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番外・名前を失った女の子 後編

注:直接描写はないかと思いますが、想像した場合はご気分が優れない可能性がございます。

  よって、後編をお読みになる場合は想像力をカットするかイメージに押しつぶされない様になさる事をお勧め致しますのでご了承下さい。


注2:作者は物理的生物学的精神的に女性体です(いや、だから何と言われても困るけど)

 瞬間、反応していた。

 理解は遅れて訪れており、鉄格子を掴む冷たさと硬さで声を張り上げていた。呼んでいた。僅かに相手の目がこちらを見ていて、認識したのか片目しか開かぬそこから雫が流れていた……遠目なので気が付く事は無かったけれど。

 だけど、確証を得たので言った。彼は王子で決してこんな風に繋がれるべき人物ではないし、そもそも自分と同じく攫われたのにどうしてこんな事をするのかと。

 抗議をした瞬間、掴まれて引きずられた。

 更に抗議をすると、何も答えてくれなくなった。

 騒いで喚く事しか出来なくて、そうして部屋に戻された。

 感情的に泣いて、泣いて、与えられた食事に手を付けていたせいか、中身が変わっている事に気が付かなかった。

 どれだけの時が立っているのか判らなかったけれど、時折連れ出されたのは王子と思われる人物の所だった。作業所に行かなくて済んだのは良かったけれど、その分なのか別の作業を割り当てられたらしかった……しかし、見ても何に使う道具なのかさっぱり判らない。

 布、糸、棒……鋏はないけれど、針やチョーク的なものとか言ったものがあるので裁縫道具とか言う事になるのかと思った。

 連れて来られた部屋で途方に暮れている姿を見て、本を差し入れて貰えたのは助かったと言えば助かったのだろう。もっとも、それならきちんと教えてくれる先生を連れて来てくれれば良いのに、とも思うけれど同時に基本的にこの世界の女性には嫌われているのだと言う事を思い出すと無理もない話だと思う。


 どれだけの時が過ぎたのか……数日か、数週間か? その辺りの時間の流れも聞く前に連れ出されてしまったので、正確にはまったく判らない。

 ただ、何だか「異物」を感じ始める日が来た。

 それまで感じていた感覚が、それまで判っていた事が、何だか体の中から作り変えられたかの様な気がした。

 正しく、それは当たっていた。

 誰かに聞いたわけでは無い、そもそも誰かと顔を会わせる事などほとんどない……食事は扉の下にある小窓から差し入れられるだけだし、どれだけ声を張り上げても差し入れられる時か上から覗かれる時以外は暗闇の方が近いくらいだ。しかも、何日か何十日か毎に連れていかれる……恐らく王子だと思われる相手の所へ連れていかれる時だって目隠しをされて歩かされ、目隠しを外されたと思えば鉄格子の前。どんな判断基準があるのか、一言しか声を掛けられない時もあれば暫く声を掛けられる時もある……髪の毛と片目以外は拘束されているので、本当に王子なのか生きているのか……恐らく、死んではいないだろうとぼんやり思う程度の反応は見られない事もないけれど。

 そんな時でさえ、自分の事を言っても誰も聞いてくれないし反応してくれないのだ。体がおかしい事も、太って来た事も、周りは見ただけで判って来ただろうに、それでも何一つ反応してくれないのだ。

 こうなると、お城が懐かしかった。

 優しくしてくれたのもそうだが、自分を見るだけで嫌な顔をする人もいたが、何を言っているのか判らない人も沢山いたが、それでも無視をされないと言うのは存在を認めてくれていると言う事に初めて気づいた。

 それからも、一体全体どうした事か時が過ぎると腹部が更に膨らんできた。太るにしては大したものを食べていないのに不思議だと思っていたが、手足の細さは大して変わらない。栄養失調でそうなる場合もあるし、水だけを飲んでいたらその可能性は否定出来なかったけれど本を見て小さな靴下やらおくるみと言った、いわゆる赤ちゃん用品を作っている間は食事がきちんと出されていた。

 やはり、食事が変わった事も気が付かなかったけれど。


 何故?


