4-5
翌朝、ローラに起こされて、リシュワとレオネは会議室へ入った。
いつものメンバーがすでに着席していた。
ゲデ・スオーンだけがいない。
ダクツが着席を促してきた。
「ちょっと待っててくれ。ゲデ・スオーンがなんというかはもうわかっているが」
めいめいが雑談に興じ、レオネがテーブルのぶどうジュースを飲んでいると、ゲデ・スオーンが現れた。
ゲデ・スオーンは席につくと、眉根を寄せて難しい顔で一同を睨みつけた。
すでに腹は決まっている、という顔だった。
「わたしはこれから件の寺院へ調査へ行く。我が身でな」
ダクツが横から口を挟んだ。
「しかしネルドの東で王侯派らしい産獣師を確認したというじゃないか。多数の産獣がいるって、あんたも聞いただろう。この部隊としては大人数がかりになる」
ゲデ・スオーンは動じた様子も見せない。
「そちらは任せる。寺院の廃墟はもう脅威がないのであろう。わたしひとりでもだいじょうぶだ。なんにせよ、持ち帰ってもらった標本ではなんともいえないのだ。なにか途轍もない異常があるとしか」
席についていた老齢の魔道士が口を開いた。
「けっきょくなんだったのだね、アレは? 新しいタイプの新鬼人か、それとも産獣か」
「そこがなんともいえんから調べに行くのよ、現場をな。アレはどちらかといえば新鬼人に近いといえようか。もとは人間らしい。これまでの情報をまとめれば、人間の魔道士の可能性が高いということだが」
ダクツが声をあげた。
「この砦がもぬけの殻になっちまうぞ、いま出るとなると」
ゲデ・スオーンは食い下がった。
「どのみちフリックは残さざるをえないだろう。フリックとこの老師が残る。攻撃法を使える魔道士がふたり。一時的な守りには充分であろう。現在、こちらに攻め入ってくるような敵はいない」
ダクツは言った。
「フリックは強力な魔道士だが、いまは目の見えないけが人だ」
「フリックは産獣術をいくらか学んでいる。その術のひとつで視覚を確保しているから、砦にいるぶんには問題ない」
騎士のブルムス卿が口ひげをいじりながら言った。
「敵対産獣師との戦いに新鬼人連が加わるなら、人間の戦士はいくらか残せる」
ダクツは溶岩の腕をあげた。渋い決定を下すかのように口元を歪める。
「そうもいかない。リシュワ、レオネ、おまえたちはゲデ・スオーンの護衛と道案内としてついていってくれ。忙しくてすまないが」
リシュワは快諾した。
「外をうろつくのは嫌いじゃないさ」
ブルムス卿が思案顔になった。
「新鬼人四人のうち、ふたりをそっちへ? 目につく脅威もないというのにか」
それまで黙っていたナッシュが口を開く。
「それがゲデ・スオーンに割く人数がいちばん少なくて済むからね。だいじょうぶさ、今までだってぼくとダクツでやってきたんだから」
コドンの長、バーミ・デルベーがテーブルを叩いた。
「出られるコドン戦士は全員出そう。戦いのみなら新鬼人に引けはとらんはずだ」
ダクツは言った。
「敵対産獣師には俺とナッシュ、ブルムス卿の戦士三分の二、コドン戦士全員。これであたる。ゲデ・スオーンにはリシュワとレオネ。砦の守りはフリックと老師に任せる。無事に済むといいがな。これでいいか、ゲデ・スオーン?」
ゲデ・スオーンは黒一色の瞳を見据えて、頑なに言った。
「どのみちわたしは行く。すぐにな」
これで話は決まった。
けっきょくのところ、ゲデ・スオーンがこの兵団のリーダーであることは揺るぎない事実であった。
すぐにリシュワとレオネには食料の詰まった背嚢が準備された。
慌ただしいが、食べ物をたっぷりとり、新鬼人用の丸薬を服用しているかぎり、リシュワもレオネもたいした疲労を覚えなかった。精神的にはまた別だったとしても。
ゲデ・スオーンには馬が準備されたが、リシュワとレオネは徒歩だった。
砦の門で、ダクツ、ナッシュ、顔に包帯を巻いたフリックが見送りに来てくれた。
ダクツは申し訳なさそうに頭をかいた。
「馬の数は少ないんでな。おまえたちには馬の速度で歩いてもらうしかない。立て続けに出動でじゅうぶんな休息も与えられないが、これがジェントル・オーダーの現在だ」
リシュワはレオネの分も背嚢の具合を確認しながら言った。
「休息できないのはお互いさまだから気にしない。外を歩くぶんにはわたしたちは気楽だ。あんたの立場には立ちたくないね」
ナッシュが装甲に包まれた寄生腕で、あごひげを撫でていた。
