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あいの教室  作者: はの
2/11

第2話

 一時間目が終わった休み時間。

 せんせんがおそるおそる教室の扉を開けると、景と結友の喘ぎ声は聞こえなくなっていた。

 せんせんはほっと胸をなでおろし、職員室へと戻っていた。

 

 だが、景と結友は教室に戻って来ていない。

 大方、学校を抜け出して、外で買い食いでもしているのだろう。

 いつものことだ。

 仮にも進学校。

 景のふざけた振る舞いに不満がないわけではないが、教室にいないほうが私の心の平穏は保たれる。

 だから、これでいい。

 

 二時間目も、三時間目も、四時間目も、景たちは戻ってこなかった。

 

「小テストどうだったー?」

 

「無理無理。全滅ー」

 

 昼休み。

 私は珠絵衣と机を引っ付けて、お昼ご飯を食べていた。

 珠絵衣のお弁当は、相変わらず大きい。

 ご飯や唐揚げがたっぷりと盛られており、男子のお弁当だと言っても信じられる量だ。

 

 どうしてそんなに食べて細いのか。

 私は食べる手を止め、珠絵衣の腰回りを凝視する。

 そのまま、私の視線は上へと上がり、豊満な胸の位置で止まる。

 ここだ。

 間違いなく、全ての栄養がここに行ってるのだろう。

 

「……どうしたのー、愛ちゃん。ものすごーく、一点を凝視されてる気がするんだけどー?」

 

「いや、別に」

 

 私は視線を自分のお弁当へと移し、食べるのを再開する。

 ふりかけのかかった白米を箸で掴み、パクっと食べる。

 ああ、美味しいなあ。この栄養を体のどこへ使うか、自分で決めることができればなあ。

 なんて馬鹿げたことを考えていたら、珠絵衣の視線が私に向いていることに気が付いた。

 

「どうしたの?」

 

「愛ちゃん、唐揚げいるー?」

 

「珍しいわね。好物じゃなかったの?」

 

「好きなのは好きなんだけど、毎日山盛りに入ってたら、ちょっと飽きてきちゃって」

 

「ああ、なる」

 

 私は珠絵衣のお弁当箱を見る。

 二桁個あった唐揚げも、残り一つにまで減っていた。

 飽きたという割には食べ過ぎではないだろうか。

 

 それはさておき、唐揚げは太るから好きではないが、絶対に食べたくないというほどでもない。

 珠絵衣も困っているし、一つ食べるくらい差支えはないだろう。

 

「じゃあ、一つもらうわ」

 

「わーい」

 

 私は珠絵衣の提案に甘え、珠絵衣のお弁当箱に箸を伸ばす。

 が、私の箸が唐揚げに触れるより先に、横から伸びてきた指が唐揚げをつまみ、珠絵衣のお弁当箱から盗っていった。

 

「うまそー! もらうぜ」

 

 驚いた私と珠絵衣の視線は、唐揚げを奪った張本人へと向く。

 

「ちょ、あんた何勝手に盗ってんのよ!?」

 

 私は思わず立ち上がり、景に抗議する。

 しかし、景はもっしゃもっしゃと唐揚げを頬張り、ごくんと飲み込んだ後、完食したことを見せつけるように口を開いた。

 

「なんだよ。珠絵衣がいらねえって言ってんの聞こえたから、善意でもらってやったんだろ?」

 

「私にくれるって言ってたのよ!」

 

「誰が食べても一緒だろ?」

 

「一緒じゃないわよ!」

 

 景は私に見下す笑みを向けた後、珠絵衣の背後へと回る。

 そして、珠絵衣と顔の位置が同じになるまでしゃがみ、珠絵衣の肩へ手を回す。

 

「なあ珠絵衣、俺が食べても問題ねーよな?」

 

「え、えっと……。うん」

 

「ほらみろ。珠絵衣がいいって言ってんだから、この話はおしまい」

 

「この……!」

 

 珠絵衣の肩を撫でながら、景は私を見上げる。

 

 景は知っている。

 珠絵衣が、景に逆らえないことを。

 珠絵衣の父親の会社が、景の父親の会社から仕事をもらっているだとかなんとかで、珠絵衣の父親は景の父親に逆らえないらしい。

 その関係が景と珠絵衣にまで落ちてきて、この様だ。

 今時、そんな脅しが通用するのかと大人社会の闇を見たが、真偽がどうあれ珠絵衣が怯えている以上、私は何もできない。

 私は、ただ拳を強く握った。

 

 景は私から珠絵衣に視線を映し、鼻息がかかる位置まで珠絵衣に顔を近づける。

 そして、肩に回していた手を下におろし、珠絵衣の胸に触れる。

 

「ところで珠絵衣、腹ごなしの運動でもしねえか? 俺も、結友ばっか食ってたら飽きてきてよお」

 

「……っ!?」

 

 胸に触れた景の指に驚いた珠絵衣は、しかし声を挙げられないでいた。

 頭に血がのぼっていた私の堪忍袋は、咄嗟に即座に爆発した。

 

「いい加減にして!」

 

 私は景に近づき、景の顔面に向かってビンタする。

 

「おっと」

 

 が、景は立ち上がって私のビンタをやすやすと躱し、代わりに私の手首を掴んだ。

 胸を抱えて背中を抱える珠絵衣を見ていると、怒りがどんどん加熱していく。

 手首を掴まれたまま、私は景を睨みつける。

 

「あんた、何考えてんの!? 堂々とセクハラしてんじゃないわよ! 訴えるわよ!」

 

「ただのスキンシップだろ。珠絵衣が嫌だって言ったのか?」

 

「言えないの知ってんでしょ!」

 

「知らねえな。嫌って言ってねえんなら、合意の上のスキンシップだろ」

 

 私は胸を抱えて丸まった珠絵衣の背を、できるだけ優しく撫でる。

 少しでも、珠絵衣の気持ちが落ち着くように。

 

 景は、そんな私の様子を見た後、つまらなそうな表情を浮かべた。

 

 瞬間、私の顔面に拳がぶつかり、私の体は後方へと飛んだ。

 倒れる途中に後頭部を机の角にぶつけ、後頭部の痛みと机が倒れる騒音が、私の全身を駆け抜けた。

 

「愛ちゃん!?」 

 

 私が珠絵衣を助けようとした状況から一転、珠絵衣が私を助けようと私に近寄ってくる。

 

 だが、ぼやける視界が、私に珠絵衣の姿を認識させてくれない。

 珠絵衣の声と体温だけが唯一、珠絵衣を認知する方法だ。

 

「今回は、これで許してやるよ」

 

 景の、冷たい声が聞こえる。

 戻ってきた怒りが、私の目に力を戻す。

 ぼやけていた視界が、周囲の輪郭を捉え始める。

 一言文句を言ってやろうと上半身を起こすところまではできたが、声が喉から出てくることはなかった。

 

 私が最後に見たのは、スマホを取り出して教室を出ていく景の姿だった。

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