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エチカ 『瀬原集落聞書』  作者: 櫨山奈績
第四章 平成六年
38/43

成人式

 昨年は本当に水害が多く、台風は、何と北海道にまで上陸してしまった。


 滅多に無い事である。


 更に、冷夏で米が獲れず、ブレンド米なるものを初めて食べながら、家族で、其の年の一月の儀式の事は口に出せず、気不味い思いで食卓を囲んだのだった。




 しかし今年の燐子の成人式の日は、約束通り、紅子が振袖を着せてくれた。


 成人式の日までには、飛鳥が一歳になっていたので、飛鳥にも晴れ着を着せて、写真館で、家族全員で記念写真を撮った。


 燐子は、成人式自体には、結局出席しなかった。

 振袖姿で記念写真を撮っただけで大満足だったからである。

 ()だ公共の場所でギャンギャン泣いてしまう一歳の娘を預けてまで行きたい場所でも無かった。


 結果的には、燐子と寄りを戻そうと、ケンが会場を張っていたという事だったので、行かなくて正解だったのだが。


 燐子が其れを知るのは、十年後、偶然立川の伊勢丹で会ったヨーコに、相当遅れて、ケンの訃報を聞かされた時である。


 ヨーコ曰く、ケンは、かなり燐子には執着が有り、燐子を別れて以来、彼女を作らなかったらしいのだが、享年二十三歳で結婚もせずに亡くなったそうだ。

 職場でペンキの在庫確認をしている時、シンナーを吸った後輩が、物が分からなくなった状態で、バイクに乗って突っ込んできたのだそうである。


 付き合っていた時期からも、実際ケンが亡くなった時期からも時間が経過し過ぎていて、涙も出なかった燐子であるが、自己嫌悪には陥った。


 ケンが、燐子が思ったより、ずっと燐子に執着していたからである。


 決め付けていた、と燐子は思った。


 自分が本気ではなかったから、相手も、其のくらいの気持ちだと思い込んでいたのである。


 ケンはケンで、燐子を、もっと恋愛対象として思い続けてはいたらしかった。


 妥協した罪だ、と、燐子は自己嫌悪に陥った。


 大好きではない人と、居場所の為に、ズルズル付き合ってしまった罪だ。

 妥協は、自分にも相手にも失礼な事だったというのに、若かった燐子は、其れを知らなかったのだった。

 こいつで良いや、と思いながら関係を続けるのは、罪だった、と燐子は思った。 

 そして、ケンという人間を、其れ程信用しなかったのは罪だった。

 付き合っている間、浮気もされず、暴力も振るわず、避妊もしてくれて、良い彼氏であろうとはしてくれていたのかもしれなかった。 

 しかし、結局、燐子は一度も、本当にはケンを信用しなかったのだ。

 信用出来ない相手とは付き合ってはいけなかったのにも関わらず。


 自分にもケンにも、其れは失礼だったのだ。


 ただ、燐子は、過去を思い返す時に、ケンと付き合った時間が無駄だった、と思う事を止めた。


 同棲を切り出された事、バイク事故に会った事、燐子がケンのデリカシーの無さに耐えられなかった事を全て除いたら、の話だが、あれはあれで、若い頃、彼氏と過ごした良い思い出だったのである。


 世話になったし、学んだ事も多く、何より、あれは、拙いながらも恋愛だった、と、燐子は思う事にした。


 ヨーコは、ケンの兄と、結局離婚したらしい。


 燐子は、他人と自分とに訪れた、此の十年間の悲喜(ひき)交々(こもごも)に思いを馳せた。


 其れでもやはり、あの(まま)ケンと一緒に居なくて良かったのだ、と思いながら。

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