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新たな役務

 レオネの修復には長い時間がかかった。

 遺体からぬくもりが消え、流れ出た血がいつのまにか固まっていた。

 リシュワは一縷の望みにすがって作業を続けた。


 蜘蛛の足先から出る金色の糸で、分断された上半身と下半身をつなぐ。

 背骨と骨盤は器用な爪先で神経を縫い合わせ、虚空からひねりだした金属片を貼りつけて連結した。

 内蔵もほとんど取りだした。

 産獣術で施された古い器官もすべて取り除く。

 かわりに蜘蛛の足が紡ぎ出した新しい内蔵をつめこんでいった。

 レオネの心臓は綺麗だった。宝石のように光っている。

 金の薄片で覆い、エネルギーを変換する宝石を埋めこんだ。


 まるでノゼマが指示をしているかのように、ひとつの処置が終わると、つぎの処置がイメージできた。

 そんなわけだったので、作業をしているリシュワ自身にも、

 処置の終わりがどのようなものになるか、漠然としてわからなかった。


 内臓を連絡し、あらゆる筋肉を蜘蛛の足から生まれる霊糸で強化した。

 どこまでやればいいのだろう。

 自分は妹の身体をバラバラにして弄んでいるだけではないだろうか。

 リシュワが迷いを持ちはじめたとき、それは作業の終了を意味していることにふと気づいた。


 リシュワは一息つき、開いた傷口を縫合しにかかった。

 開いたものを閉じると、レオネの身体には傷ひとつなくなった。

 その肌へ銀の装甲板を載せていく。

 これで処置は終わった。

 レオネは蘇るはずだ。


 リシュワはレオネの頭を抱え、背中から生えた蜘蛛の足で妹の身体を覆った。

「帰ってこい、レオネ!」

 蜘蛛の足の先端から電撃が放たれ、レオネの身体がびくんと跳ねる。まだ心臓は動かない。

「レオネ! レオネ!」

 リシュワは二度、三度と電撃を放った。


 そして超人的な聴力に、妹の心臓が動きだすのが聞こえた。

 唇がすうすうと息をつく。

 大気のなかのプネウマを濾して、自らのエネルギーに変えていく。

 レオネの青かった頬が血の気を帯びていった。

 それと同時に身体中に這っていた肉管が消えていく。


「レオネ!」

 リシュワは妹の身体をかき抱いた。

 装甲があるから感触は硬かったが、顔はすでに温かった。

「目を覚ましてくれ、レオネ」

 レオネの頬を叩く。しかし、目を開けない。

 心臓は動いているし、呼吸もしている。

 いずれは目覚めるはずだと、リシュワは固く信じた。


 いっぽう、自分には少なくともひとつの仕事が残されていた。

 シンフォネフシーの討伐。

 姉妹そろっていたぶられた礼はしなければならない。

 それにシンフォネフシーの目的は、この世界へのコドン王侯貴族の召喚だという。

 それを防げなければ、世界はより混乱の深みへと沈んでいくだろう。

 殺された女として、姉妹の姉として、

 ジェントル・オーダーの戦士として、どの立場に立ったとしても、シンフォネフシーは倒さなければならない。

 ラーヴ・ソルガーとの因縁に、本当の決着をつけるべきだった。


 時間はどれほど残されているだろうか。わからない。


 レオネの目覚めを待ってはいられないのは確実だった。

 リシュワは自分の残骸である血溜まりのなかから剣を拾いあげた。

 武器といってはこれくらいしかない。腰に佩く。

 左腕の肘から先と、左足の膝から下には装甲がなかった。

 自分の流した血溜まりを素足で踏んでいるのでぬるぬるした。

 寄生脚のブーツは大きくて、いまの足には合わない。

 しばらくのあいだ裸足でいなければならないだろう。

 人間のようにやわな足ではなくなっていたので、それでもかまわなかった。


 レオネを抱きあげる。いまの腕力にとっては羽のように軽い。

 邸の外へ出るとすでに朝だった。

