嬉しい筈よ。あなたが求めているのは肉の悦楽だけなのだもの。だからあなたが求めている以上のものを与えてあげるわ」

 ミミシュは、悟った。自分は壊されると。狂わされ、今のままの自分ではいられなくなると。癒し手でもあるミミシュを前にして無駄な抵抗とは分かっていたが力を振り絞って舌を噛み切ろうとした。が、寸前に顎から力が抜けたかと思うと顎が外されていた。

「だいじょうぶ、今は芋虫みたいな状態かも知れないし痛みしか感じていないかも知れないけれど、具合が良くなってきたら治していってあげるから。うふふ、楽しみ。あなたが自分から彼を求めるようになる瞬間が。その時のあなたの表情が!」

 ガルドゥムがミミシュの視界に入ってきたが、彼の体つきはミミシュが見覚えのあるものより一回り以上逞しくなっており、全裸だった彼のソレは・・・。

「喜んで迎え入れなさい。好きなんでしょう?」

 ミミシュは否定するように首を左右に振ったが、グリラもガルドゥムも彼女に拒否する権利を与えず、彼女ミミシュという存在をじわじわと溶かし尽くし、ぐずぐずに壊していった。



 同じ頃、トウイッチの樹の側に張ったテントの天井を眠れずに見つめ続けていた二人の男の内片方が、もう片方に胸の内のわだかまりをぶつけた。

「テューイさん、起きてますよね?」

「・・・ああ」

「どうして、グリラを、あなたを愛していた人を裏切ったんですか?」

 テューイは一呼吸間を置いて、隣に寝袋を並べて暗闇の中自分を睨みつけている青年を見やって答えた。

「理屈じゃないんだ」

「そりゃ、あんなに美人で、人格が歪む前のグリラから目移りする程で、世界一の美女かもと評判の高かったサラ王女とエミリー様の母君ですから絶対的に美女だったんでしょうけど、でも、でも・・・!」

「言いたいことは分かる。俺でも他人が俺と同じ事をしてたら止めるかも知れない」

「だったらどうして!?」

「言ったろ?動いてしまった気持ちは、もう、それはそれで誤魔化す事なんて出来ないんだよ。誤魔化したままグリラとよりを戻せば良かったのか?それこそ彼女に対する最大の侮辱で裏切りだよ」

 ファボは一瞬怯んだが、すぐに言い返した。

「だとしても、ぼくはあなたのした事を認められません。絶対に。ぼくなら、好きになった人と両想いになれたなら、絶対に自分からは裏切りませんから」

「そうするがいいさ。その方が幸せになれる」

「どうせぼくにはそんな人が現れないと思ってるんでしょう?」

「知らん」

「ええそうでしょうよ。あなたみたいに人生余裕で世界一美女かもと呼ばれてる女性を複数弄んだ人からすれば、ぼくの悩みなんて地中のミミズの糞以下の存在でしょうね!」

「知らん。俺が君に言えるかも知れない言葉があるとしたら、自分の気持ちに嘘はつくなって事だけだ」

「そうしますよ。言われなくても!」

 ファボはふてくされたように背を向けてしまった。テューイはファボに聞かれないくらい静かなため息をつき、今一度眠れないかどうか瞳を閉じてみたが、やはり眠りに落ちる事は叶わなかった。



 さらにその数時間後、夜空の際も白み始めた頃。

 トウイッチの森から一番近いエンブレースという小さな町から一台の荷馬車が出立しようと準備を進めていた。

「荷台の方の準備はいいぜ、ツンブラ兄さん。物も人もね」

 馬達に取り付けられた轡やベルト、手綱の具合を確かめていた30歳くらいの貫禄のある風体の男は、自分に声をかけてきた弟にうなずいて見せると、御者台に登り、自分の目でも荷台に乗せられた物と人の様子を確かめた。

「普段立ち寄らない所だからこそ買い付けの好機とも思ったが、特別な物は無かったな。やはり貴族のお嬢様達相手でないとお前の舌は良く回らんか?」

「失礼な。この町に来て三日で周囲の村々を回ってめぼしい物を買い付けては来ましたけど、いつものお得意様達に卸せるような物が無かったのは事実ですが」

 買い付けてきたのは麦や野菜などの余剰農作物ばかりで、いくつもの麻袋や大箱に納められていた。荷馬車の後ろの端には二人の冒険者が腰をかけ、ツンブラとイングレスの視線に気が付いて小さく手を振った。

