表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/24

面白い令嬢(ジルベール視点)

 イザベラ誘拐事件はしばらく社交界でも話題になった。

 誘拐は基本身代金目的か人質目的が多いのだが、今回に至っては過剰な付き纏いが犯罪に発展してしまった初めての事件である事からも皆面白可笑しく噂したのだった。

 伯爵は爵位を剥奪され平民になってしまった。

 令息は投獄されているのだが、何故か俺が消したという噂が広がった。

 一日放置しただけなのに…。

 イザベラはこの噂の影響を多大に受けてしまうはずだったのだが、王太子になったばかりのヘンリーと婚約した事で皆口を噤んだ。

 どうやら王家とマイスナー公爵が早々に手を打ったのだろう。

 しかしイザベラはヘンリーに婚約破棄を訴え続けたのだった。



 そんなイザベラの異変を感じたのは入学式の時だった。

 他の生徒の混乱を避ける為、俺達は全ての生徒が着席してからの入場となった。

 講堂の中に入るといつも周囲から浴びる嫉妬や憧れのような視線にうんざりしていたのだが、イザベラがとある令嬢の前で一瞬だけ足を止めたのだった。

 その時のイザベラの表情は驚きと恐怖に満ちていた。

 俺は誰を見ているのか気になりイザベラの視線の先を追うと、蜂蜜色の髪をした可愛い感じの女生徒が首を捻っていた。

 他の令嬢とは違い素朴な感じが逆に目立っていた。

 女生徒は先生に肩を叩かれて何かを言われていた。

 なるほど…あれが今年の首席のサラ・イングリット・ルブイン男爵令嬢か。

 首席がヘンリーではなかった事から俺達の間ではかなり噂になっていた。

 良いところをイザベラに見せたかったヘンリーは悔しがっていたが、隣の席になるのだから結果良かったんじゃないかと言ってやるとそこに関しては喜んでいた。

 僅差とはいえ元平民でヘンリーを上回った少女か。

 しかも何故か壇上に上がった少女の全身が面白いくらい震えており吹き出しそうになった。

 そんな彼女が振り返ると先程のイザベラと同じような表情でイザベラを見据えたのだ。

 この二人…何かあるのか?

 婚約破棄を言い続けるイザベラ。

 そしてそれは学園に関係している。

 彼女への興味が湧いたのだった。



 彼女を観察して直ぐに分かったのはこちらを全く見ようとしないということだった。

 しかも不自然なまでに真正面か廊下のある右側しか向かない。

 彼女の観察が始まって三週間くらい経った頃、イザベラに呼び出されて温室に向かっている時だった。

 ガサガサと近くにあった木が動いた。

 音のする上の方に視線を向けると何かが木から塀に飛び移った。

 猫か?