 疑問に思うのは、当然だった。

 どう見ても妊娠の兆候なのは前の世界で得た知識だが、それでも間違ってはいないだろう。性に奔放と思われる行動を取っているつもりは本人的には無かったが、一度たしなめられた事があって困った覚えがある。だが、問題はそこではない。

 何しろ、彼女は王子を含めて他の誰とも子供を作るような真似をしたことが無い。

 元の世界で子作りが出来ていたとしたら、とうの昔に生まれて居なければおかしい。

 そう、おかしい。

 誰とも……少なくとも、この施設に入ってからだって異性と接触したとしても腕を掴まれる程度だったと言うのに。襲われかけた時だって実際には襲われたわけでは無いのだからその時の子供ではない。

 でも、子供が出来ている。

 身に覚えのない、子供が。


 発狂するかと思った。

 発狂した。

 誰かと子供を作るような真似をしたわけではない、けれど確実に宿っているだろう新しい命。

 想像妊娠と言う言葉があるが、それは覚えていたとしても頭の片隅の形にもならない様な所にあったかも知れないけれど、変わって行く体の形と体調を前には何の意味もない。例え、想像しただけで妊娠と同じ症状が出る事があったとしても、想像では済まないかも知れないなどと言う事は現在進行形で体験している以上は何の意味もない。確かめる術も、誰かに聞く事さえ出来ないのだから。

 ブラウスもドロワーズもコルセットをも外した事はないのに、体の中に入り込んだ別の物体。

 少なくとも、誰かと行為を行ったのであれば原因が判っただろうに、原因が判らないからこその恐怖。

 それまでは何とか流される事に、何度も疲労で倒れたけれど死ぬ理由も無かったから生きていたけれど。こんな恐怖心を抱えて生きるのは無理だと思って速攻で方法を模索して……諦めた。どうやったら出来るか想像がつかなかったからだ。食べなければいずれは朽ちたかも知れないが、空腹には勝てなかった。

 でも、体の中で沸き起こる確実に育っている身に覚えのない存在を抱えている、その恐怖に迎えにきた人物に食って掛かる様に言い連ねて最後には恐らく死なせてくれる様に頼んだのだろう。出来れば、不敬罪とか騒乱罪で一撃で下してくれれば良いのにと思ったのは確かだ。

 残念ながら、気絶した後で目が覚めれば与えらえた部屋は清潔で手足を縛られていたけれど。

 どうやら、自殺防止とかその辺りが理由なのだろう。口と下半身に管が差し込まれれているのが判った時には、王子と同じ目に合っているのだろうと言う認識をした。ぞっとした。

 ここがどこの国の施設かは判らないが、一国の王子を今の自分と同じ目に。ベッドで横にしているのではなく椅子に縛り付けているのだからもっと悪いとして、そんな目に合せていると言う事実が恐ろしい。同時に、こんな事が王城に知られれば助けて貰えるのではないかと言う想像がちらりと顔を覗かせたけれど、どれだけ時が過ぎているのか少なくとも何日も過ぎている筈なので何も起きないと言う事は見つからないのか。それとも、王城から飛び出した王子はすでに亡い者として扱われているかのどちらかになるのだろうか。

 そして、今の自分が同じ目に合っていると言う事実を前にどうしたら良いのかと散々考えて、でも解決策が何一つ見つからなかった。

 拘束されているのは一日もたたなかったけれど、そんな事があった為に発狂する事さえ出来なくなった。身動きも取れない状態で強制的に食べ物や飲み物を口から差し入れられて、いっそ舌でも噛むと思われたのかろくに舌も動かせない状態で、おまけに足を広げたままで放置されているのだ。

 幾らマシになった部屋で一人でいられるとは言っても、そんな状況で放置されて喜ぶ性癖はない。

 演技の為に捨て去ったと思っていた羞恥心が、実家に行っていた嫁が帰ってきたのと同じ程度の(はかな)さと気まずさで帰ってきた感じだ……嫁を娶った覚えがないので実際にはどうだか判ったモノではないが。

 子供が出来るような事さえしたことがないのに、確実に育っていくと実感出来る生命。

 望んだ事さえない……必要ならば望んだかも知れないが、そもそもこちらの世界でそんな事をした事も無いのだから楽観視できる要素は何もない。何より、雌雄同体みたいに子供を産むなんて事をしたら一体どうなると言うのか判ったモノではない。

 そんな事をつらつらと考えて、王子の様子を見に連れて行かれて……そう、もう王子なのか確かめる為に声を張り上げる事も怒鳴りつけるのも、暴れるのも諦めていた。どう言った気遣いかは不明だが、ブラウスに入りきらなくなった腹部を見てゆったりとした幼稚園のスモックみたいな服を宛がわれた。毎日ではないが、時々体を拭く為の手拭いと桶と水を用意して貰った……魔法が使えれば話は違うのかも知れないが、魔法は使えない。そもそも、その勉強もしていないから使い方も判らないし使えるのかも判らない。だから、手から魔法でお湯をどばぁんと出す事も出来ないし、壁を破壊して逃げ出す事も出来ないし、声を風に乗せて王城に助けを求める事も出来ない……お城で読んだ子供向けの本に、そんな話が書いてあったのだが。