 ツンブラは軽くお辞儀を返すと、隣に座ったイングレスに言った。

「そのお得意様も今ではどこでどうされているのだか分からない方が大半になってしまったが」

「新興とはいえ、勢いのあった国が一つ無くなってしまったのだから。まったく、うちにとっては本当に災難でしたよ」

うちという商家ではなく、お前個人のお得意様と切れてしまった事の方をお前は残念がってないか?」

 笑いながら手綱を裁いて馬を走らせだしたツンブラに、イングレスは抗議した。

「商家としてのウェブ家の受けた打撃が小さくなかったとは言わせませんよ?」

「それはそうだが、だからといってうちはモーマニー商王国を構成していた七大商家から見れば格からも規模からも二つ三つ落ちるからな。しかしこうして帰ってこない三男を探しに出かけるくらいの余裕はある」

「そこに行きずりの同行人て形ではあるにせよ、護衛の冒険者二人を雇うくらいの余裕もね」

「それがお前の買い付けで一番大きかった収穫だな」

「違いないかもね。昨日はあの大雨の最中、トウイッチの森の方から火の手が上がっていたという話もありましたから」

 二人はどちらからともなく後ろを振り返り、馬車の荷台の端に腰掛けている二人の冒険者の背中を見て小声で囁いた。

回帰教リターネルの示教様なんてな」


 御者台の二人の商人から何となく噂されているのを感じた助教のラヌカルは、自分の隣に座って足をぶらぶらさせている示教のアビエトにつぶやいた。

「また何か噂されてますね」

 アビエトと呼ばれたまだ二十歳前に見える女性は、背後を振り返ろうともしなかった。

「放っておきなさい。彼らは、我らの為に創造主が遣わして下さった手助けなのでしょうから」

「あちらはこちらをそう捉えているでしょうけどね」

「それはそうでしょう。トウイッチの森は、危険が存在しない筈の場所です。何人たりとも、それが例え魔物であろうと、無闇に立ち入り荒そうとはしないいわば聖なる地。そこから大きな火の手が上がったともなれば、不安に思うのは自然でしょう」

「ましてや彼らの弟さんが巻き込まれているかも知れないとなればですね」

「はい。しかし我々にとっては好都合。それだけかの森で大きな異変があったのだとすれば、トウイッチ様がいらっしゃられる可能性も高いのですから」

「はい。確かに滅多に無い好機です!我々の信徒仲間でご尊顔を拝謁できたのはもう七年も前ですし」

「避けられてますからね。私達」

 くすりとアビエトは笑い、つられてラヌカルもにっこりと微笑んだ。


 同じ頃。

 トウイッチの樹から少し離れた焼け野原の傍らで、テューイは素振りをしていた。<穀潰し>を本来の重さから徐々に重くして、二倍、そして三倍の重さで回数すら数えず、新しく付けられた親指を全身に馴染ませるように、ただひたすらに長大なハンマーを振り上げ、振り下ろし続けていた。

 太陽が森の梢の先に顔を出した頃になって、ザギがテューイを探しに来て、その素振りをじっと見つめた。テューイももちろんザギが来た事に気が付いていたが、互いに言葉を交わさぬまま数分が過ぎ、先にテューイが根負けして<穀潰し>の頭部を地面に下ろし、ザギに声をかけた。

「朝食が出来たとかで呼びに来たんじゃないのか?」

「まぁ、そうなんだけどな。リーは、エミリーはあんたと一緒に居たくはなさそうだったし」

「それは無理も無いが。気を利かせて俺の分を運んできてくれたって訳でも無さそうだが?」

 腰にハンマーを下げている以外、ザギは手ぶらだった。

「そんな事よかさ。テューイのおっさん、あんた昨日本気だったのかよ?」

「何故そう思った?」

「何となくだよ。昨日、グリラは少しだけ本気出してた。あんたは一方的に殴られて吹っ飛ばされてた。あんなザマで、グリラのおばちゃんとあんたがほとんど同等にり合えてたなんて思えない」

 テューイは、感心したようにザギを見つめて、そして肯定した。

「確かに、両手の親指を落とされて<穀潰し>を落とさないように意識を割いてた所に、エミリーの首が目の前で落とされかけたんだ。それでも何とか<穀潰し>は取り落とさなかったが、グリラがガーポの大盾から奪った<魔封じの宝珠>を取り付けたサックにしてやられた。全力を出せていたかというと、出せていなかっただろうな」

