5-2
荒れ果てた寺院の境内で、三人きりに戻った。
どんな手段を使ったものか、異形の死骸はさらに炎をあげて勢いよく燃えている。
ほうっておけば灰になってしまうまで火は消えないだろう。
青空に黒煙が長く立ち昇り、肉の焼ける臭いが充満していた。
脂が爆ぜるぱちぱちという音と、鳥の鳴き声が重なって耳に届く。
ゲデ・スオーンは名残惜しそうに、燃える異形と本堂を眺めて無言だった。
レオネが退屈しきったような声をだした。
「いつまでここにこうしているつもり?」
リシュワは高い位置にあるゲデ・スオーンの腰を右手で叩いた。
「帰ろう、ゲデ・スオーン。もはやここに長居は無用だ」
「そうだな……」
帰りの旅はつつがなく終わった。
最初、ゲデ・スオーンは馬上で肩を落とし、意気消沈していた様子だった。
だが、シャットンの村を過ぎ、砦に近づくにつれて、背筋は伸びていった。
いまでは元通りの生気が漲っている。
藍色の星空のもと、砦へ帰り着くとゲデ・スオーンはまず門衛に聞いた。
「ダクツたちはもう戻っているか」
その声には指導者としての威厳が戻っていた。
「はい、もう戻っていますよ」
「ではダクツへの報告はリシュワに任せる。わたしは工房へ行く。フリックがそちらにいたら来るよう言ってくれ」
リシュワは頷いて言った。
「大丈夫か、ゲデ・スオーン」
「なにを言っている。わたしはかつてなく燃えているところだ」
ゲデ・スオーンは厩へ向かい、リシュワたちは主棟へ足を向けた。
どことなく華やいだような雰囲気があって、疲れと活気が混じっていた。
おそらく、ダクツのほうは戦いに勝ったのだろう。
リシュワたちは主棟の厚い扉を開いた。
わっと威勢のいい歌声が吹きだしてくる。空気は酒臭かった。
戦勝祝いというところだろう。
コドンと人間たちが混じりあって談笑している。しかし、怪我をしている者が多かった。
リシュワたちが入っていっても気に留める者はいなかった。ただひとりの例外がヘズル・デンスだった。
ヘズル・デンスは上機嫌な雰囲気をまとって片手をあげた。
「戻ったかリシュワ。そちらの首尾はどうだ?」
「そっちはうまくいったようだな。怪我人が多いようだが」
「犠牲者は出た。だが、人間とコドンでうまくやりのけることができた」
リシュワは右掌を上へ向けた。
「こっちは芳しくない。目的は遂げられなかった。神柱ノゼマと遭遇してな」
「ノゼマとは敵か味方か?」
「少なくともしばらくは味方らしい」
「なら問題あるまい。用事を済ませておまえもここで飲め」
「ダクツとフリックはどこにいる?」
「ダクツは上だ。フリックはしらん」
「わかった。じゃあな」
リシュワとレオネは中央階段を上がっていった。隣でレオネがため息をつく。
「姉さんさ、よくコドンたちと普通に喋れるね。あたし怖くて緊張しちゃう」
「新鬼人がそれでどうする。おまえだってやつらと殴り合いできるだろう。根はいいやつらさ、きっと」
先に会議室を覗いてみたところ、ダクツを含め、そこに何人かそろっていた。
リシュワはゲデ・スオーンも無事に帰還したことを告げた。
ダクツは目を丸くした。
「神柱ノゼマと会っただって。それで、なにもなかったのか?」
「なにもなかったわけではないが……」
リシュワは出来事を詳しく話した。
ノゼマたちが異形の死骸と、産獣師の工房を燃やしてしまったこと、
神柱への道について語ったこと、ゲデ・スオーンの様子など。
ダクツとブルムス卿からは、産獣師との戦いの結果を教えてもらった。
人間戦士三人が戦死したこと、馬が二頭やられてしまったこと、
魔道士、コドン戦士は全員軽傷で済んでいることなど。
お互いの報告を交換したあと、ダクツは考え深げに口を開いた。
「とりあえず、大きな懸念のひとつはしばらく忘れていいようだな。神柱ノゼマはジェントル・オーダーに敵対するものではないと。馬と人員の補充のほうが頭が痛い。ジェントル・オーダーに加えるからには誰でもいいってわけにはいかないからな」
リシュワは話を締めくくるように言った。
「わたしのほうからはもう報告することはない」
「先日渡したオブスレット公への書簡は持っているか。返してくれ。内容を改める必要がでてきた」
「そういえば持ちっぱなしだったな」
リシュワは背嚢から書簡を取りだしてダクツへ返した。ダクツは手を振った。
「よし、もういい。話が長くなったが、今日は休んでくれ」
「フリックはどこにいる?」
「フリックなら工房さ。いまごろゲデ・スオーンと会ってるはずだ」
話が長くなったのは否めない。
リシュワとレオネが自室へ背嚢を置き、下へ戻ってみると、宴はおひらきになっていた。
酔いつぶれた数人がテーブルに突っ伏しているばかりだった。ヘズル・デンスの姿もない。
ジェントル・オーダーの食堂としては珍しく散らかったなかで、
酒臭い空気に包まれてリシュワとレオネも食事をし、自室へ引きあげた。
リシュワも今日は鎧を外して眠ろうと思った。
コドン式の装甲を脱ぎ、寝巻きがわりのローブを羽織る。
そうすると左手足の寄生肢は不格好さが目立った。ウェルネッタのように美しくはいかない。
レオネはすでに裸となってベッドへもぐりこんでいる。
リシュワもベッドへ寝転んだが、数秒で身体を起こした。ゲデ・スオーンの様子が気になる。
ベッドから抜けだして、髪を一房に縛る。
「ちょっとゲデ・スオーンのところへ行ってくる」
レオネも身体を起こした。
「え、じゃああたしも行く」
「服を着ろ」
「あー、やっぱいいや。服着るのめんどくさい」
レオネはベッドへもぐりなおした。
「よく眠っておけ」
リシュワは部屋を出た。
ゲデ・スオーンの部屋を訪ねると、誰もいなかった。
整然とした部屋の様子から、砦へ戻って工房へ直行したあと、いちども部屋へ戻っていないらしかった。
なにがゲデ・スオーンをそこまで夢中にさせているのか。漠とした不安に襲われる。
階下へ降りると、もう動いている人間はいなかった。酔いつぶれた者が放っておかれているだけだった。
リシュワは裸足で外へ向かう。
外はところどころに松明が灯されていて、広間のなかより明るいくらいだった。
戦いの興奮が治まらないのか、厩では馬がまだいなないている。
リシュワは歩をすすめ、ゲデ・スオーンの工房へ行った。
途中、産獣の檻を通りかかったが、中は空だった。
今日の戦いで死んでしまったのかもしれない。
さらに奥へ進む。工房に着いた。
樫の扉に金属製のノッカーがついている。
それを鳴らした。
返事がない。
さらにノックを続けると、なかからくぐもった声がした。
「開いている!」
「リシュワだ」
扉を開けて室内へ入った。
まず目に入ったのはテーブルの上の食い散らかされた携行食だった。
旅に持っていって残ったものをそのまま持ち込み、フリックと一緒に食べたらしい。
砦に帰ってからずっとこもりきりらしかった。