 リシュワは自分の身体に蔵されている能力をいろいろと探った。

 そのひとつである金属の翼を背中に生やすと、光の軌跡を放ちつつ、空へ舞い上がった。

 目指すはジェントル・オーダーの砦。

 そこへレオネを預けるつもりだった。


 朝靄を抜け、澄んだ大気のなかを飛ぶ。山林は眼下に過ぎていった。

 空を舞っているというのに感動も爽快さも感じる余裕はない。

 そういうものは戦いのあとまでお預けにするしかなかった。

 リシュワの飛ぶ速度は速かった。

 しばらく飛ぶと砦がもう目に入る。

 だが、そこに異変があった。

 リシュワたちが出たあと、状況は急激に悪化したらしかった。

 火の手があがり、朝焼けの空へ黒い煙がたち昇っていた。

 厩が燃えている。

 主棟の窓、出入り口からも煙が漏れていた。

 中庭には多数の人間と、一握りのコドンが倒れていた。


 蹲っているダクツが見えた。背中合わせに座っているのはヘズル・デンスのようだった。

 少し離れたところではナッシュが大の字になり、何本もの槍で地面に釘付けにされていた。

 ナッシュは生きていないだろう。


 リシュワは羽ばたくことのない翼の向きを変え、ダクツのそばへ着地した。

「ダクツ、いったいなにがあった」

 ダクツは疲れ切った顔をあげた。血と煤に汚れている。

「おまえは……リシュワか? どうしてそんなに変わった? レオネが死んだのか……?」

「レオネは生きている。短い時間にいろいろあった。それよりなにがあったんだ、フリックが来たのか」

 ダクツは力なく首を振った。

「いいや、フリックはまだ見つかってない。だが、それが原因さ……」

 この惨状はシンフォネフシーの仕業ではないらしい。

 話を複雑にしないため、リシュワはシンフォネフシーとの戦いを黙っていた。


 ダクツは続けた。

「ゲデ・スオーンを殺されたことに腹をたて、コドン兵の一部が暴れた。それがいっきにコドン全体の反乱になった。こっちについたコドンは一握りだけだった。コドンに人間がかなうわけない。麻酔(アナス)を使われちまってな、ナッシュはなぶり殺しだった。ほとんどの人間は殺され、俺とヘズル・デンスは運良く生き残った。ヘズル・デンスがまだ生きていればな」

 ヘズル・デンスは身体中傷だらけで右腕を失っていた。

 血まみれで気を失っている。

 だが、まだ生きていることはわかった。


 リシュワはレオネをそっと下ろすと、ヘズル・デンスに向かってかがみこんだ。

 翼をしまい、かわりに施術用の脚を生やす。

 やはりいちばん傷が重いのは右腕だった。

 どうすればいいか思案していると、治療のイメージが湧いてくる。

 蜘蛛の足は樹脂のようなものを吹き出し、空中に絵を描くように、ヘズル・デンスの右腕を造った。

 中空のそれに銀の装甲を被せていく。

 これで自在に動く義手が出来上がった。

 あとは蜘蛛の足をせわしなく動かして傷口を縫合していく。これでもう心配はないはずだった。


 目を覚まさないヘズル・デンスに、リシュワは囁きかけた。

「おまえの男を奪った借りはこれで返したぞ」

 じっと見ていたダクツが口を開く。

「素晴らしいものだな。それは産獣術か」

「似たようなものだが、少し違う。神柱の力に近い」

「俺もボロボロだ。頼まれてくれないか」

「いいだろう。それくらいの義理はある」

 リシュワはダクツの傷も治してやった。


 傷口を塞ぐと、ダクツは身体を起こした。

「ありがとう、だいぶ楽になった」

 死んでいるナッシュさえ蘇らせられる可能性があったが、そこまでの義理はない。

 リシュワはそのことについては話さなかった。


 紺碧の青空に、太陽が輝く時刻となっていた。レオネもヘズル・デンスも目覚めない。


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