7-2
リシュワは右腕にレオネを抱え、左肩の上にヘズル・デンスの巨体を担ぎあげた。翼を広げる。
ダクツは目を丸くした。
「どこかへ行くのか」
「レオネをここに置いてはおけないし、こちらについたコドンも置いておくには危険すぎる」
「あては?」
「オブスレット公のところへ行く。それぐらいしかあてもないしな」
「俺もあとで伺うと伝えておいてくれ」
「わかった。ふたりまでしか運べないのでな。悪いが」
ダクツはよろよろと立ちあがった。
「自分でなんとかするさ、幸運を」
「では、さらば」
リシュワは光の軌跡を引いて上昇した。
ソルナルまでは流石に時間がかかった。
太陽が中天を過ぎたころ、オブスレット公の邸に到着する。
「オブスレット公! オブスレット公!」
リシュワは邸の周りを飛んで、注意を引いた。
邸の正面扉から護衛を伴って、抜身の剣を携えたオブスレット公が慌てふためいて飛びだしてくる。
リシュワは脅威と思われないよう、ゆっくりと着地した。
オブレット公は上ずった声をだした。
「きみはなんだ? 神の使いか? 片足は裸足のようだが」
リシュワはレオネとヘズル・デンスを下ろす。
「変わってしまいましたが、先日お会いしたジェントル・オーダーのリシュワです」
「リシュワか! 確かに顔はそうだ」
オブスレット公は剣を収め、護衛たちを落ち着かせてから近づいてきた。
リシュワは率直に切りだした。
「まだ報せが届いているはずもありませんが、ジェントル・オーダーは壊滅しました。ゲデ・スオーンが殺され、それに腹をたてたコドンたちが反乱を起こしたのです。このコドンはヘズル・デンス。人間側について生き残ったコドンです。小さいほうはやはり先日お会いしたわたしの妹、レオネです」
「ジェントル・オーダーが壊滅しただと!」
「砦はほぼ廃墟です。再建するには時間がかかるでしょう。あと、ダクツも生き残りました。何日かしたらここへくるでしょう」
「ジェントル・オーダーが壊滅……」
オブスレット公はあごに手を当て、難しい顔で歩き回った。リシュワは続ける。
「わたしはゲデ・スオーンを殺し、ジェントル・オーダーを間接的に壊滅させた敵を討ちにいきます」
「敵は何者だ?」
「話すと複雑なのですが、魔道士のフリックはそのひとりです」
「フリックが? 真面目な男だと聞き及んでいるが……」
「このふたりが目覚めるまであなたに保護していただいたいのです。いつ目覚めるともしれませんが、治療は済んでいます。寝かせておいてくれれば大丈夫です」
「それはかまわない。承った。しかし、きみはひとりで行くつもりか? フリックがどこにいるか知っているのか?」
「わたしひとりでないと間に合わないと思われるので。敵も大勢ではないはずです。居場所はいまのところわかりませんが、わたしは敵とつながりがあるのです。すぐわかります」
オブスレット公は腕を組み、あごひげを撫でつけていた。
「いろいろ言えないことがあるようだな。それならば多くは聞くまい。ことが終わるまでは」
「ご理解いただいて感謝します。あとのことをお願いします。それではわたしは行きます」
リシュワは翼を広げて、光の波動を放った。一気に上空まで上昇する。
シンフォネフシーの目標は、コドンの淵源であるはずだった。
それは元共和国領内の奥部、荒涼とした山岳地帯にあるということだった。
リシュワは西に向かって飛びながら、意識を自分の頭のなかに集中した。
そこにラーヴ・ソルガーとのつながりがある。レジレス。
いまではレジレスを活性化させるのも休眠ささせるのも自在だった。
レジレスは遠距離の通話はできなかったが、それは並の人間にとってである。
この準神柱の状態にあっては、
ずっと遠くまでつながりを追っていけるのではないかと考えたのだった。
リシュワはレジレスを活性化させて、つながりを追っていった。
しばらくして、ラーヴ・ソルガーの汚らしい気配をとらえた。
ラーヴ・ソルガー=シンフォネフシーはたしかに西にいた。
リシュワはもはや迷うことなく速度をあげた。
山々を越え、峡谷を過ぎ、元共和国へたどりついたのは夕方だった。
元共和国では破壊された建物が再建され、道路は整備し直されていた。
建物の意匠から異国の文化がうかがえる。
現在はコドンシティーと呼ばれているのだ。
郷愁にふけりそうなる意識を努めて硬く保つ。
そしてリシュワは以前には見たこともない異様なものを目にした。
コドンシティーの北方、山岳地帯のあたりに黒い柱が建っているのだった。
巨大な黒い柱は内部を稲妻がひらめき、上部は雲をまとわせて霞んでいた。
共和国に生きていたころ、あんなものは見たことがない。
と、するとあの巨大な柱が、コドンの淵源だろう。
この世界にいるコドン全員に黒い皮膚と社会情報、言語知識を与えているという魔術による一大構造物である。
上空をよぎりながら、リシュワはおかしなことに気づいた。
コドンシティーは夕方だというのにひっそりとしている。人影がない。
シンフォネフシーは淵源の方向にいる。
リシュワはそちらへ向かった。
淵源に近づくと事態が理解できた。
天空に伸びる黒い柱、淵源は岩を積んで造った砦に守られていた。
そこで大規模な戦闘が行われていたのだった。
コドンと産獣の軍勢が、ぐるりと砦を包囲していた。
黒々とうごめくその数は一万以上。
おそらくコドンシティの全住人が戦いに参加しているらしかった。都市がもぬけの殻になるはずである。
淵源が破壊されたら、なにか壊滅的な事態になるのだから、当然だろう。
いっぽう、砦にこもって防戦しているのは、コドンと産獣、それに新鬼人であった。
淵源を破壊するために砦を守っているにちがいない。
とすれば、防衛側は王侯貴族派ということになる。
数では圧倒的に少数だが、新鬼人が強力で、産獣の群れを遠ざけ、コドン兵たちを押し返していた。
元人間である新鬼人たちは、コドンの王侯貴族に尽くす義理もないだろう。
以前のリシュワとレオネのように、やむをえない事情があって戦っているはずだった。
リシュワはコドン主流派の側について、王国貴族派の新鬼人たちと戦わなければならなかった。
だが、新鬼人はコドンと人類の架け橋ともなれる存在だ。
できるならば斬り伏せたくなかった。
この戦いに生き残ってもらいたかった。
頭を潰せば、それも叶うかもしれない。シンフォネフシーを倒せば。
リシュワは上空を旋回し、大擾乱のなかにシンフォネフシーの姿を探した。
淵源の根本を注視する。
そこにシンフォネフシーがいた。
巨大な柱の根元で両腕を広げて、白い巨体を晒している。
シンフォネフシーから少し離れたところでは、半透明の触腕がうごめき、光る鋸刃で淵源を切断しようとしていた。
すでに鋸刃は柱の三分の一に食い込んでいる。
淵源の傷からは黒いガスが吹きだし、ガスは放電をまとっていた。
もうレジレスの力は必要ない。リシュワは脳のなかで休眠させた。
剣を引き抜き、腕から力を注いだ。
刃が光輝を放つ。
これで切断力が格段に上がったはずだった。
神柱とて切り裂くことができる。きっと。
奇襲をしかけ、一撃で決める。
その可能性に賭けた。