 不安と、逃避と、諦めの中で過ごした日々。

 そんな風に過ごして、時々はやるせない思いが爆発して縛り付けられ管を差し込まれる事もあったけれど。

 確実に、その日はやって来た。


 生まれたのだ、子供が。


 流石に、生まれる時には数人の人が現れた。口元も髪もすべて見えなくて、もしかしたら知っている人がその中に居たとしても判断はつかなかっただろう。すでに王城で過ごした日々は遠い夢幻の様な気分だ。あれからどれだけの時間が過ぎたのか、とんと想像がつかない。

 誰も何も言ってくれなかったけれど、そして聞いても理解出来たかも判らないけれど、永い時間をかけて何度も気絶して、そうして生まれた。


 双子。


 どちらも血まみれで、目が開いていなくて、ようやく意識がふらつきながら体の中から現れた生き物を視界に収めた時。

 その子供達は、部屋から連れ出される所だった。

 同時に、気づいた。

 母親としての勘なのか、それとも。

 もう、二度と会えないのだと言う事を。

 生まれて、どうやら胸元で赤ん坊たちは最初の母乳を飲ませる事はさせたらしい。あやふやではあるし、腹部の痛みの方が強いし、何度も気絶していたけれど、それでも胸元のあたりの感触は何となく名残がある。

 叫びすぎて出なくなっている声も、上げる事さえ出来ない腕も、痛みで気を失いたくても、それでも言いたかった。手を伸ばしたかった、出来る事ならば部屋から出る人達を全てひん剥いて怒鳴りつけたいとさえ思った。

 知らない間に存在していた、けれど体の中で主張していた命。

 まだ、子供の顔さえろくに見ていない、どんな目なのかも見ていない状態で、一体どこへ連れ出すと言うのか。

 そんな気持ちになったのは、彼等もしくは彼女達がただの一言も口をきいてくれないからだ。


 何が言いたかったのだろう、何か言いたかったのだろうか。

 何がしたかったのだろう、何かしたかったのだろうか。


 疑問と言えるほど大きくもなく、けれど断定出来る程にしっかりした事でもない。

 ただ、嫌だったのだと思った。とてつもなく。

 それが、体の中に居座っていた存在に対するものなのか。それとも、はっきりと認識する前に持ち出されて恐らくは二度と会う事もない状態になった事が不満だったのか……。

 恐らく、そんな簡単に言える事ではないのだろう。


 判っているのは、「失った」と言う事。

 それは、二度と「還らない」と言う事。

 同時に、「悪夢」は終わったと言う事。


 「だった。」

 そんな事が、それから何度も続くとは思いもしなかった。


 どうしてどうしてどうして。

 なんでなんでなんで。

 おしえておしえておしえて。


 何度も繰り返され、嘆く言葉は誰も反応しなかった。

 当然だろう、彼女はすでに……言葉を失っていたのだから。

 本人の意識では、もう数え切れない程の時間を過ぎていたし何人もの子供を産んでいた。ただの一度も子供が出来る様な行動をしたことが無かったのに、それとも知らない間にさせられていたのかと思ったけれど確証は何一つない。

 誰一人として接触どころか声をかけるまでもなく、食べ物さえ拒絶しようとすれば拘束されて強引に流し込まれ、強制的に生きようとさせられる。

 これは……拷問だろう。

 もし、彼女に自分自身の「意志」が残っていたら感じたのだろう、誰かの思惑を。

 誰かの「意思」を。

 そうして、もっと賢かったのならば……もしくは、自分が楽をしたいと思う以外の想いに気が付く事があったのであれば。もう少し上手く立ち回れていたのだろうか?

 それは、すでに判らない。


 判っているのは、歴史上に現れたとされる人物の名前が記録から削られたと言う事。

 実子と記録されている、幾つかの家に似た様な特徴を持つ子供達が数年間の間に現れたと言う事。

 そして、ある国は年月の果てに統廃合を繰り返し。かつての王朝から繋がりはあるが直接的な王国ではなく、どちらかと言えば研究機関が突出し世界規模を誇る様になった事。

 その研究機関の初期施設が、今は姿も無く石碑が片隅に残る風光明媚な土地の一角にあったと伝えられている事くらい。

よく言われている事であるのが、女は生まれた時から女とか。女は女優と言う言葉がある。

僕の知っている限り、それに対する男性を評する言葉と言うのは見聞きした覚えがない。浮気は男の甲斐性と言うのは切り落としてから言えば良いと思う、そうすれば後に起こり得る面倒な可能性は文字通り「潰す」事が出来るから。


女心と秋の空と言う言葉があるけれど、江戸時代くらいには男心と秋の空と言う言葉だったと言うのはご存じだろうか?

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