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あいの教室  作者: はの


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3/11

第3話

「おはよー」

 

 翌日、痛む頭を押さえながら、私は教室を歩いていた。

 私を見つけた珠絵衣が、心配そうに駆け寄ってくる。

 

「おはよう、愛ちゃん。痛み、まだ引かないの?」

 

「ええ」

 

 昨日の出来事にも関わらず、まるでさっき殴られたばかりの様に新鮮な痛みが、私に昨日のことを思い出させる。

 景の蛮行。

 珠絵衣を守れなかった自分。

 

「昨日はごめんね、珠絵衣。守れなかった」

 

 私の言葉に珠絵衣は驚き、私の肩をがっしりと掴む。

 

「そんなことないよ! 愛ちゃんがいなかったら、私」

 

 いなかったらどうなっていたか。

 珠絵衣は、それを口にはしなかった。

 しかし、私も珠絵衣も、きっと同じ可能性を想像していた。

 

 景によって無理やり関係を持たされた女子は、過去にもいた。

 

 思い出したら気持ち悪くなってきて、おまけに肩を掴んで体を揺らされているので、さらに気持ち悪くなる。

 

「珠絵衣、ごめん、酔う」

 

「あ、ごめん!」

 

 私の言葉に、珠絵衣が慌てて両手を離す。

 突然解放された私の体は、自由を謳歌するように全身から力が抜け、私の体は再び倒れた。

 運の悪いことに、近くにあった机にガツンと頭をぶつけるおまけつきで。

 二日連続で机に頭をぶつけるなんて、昨日と今日は厄日かもしれない。

 

「愛ちゃん!?」

 

 珠絵衣の悲鳴を聞きながら、私の視界にノイズが走る。

 頭に痛みが響く。

 

「保健室! 保健室連れて行くから!」

 

 力の抜けた私の体が珠絵衣によって持ち上げられ、私は珠絵衣の肩を借りながら保健室へと向かった。

 珠絵衣、こんなに力あったんだ。

 毎日唐揚げを食べているから当然か。

 なんて、しょうもないことを考えつつ、私は珠絵衣に引きずられていた。

 

「あん?」

 

 教室を出た時、珍しく始業時間前に登校してきた景と出くわす。

 珠絵衣は一瞬体をびくりと震わせるも、すぐに景から目を背け、保健室に向かって歩き始めた。

 私は景を睨みつける元気もなく、珠絵衣にひこずられるまま保健室へと向かった。

 

 すれ違った私の背後に、景の視線が刺さっている気がした。

 

「んなキャラだったか? ま、いいか」

 

 すれ違った直後、景がそんなことを呟いた気がした。

 

 

 

「愛ちゃん、大丈夫?」

 

 保健室のベッドに寝転ぶ私を、珠絵衣が心配そうに覗き込む。

 

「平気平気。ちょっと、くらっと来ただけ」

 

 私は珠絵衣を不安がらせないよう、ピースをしながら笑った。

 

「本当にごめんね。私のせいで」

 

「まったく珠絵衣のせいなんかじゃないよ」

 

 泣きそうな珠絵衣を見ていると、どっちが怪我人かわからなくなってくる。

 ベッドに顔を伏せて泣き顔を隠そうとする珠絵衣の頭を、私は優しく撫でた。

 

 そんな感傷的な場面をぶち壊したのは、煽情的な声。

 

「……ぁっ! あああああ!」

 

 結友の声だ。

 私の撫でる手が止まり、珠絵衣の表情も固まった。

 しばらく固まった後、珠絵衣は急いで立ち上がり、保健室中の扉と窓を閉めた。

 が、保健室の近くのトイレにいるのだろう、声を完全に遮断することはできず、うっすらとした声が保健室に届き続けた。

 

 私は布団を全身に被り、声を防ぐ盾を作る。

 

「えっと」

 

「こうすれば聞こえないから大丈夫! 珠絵衣も、教室に戻った方がいいよ!」

 

 布団の外では、しばらく珠絵衣の戸惑う気配がしていた。

 私の側にいたいから保健室に残りたいが、保健室にい続けて景と結友の声を聞きたくない感情が喧嘩しているのだろう。

 

「ごめん。私、戻るね」

 

 結局、後者の感情が勝ったらしい。

 扉を勢いよく開閉する音が聞こえた後、珠絵衣の走り去る音が聞こえた。

 

 私は布団の中という真っ暗な世界で、頭に押し寄せて来る痛みに浸った。

 

 ズキンズキン。

 

 痛い。

 

 ズキンズキン。

 

 痛い。

 

 ズキンズキン。

 

「ミョウナウゴキダナ」

 

「!?」

 

 そして、突然頭の中に流れ込んで来た声に驚き、ベッドから飛び起きた。

 驚きの余り痛みをすっかり忘れ、私は保健室を見渡す。

 私しかいないはずの保健室を。

 

「だ、誰かいるの!?」

 

 私の質問に答える人間はいない。

 オレンジジュースを飲んでいたらカフェオレの味がしたような奇妙な違和感が、脳をさわさわと揉んでくる。

 

「何? 誰?」

 

 私は頭を抱えて、誰もいない保健室をもう一度見渡す。

 既に誰もいないことが見て分かっているはずなのに、何故か誰かいるという信用が拭い去れなかった。

 世界が私に何かを伝えようとしているのではと思うほど、やけに目と耳がクリアになっていた。

 

「おい。なんでここにいんだよ」

 

 そんな私の混乱は、景によって強引に中断させられた。

 景は結友の肩を抱きながら、当然のように保健室へと入って来た。

 

 なんでここにいるかって、保健室にいる理由なんて一つしかないじゃない。

 

「怪我人だからよ!」

 

 私は呆れと怒りの感情を、隠しもせずに言い返す。

 頭にくらりとノイズが走ったせいで、声にいつもの元気がない。

 しかし景は、私の顔色も声色もお構いなしで、明らかに不満そうな表情を向けた。

 

「そんだけ叫べるんなら、もう治ってんだろ。出てけよ。ここは、今から俺たちが使うんだよ」

 

 景が視線を向けた先には、景へと寄りかかる火照った体の結友がいた。

 

 ああ、そうか。

 ここで、やる気なんだとすぐわかった。

 けが人はこちらだ。

 保健室にいる理由は、こちらにある。

 だから、景の言うことを無視して居座ってやっても良かったが、きっと景は私がいようがやることをやるだろう。

 

 私が嫌がると知って、私に見せつけるように。

 私には、人の情事を楽しむ趣味はない。

 

「……わかったわよ」

 

 私は景に冷たい視線を向けて、痛む体を引きずりながら保健室を出た。

 扉を閉めると同時に、保健室の中から結友の「あっ」と零す声が聞こえた。

 そこへ続くのが、ベッドに誰かが倒れる音と、制服が床へと落ちる音。

 

「気持ち悪」

 

 私は手を口に当て、吐き気を抑えながら教室へ向かって歩き始めた。

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