転校生は美少女?
午前8時——
俺と唯は登校の準備を済ませ玄関に立っていた。ピシッとアイロン掛けされたカッターシャツ、しっかりと結ばれたネクタイ、完璧である。今日はなんだか良いことがありそうだ。
「じゃあ、唯、行こうか」
「うんっ! お兄ちゃん」
ガチャっとドアを開け清々しい一歩を踏み出したその時。
「そーらーくぅーん!」
「うげっ」
俺たちが出てくるのを待ち構えていたのだろう、外に出た瞬間にいのりがこちらに向かって走ってきてそのまま抱きついてきた。俺は予想外の事態に受け身も取れず尻もちをついた。
「空くん、おはよっ!」
俺の顔を覗き込むように挨拶をしてくる。
「あぁ、おはよう、いのり。今日も元気だね」
「うん、私は空くんに会えばいつでも元気100倍だよっ!」
「ははは」
流石の俺もいのりのテンションについていけず乾いたよな笑いが出る。
「ちょ、ちょちょちょ! な、なんなんですか朝から! なんでいきなりお兄ちゃんに抱きついちゃってくれてるんですか!」
「え? 欧米ではハグは挨拶でしょ?」
「ここ日本ですから! NOT European です!」
「けちぃ……別にいいじゃん、今はグローバルな時代だよ和洋折衷だよワールドワイドに生きようよ!」
いのりが捲し立てるように唯に言った。
「うちの家庭は和を重んじる文化なんですぅー」
負けじと唯も言い返す。だがこのままじゃ平行線を辿るだけで埒が明かない。それ以前に俺の家庭は和を重んじていたなんて知らなかったぞ。
唯といのりは目をギラつかせ睨み合っている。
「あ! そろそろ学校行かないと遅刻するなーやっべぇー」
とわざとらしく言い捨て唯といのりを置いて学校へ向け駆け出した。
血相を変えて後ろから2人が追ってくるが気にせず走り続ける。
「ちょっとぉー! まってよぉー空くーん」
「おにいちゃーん、置いてかないでよー!」
俺は一度も立ち止まる事なく教室までたどり着いた。だがそこは、いつもの教室とは少し違う雰囲気を醸し出していた。
『おい、なんか今日転校生が来るらしいぜ』
『マジかよ、男、女?』
『いや、そこまでは……』
と言った風にクラス中が同じような会話をしている。おそらく他クラスも同様にこのような状況なのだろう。だがそれよりも、皆はなぜ今日転校生が来ると言う事を知っているのだろう。俺自身今日の今まで転校生なんて言葉は1つも耳にしなかった。まあ、転校生が来るとしても俺はいつも通りの日常を過ごすだけだ。そう結論付け、席に着こうとしたのだが、なぜか後ろに身に覚えのない机と椅子が置いてあった。置いてあると言うより準備してある。ちなみに俺の席は黒板から見て窓側の列の一番後ろだ。いのりはその左隣の席である。
「は? 何これ? こんなのあったっけ?」
ちょうど近くにいた男のクラスメイトに尋ねてみる。
『結崎、お前知らねえのかよ、今日転校生が来るんだぜ。うちのクラスにな!』
「は? うちのクラス?」
よりによって自分のクラスだとは思わなかった。しかも俺の席の後ろってことは、完全に世話役を押し付けられたも同然だ。最悪だ。落胆した顔をし机に伏せていると彼は不満げに言った。
『ここだけの話なんだけどな、実は俺の聞いた噂だと、超美少女らしいぜ。良かったな羨ましいなオイ!』
彼はそう言うと俺の体をどついた。
「いてぇな、あくまで噂だろ? どうせ、そんなわけねぇよ、転校生に夢見るなんて中学生かよ。代われるもんなら代わってもらいたいぜ」
『けっ、いいよな美人の幼馴染がいる奴は……転校生には興味ないってか』
彼はそう毒づくと両手を仰ぎながらその場を立ち去ってしまった。
「別に……みんなが思ってるほど楽ではないんだけどなぁ……」
と1人でぼやいていると、いのりが教室に飛び込んできた。
「ふぅ。セーフ! かな?」
「ギリギリな」
いのりはホームルーム開始時刻の30秒前になんとか滑り込んだという状況だ。
「もぉ、ちっとも待ってくれないんだもん。空くんひどいよぉ」
「待ってたら、絶対遅刻だっただろ」
チャイムが鳴り担任の先生が入ってくる。
表情はいつもより少しばかり引き締まっているように見える。やはり転校生のせいだろうか。