 しかし塀の上に乗っていたのは…彼女だった。


「やっぱり位置的にここだったか」


 彼女は嬉しそうに学園の外に向かって塀を飛び降りていった。

 元平民だから貴族令嬢とは多少違っていても可笑しくはないが…木や塀を飛び越えるって平民の女性でもなかなかいないと思うが…。

 しかも入学式ではあれ程震えて、さらに教室でも存在感を消している彼女の変わりようにも驚いた。

 本来の彼女は俺が思っている彼女とは違うのかもしれない。

 俺は彼女に見つからないように学園の外の塀を伝って彼女が飛び降りた場所に向かった。


 彼女がいると思われる場所に近付くと水の跳ねる音が聞こえてきた。

 木の陰からそっと様子を窺うと素足になった彼女は川の水に足を浸けていた。

 女性は基本素足を見せる事を良しとしないため見てはいけないものを見てしまった気がして直ぐに視線を逸らした。

 しかしキラキラ光る水に照らされた彼女の姿があまりにも綺麗でその光景が頭から離れなかった。

 俺は雑念を振り払うように足早にその場を立ち去ったのだった。



 温室に向かうと既にイザベラが待っていた。


「遅かったけど何かあったの?」


 何かって…先程の光景が再び蘇り顔が赤くなった。


「顔が赤いけど…大丈夫」


 手を伸ばしてきたイザベラを制した。


「大丈夫。ちょっと暑いだけだから」


 イザベラは心配そうに首を傾げた。


「それより何の用?」


 ヘンリーの婚約者でもあるイザベラとあまり二人きりでいるのは好ましくない。

 俺は早く切り上げる為にも用件を尋ねた。


「去年助けてもらったお礼がしたくて。あまり二人になれる機会が無かったでしょ。ここなら他の人に見つからずに会えるかと思って」

「見つからないからといって二人きりは不味いだろう。それにお礼はヘンリーにしてくれって言ったと思うけど」


 俺は溜息を吐いた。


「もちろんヘンリーにもお礼はしたわ。でも実際に助けてくれたのはジルだからジルにもお礼がしたくて」


 イザベラは紙で出来た箱を俺に手渡した。


「中にはパンケーキが入っているから」


 箱を受け取っていた俺の動きが止まった。


「ヘンリーがジルはパンケーキが好きだったって教えてくれたの」


 ヘンリーは母が亡くなってからパンケーキが嫌いになった事を知らない。


「…そう…ありがとう」


 複雑な思いはあったが受け取ってイザベラが満足するならと笑顔を見せた。


「凄く美味しいと思うから食べてね」


 イザベラは嬉しそうに温室を出ていった。

 俺は近くにあった机に箱を置いた。

 中を開けるとそこにはフルーツやクリームが沢山盛られた綺麗なパンケーキが入っていた。

 折角貰ったのだからと一口食べてみた。


「美味しい…」


 けれどこれは俺にとってはパンケーキと呼べる代物ではなかったのだった。



 あの日から一週間が経った。

 たまたま二階の廊下を歩いていると彼女が他の令嬢達に絡まれているところを目撃した。

 学園では大人しくしている彼女が貴族の令嬢相手では分が悪いと判断した俺は助けようと近くまで向かったところで立ち止まった。

 突き飛ばされた彼女が突き飛ばした令嬢を突き飛ばし返したのだ。

 言葉にするととてもややこしい状況だ。

 そしてあろうことか彼女は令嬢達を追い払ったのだ。

 へえ。面白いな。

 この時初めて彼女と仲良くなりたいと思った。



 声をかけてみようと彼女を追うと、以前水遊びをしていた場所に向かった。

 地面に座るとまた素足になった彼女は両手足を投げ出して女性とは思えない体勢で眠ってしまった。

 誰も見ていないからってそれは駄目だろ…。

 俺は眠る彼女に近付いた。

 すると寝返りを打って小さく丸まった彼女は嬉しそうな顔で寝言を言った。


「ラーメンチャーハンセット大盛で…」


 何かの呪文か?

 起こすべきか迷ったが、彼女はイザベラや俺達を警戒している。

 もし俺がここに来ている事を知ったら彼女はもう二度とここに姿を見せないかもしれない…。

 躊躇っていると彼女が身震いした。

 俺は着ていた上着を脱ぐと彼女にかけてあげた。

 温かくなったのか彼女は幸せそうな笑みを浮かべながら俺の制服に顔を埋めた。

 その仕草に胸が高鳴った。

 何だよこれ…。

 ドキドキと心臓が激しく脈を打っているのを感じた。

 今まで感じたことのない感情に俺はその場を逃げ出したのだった。



「上着はどうされたのですか?」


 使用人に開口一番に言われた言葉がこれだった。

 俺達のような上流貴族の子供達は寮とは別の場所に住まいが用意されている。

 そしてその住まいには使用人や護衛の騎士を配備する事も許されている。

 学園の寮では警備が手薄になってしまうからという理由だ。


「新しい上着を用意してくれ」


 これ以上追求されても答えに困る俺は指示だけ出すと浴室に逃げた。


 浴槽に浸かりながら制服に顔を埋める彼女を思い出し勢いよく顔を洗った。

 落ち着け俺!

 きっと女性の寝顔なんて見たことが無かったから驚いているだけだ。

 自分に言い聞かせるも思うように心を落ち着かせることが出来ず、眠れぬ夜を過ごした。



 翌日。今日の彼女は落ち着かない様子だった。

 教室や廊下を見回す仕草が多く、恐らく制服の持ち主を探しているのだろう。


 そしてそれは放課後まで続いた。

 彼女は俺の上着を抱えていつもの場所で辺りを見回していた。

 いつまでも彼女を待たせるわけにもいかないか。

 俺は彼女の前に出る決心をし木の陰から出たところで異変に気付いた。

 先程までそこにいたはずの彼女がいなかったのだ。

 代わりに川の方からバシャバシャと水音が聞こえた。

 音のする方に顔を向けると彼女が川に入り流されていた猫を助けようとしていたのだが、次の瞬間俺は駆け出した。


 最近雨も降っていなかった事もあり、流れは思うよりも緩やかで何とか彼女を引き上げられた。

 途中岩で震える子猫も救出した。

 救出後、彼女は警戒心を剥き出しにして走り去っていってしまった。

 逃げられる事は予想していたけど…あからさま過ぎて少し悲しくなった。

 そんな俺を慰めるかのように子猫が俺の足に擦り寄って来た。


「お前は俺に懐いてくれるのか」


 びしょ濡れの子猫を抱えて立ち上がった。


「懐いてくれる猫も可愛いけど、懐かない猫を懐かせるのもいいかもな」


 俺は誰に言うわけでもなく呟いた。


「帰ったら温かいお風呂とご飯を用意してやるからな」


 俺は子猫を連れて部屋に戻ったのだった。





読んで頂きありがとうございます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