「じゃ、それ見せてくれよ。ちょっとでいいからさ」

「今ここで君と闘っても君の糧にはなるまい。それよりは、重力を操れる武器を持つ事の意味を、そして出来る事を見せておく方が大きいだろうな」

 テューイが<穀潰し>をザギに向かって構えてみせた途端、昨日も感じたような重みが全身にしかかってきた。

「ぐぉっ!?これ、やっぱりおっさんのせいだったのか」

「そうだ。そして、逆の事も出来る」

「へ?」

 両肩に自分が何人か乗ってきたような重みを感じて何とか立っていたザギの身体が、突然地面から3メートル近く浮き上がっていた。

「ななななんだこれー!?」

 空中で手足をばたつかせて顔面から落ちていたザギの身体は、地面に衝突寸前で停止して、ふわりと降ろされた。

「何だよ今の?あんなの誰に対しても出来るなら無敵じゃねえか?!」

「そう単純な話でも無い。グリラは俺の視線からその範囲を割り出して効果をかわしていたりもした。今はもう強行突破されてしまうけどな。だが、自分に対する制御であれば、例えばこんな事や」

 テューイは<穀潰し>を携えたまま近くの木の幹に足の裏をつけ、そのまま幹に対して身体を垂直に保ったまま歩いて上っていってしまった。

「こんな事も出来る」

 両膝をたわめ、幹を蹴ったかと思うと空中を矢のように飛んでまた別の幹を蹴り、ほとんど目に留まらぬ速度で縦横無尽に飛び回った。最後にひときわ高く飛び上がると、焼け野原の地面に対して大きく<穀潰し>を振りかぶり、全力で振り下ろした。地面は<穀潰し>に打たれた地点を中心に直径10メートルほどが大きく陥没した。

「おいおいおい、ふざけんなよ!そんな真似出来んのにグリラに負けてたのか?!」

「あいつがどれだけ強いかはお前も昨日垣間見た通りだ」

「だからってよ、そんなんじゃ誰だってテューイのおっさんと正面切って戦おうなんて思わなかったんじゃねえの?」

「だからこそ<穀潰し>なんて変なあだ名をこの武器は付けられてしまったのさ」

「創った本人としてはかなり不本意な名前だけどね。もうそれで定着してしまったし、不名誉な由来じゃないから構わないけど、焼け野原はこれからビブが再生させて元素オルガ操作の実地練習するんだから、今以上に荒らしてくれるのは嬉しくないかな」

「ザギの教練を任されてたのは俺だろ?なら俺のやり方でやらせてもらうさ、トウイッチ」

「まったく朝食にいつまで経っても来ないから様子を見に来てみれば、やっぱりって感じだね」

「でも、一種類の力の操作だけでも何が出来るかは見れたろう、ビブ?」

「確かに参考にはなりましたけど」

「じゃあ、これからフーメルのお葬式にも参列しなきゃいけないから、ぼくも軽く見せておくよ。お手本をね」

 トウイッチが焼け折れて黒焦げた樹の根に手を触れ、掌を包んだ輝きを木の根に流し込むと、木の芽は幹に、幹からは縦横無尽に梢が伸び、その先から枝葉がい繁った。

 驚いて木の幹にぺたぺたと触ってそれが幻でない事を確かめているビブにトウイッチは言った。

「今ので初級くらい。がんばればグリラにも似たような事は出来るかもね。で、次は」

 トウイッチはテューイがこしらえた窪地クレーターに降りていき、その底に手を着き、窪地の縁までを先ほどと同じ輝きで満たすと、ぐいっと掌を引き上げる動作をして、ただその一動作だけで地面を元通りの状態に戻してしまった。

「これくらいが出来て中級」

 言葉を失っていたビブはトウイッチに尋ねた。

「ちなみに、<最悪の災厄>に勝つってのはどの程度になるの?」

「超々上級とか、その上とか。つまりぼく自身にも出来るかどうか分からないってくらいだね。あはははは」

 明るく軽く笑い飛ばすトウイッチにビブもザギもテューイも苦笑いした。そんな一同の元にファボがやってきて声をかけた。

「あの、グルルが来て、言伝ことづて残していきました。正午頃に、フーメルさんが育ててた畑に来て欲しいって。その傍らに埋葬して、お別れをするからって」

 