「ぼくたちにも敵がいないわけじゃないんでね。ゲデ・スオーンが外をうろつくとなると、奇襲してくるような輩も現れるかもしれない。脅かすわけじゃないけど、油断なく頼むよ」
フリックの頭の上には黄色い空気の歪みがあった。
それはレンズのようにも見える。フリックは憮然と腕を組んで言った。
「寺院の調査、正直、俺も同行したい。頭の上のこれで見えるんだしな。だけど砦の守りも重要だ。ゲデ・スオーン頼みましたぞ。この事件の謎を解いてきてください」
「できるかぎりを尽くす。すべてを仔細に見てくるつもりだ」
そう言ってゲデ・スオーンは馬を進めはじめた。
リシュワとレオネも軽く手をあげて挨拶すると、速歩でついていった。
このあたりにはうろついているコドンも多い。
ゲデ・スオーンは特に注目を集めることもなく、道中は平穏無事に過ぎた。
日が暮れて早い時間にシャットンの村についた。
例によって村長の屋敷に宿を求める。
村長以下、村人たちは喜んでくれた。
リシュワとレオネがまた来たので、歓待してくれる。
その夜には珍味佳肴が振る舞われ、レオネは特にはしゃいでいた。
いっぽうのゲデ・スオーンは思い詰めているような節があった。
せっかくの豪華な料理も、楽しめていない雰囲気だった。
リシュワはといえば、レオネとゲデ・スオーンの中間的心持ちで、楽しみつつも警戒を怠らずに夜を過ごした。
翌朝、早くからゲデ・スオーンは忙しなかった。
リシュワたちは暗いうちに起こされ、即座に出発を促された。
「向こうには巨大な怪物の死骸が転がっている。近づく者なんかいないさ。そんなに焦らなくてもだいじょうぶだ、ゲデ・スオーン」
リシュワは言ったが、ゲデ・スオーンの心には響かなかった様子だった。
「早く行かねば。異形の死骸は動物に荒らされるかもしれんし、産獣師の遺留品は盗賊に盗まれるかもしれん。急ぐのだ」
リシュワたちは暗いうちに村を出発した。
ゲデ・スオーンは自分で操れるかぎりに馬の速度をあげ、リシュワとレオネは走った。
急いだかいがあって、陽が昇ってまもない時刻に街道沿いの積石まで着いた。寺院への目印だ。
「ここから山のなかだ、ゲデ・スオーン」
「あいわかった」
前回と同じく草地に馬をつないで、起伏の激しい山道を登りはじめる。
陽は昇っているが木々が密生しているため、あたりは薄暗い。
それに新鬼人の秀でた感覚によれば、うっすらと腐敗臭が漂っているような気がした。
その臭気は上のほうへ行くにつれて強くなる。
コドンひとりと新鬼人ふたり、それに巨大な異形の死骸をほっぽりだしてあるのだから、それも当たり前かもしれない。
ゲデ・スオーンはローブの裾をまくり、体格に見合った長い脚で山肌を上がっていった。
やはりコドンは全般的に体力がある。
ゲデ・スオーンに引き連れられるような形で、リシュワたちは精力的に足を運んだ。
じきに崩れかけた石積みの山門が見えてきた。リシュワは指差す。
「あそこだ」
「よし!」
ゲデ・スオーンはいっそう精力的に、一気に斜面を登った。
レオネがたまらず忠告する。
「気をつけて、ゲデ・スオーン! なにがあるかわかんないんだから!」
産獣師は聞かない。
走るような足取りで山門まで来ると、リシュワはすぐ、異変に気づいた。
放りだしておいたはずの、産獣師の死体がない。
遺留品もなく、動物に荒らされたのではないようだった。
リシュワは力をこめて、ゲデ・スオーンの肩を押さえた。
「待て、我々のあとに誰かがここに来ている!」
ゲデ・スオーンの身体は前進しようとし、リシュワは腰をつかんで踏ん張らなければならなかった。
ゲデ・スオーンはリシュワの腕を振りほどこうとする。
「ええい、わたしは急ぐ!」
「だめだ!」
新鬼人の腕力でどうにか押さえつけ、その場にしゃがませた。
ゲデ・スオーンをレオネに任せ、リシュワは態勢を低くして山門の陰から中庭を覗いた。
勝手に死んでしまった敵新鬼人の死体も消えていた。
しかし強烈な腐敗臭が鼻孔を刺す。
異形の巨大な死骸はまだそのままあった。
スケール感が違うが、押しつぶされた蜘蛛のように、まだ境内に臥せっている。
人影はない。しかし。
深山の静寂に、若い女の声が響いた。
「誰かとおもえば。顔なじみじゃない」
リシュワは焦って振り返った。
背後には、白皙に金の外骨格をまとう乙女がいた。その顔は忘れもしない。
神柱を名乗るノゼマの配下、新鬼人ウェルネッタだった。