「あー、みんなすでに知っているかもしれないが、今日はこの学校に転校生が来ている。入って来なさい!」
先生はそう言い教室の外にいるであろう転校生に教室に入るよう指示する。
教室のドアがゆっくりと開かれる。クラスメイトは各々違った思いを持ちながらその人物の入室を待ち構える。俺も少しばかり期待しつつその時を待った。
静まり返った教室に足音が響く。ドアの外から覗かせた体は140〜145cm程しかない。長い髪と整った顔立、そしてここまで伝わる清らかなオーラ。つまるところ彼が言っていた通り美少女だ。しかし、この学校の制服は幼げな様子の彼女には少々不釣り合いに見えた。
そこでふと、俺は同じような感想をつい最近も持った気がした。俺の記憶が蘇るよりも先に先生が彼女に言った。
「では、自己紹介をしてもらっていいですか?」
「はい! 私は月寺 胡桃と言います。よく中学生とか小学生に間違われますが、正真正銘高校生です。最近この街に越して来たばかりなので分からないことだらけですが、何卒よろしくお願いしますします。そして残りの高校生活仲良くしてくださると嬉しいです」
「あああああー!」
と俺といのりは同時に立ち上がり声をあげた。
一瞬、月寺は驚いた様子だったが、すぐに状況を理解し挨拶をしてきた。
「お久しぶりです! と言っても昨日ぶりですが、あの節は本当に助かりました、ありがとうございます」
教室中がざわめく。いたるところで、「なんだ?」「知り合いか?」「くそ、羨ましい、死ねよ」と言ったような声が聞こえる。
先生が場を鎮めるように月寺に言った。
「まあ、知り合いなら話は早くて助かる。月寺は結崎の後ろの席に座れ」
「はい!」
ゆっくりとこちらに向かって歩みを進める。俺の横を通り過ぎる直前、月寺は俺に向かってウインクをし、そのまま席に着いた。
俺は今の状況が未だに理解できず悶々としたまま昼休みまで授業を受けた。
昼休みになると噂を聞きつけた他クラスや他学年の生徒が大勢うちのクラスに押し寄せて来た。転校生がやってくると起こるお決まりの行事みたいなものである。
俺はひとまずいのりと月寺を連れ屋上へと避難した。屋上まではなんとか気づかれないように来たつもりだが、1人2人には跡をつけられたかもしれない。
ともあれ、まずは一番気になっていた事を訊く。
「君は本当に月寺 胡桃なのか?」
「それはもちろんですよ」
「信じられない……」
いのりも俺に続けて質問する。
「また会えたのはもちろん嬉しいんだけど、これって偶然なの?」
月寺は即答はせずに少し考え込んだ。
「偶然なのは間違いないんですが……会えることは確信してました」
「え? なんで?!」
「実は転校する前にクラスメイトの名前くらいは覚えとかないと失礼かなって思って、数日前にお父様に名簿を手配してもらってたんですよ。それでたまたま結崎さんたちの名前もあって……昨日初めてお会いした時、もちろん同姓同名の別人かもって不安はありましたけど、私の勘が間違ってないって言ってたので」
「あーなるほどそういうことだったのか!」
俺の中で漸く辻褄が合った。
「まあ、なんであれ結果が大事なのよ! また会えて嬉しいよ月寺さん」
「私のことは胡桃でいいですよ」
「うん、胡桃さん! あーでも胡桃さんっていうのもなんだか他人行儀だね……ねえ、空くんいい呼び名ない?」
いきなりあだ名を考えろと言われてもそう簡単に思いつくほど俺にボキャブラリーはない。俺は無知な頭を精一杯使い考える。
「くるみん……っていうのは?」
「んーなんだかどっかのゆるキャラにありそうじゃない? 他にないかな?」
遠回しに「普通すぎて面白くないからダメ」と却下されてしまった。
「あ! 私良いの思いついた! キノちゃん っていうのはどう?」
「キノちゃんですか? 初めて言われましたよ、でも何だか可愛いですね」
「じゃあ、決まりね! 私のことも好きに呼んでいいよ」
「では……いのりちゃんで……いいですか?」
「うん! 良いよキノちゃん!」
「いのりちゃん!」
月寺といのりはすっかり意気投合している。これが女の子同士の結束力というやつなのだろうか。それはそうとして、美少女が2人で楽しく談笑している様子は心が安らぐものだった。