「んじゃ、それまでビブと、それからザギも、この世界の在りようでも見ておいてもらうか」

「どういう事だよ?」

「見てみれば分かるよ。この飴を舐めてみな」

 トウイッチはどこかから取り出した飴玉をザギとビブに手渡した。

「あー、たぶん立ってられなくなるから、そこの木の幹に手を突いてから飴を舐め始める事をお勧めするよ」

「これ舐めるとどうなるんだ?」

「ぼくの発明品なんだけどね。あらゆる元素オルガが見えるようになるだけだよ」

「そんなの、ておいビブ?」

 ザギが抗議しようとしているのを横目に、ビブは思い切って飴を口に含んでみた。そした舌先で舐めて転がしている内に、視界が無限通りのいろどりを持つ極小の小粒の何かに埋められていった。

「あ、あぁぁっ!?これは、これが、全部、元素だって?こんなの、空間全部を隙間無く・・・」

「そうだよ、ビブ。その扱いを君は覚えなくてはならない。そして君が修めようとしている薬毒の類も、最低でもこの飴玉のレベルに達していないとお話にならない」

 景色が変わり始める前に確かに見えていた筈の空も森も焼け野原も地面も手を突いている筈の木の幹でさえ極小の粒の固まりにしか見えず、天地の感覚さえあやふやになってビブは片膝を地面に突き、目を閉じてようやく平衡感覚を取り戻した。

「こんなのをどの魔法使いも認識して魔法を行使しているんですか?」

「そんな訳無いさ。彼らは自分が扱える元素の存在を感知してそれを集積して魔法と呼ばれる効果を生み出しているだけだ。ただし、君はそのレベルを越えていかなければお話にならない」

 ビブは自分が手を突いている木の幹、膝を突いている地面、それから頭上に広がっている空を見上げて、色合いの混じり方と粒の集合の分布の違いから、ようやく何がどの様に見えるのかを感じ取っていった。

 すぐ隣でザギが叫び声をあげて地面に倒れ込んだ音がして、ビブはその粒子の固まりがザギなのだと感知した。粒子の表層の奥には別の彩を持った粒子の群れが幾重にも蠢き流動し、ビブはそれが心臓や血液やそれらによって運ばれている何かなのだと察した。

「ななななん何々だよこれはー!こんなの見るのが<最悪の災厄>倒すのに必要なのか?!」

「もちろんだとも、ザギ。そうでないと、どんな元素でも扱えた筈のサラの魔法がなぜ<最悪の災厄>に一切通じなかったのかを理解出来ない。理解出来なければ君達もかの存在に殺されるしかない。だから君達は今見えている物の存在を見えなくても感知し扱えるようにならなければならない。その先にしか君達の未来は無い」

 倒れていたザギにビブは手を差し出して言った。

「ほら、つかまって、ザギ」

 ザギは驚いた事にビブの手をあっさりと握って立ち上がると言った。

「てゆーかありえないよな。こんなんが充満してる中で息吸って吐いてを繰り返してんだぜ?てことは」

「元素も取り入れてると考えないとおかしい気はするよね」

 二人の疑問にトウイッチは答えた。

「呼吸で取り入れられる元素もあるけどそれは全部では無い。それよりも今覚えておいて欲しいのはね、どの元素も基本的には全ての生命活動に必要な存在な筈なんだけど、全ての命が等しく有している筈の魂は、君達が今目にしている元素の中には含まれていないんだ」

「えぇぇっ!?そんなのあり得ないでしょう!?」

 ビブだけが驚きの声を上げ、トウイッチはさらに答えた。

「だろ?不思議だろ?だから死んだ存在を蘇らせる事は出来ないのさ。どんな微細な生き物や昆虫達でさえたやすく行っている筈の命を増やすという行為は、その入れ物だけ作っているのさ。中身は、ここでは無いどこかからか注入されてるんだ。今は、それだけを覚えてくれればいい。そしてそれが最も大切な鍵になるんだ」


「トウイッチもビブも何言ってるかちっとも分かんねぇけどよ」

 ザギはビブから手を離して地面に背中から倒れ込みながら言った。

「それが出来るようになればいいんだろ?だったら俺はなるぜ!」

 ビブとトウイッチの表情はどちらにせよ見えなかったのでザギは目を閉じて、ただ自分の周囲に在る、つい先ほどまで見えていた全ての存在を感じようとした。

 ビブは目を向けた対象の先に見える粒子の集まり具合の差からそれが何も無い空間なのかそれとも木や地面や生き物なのかを判別しようと努めた。

 そうして午前の時間は瞬く間に過ぎていった。



2015/10/22 誤字等の記述を修正

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