魅了
「ただいま帰りました」
「お邪魔します」
「おう、おかえり……って!」
嵐のような日々から数日が過ぎ。
依頼をこなしつつ、英気を養っていた今日この頃。
「どうされたんですか? そんな驚かれた顔をして」
「どうしたも何も、なんでお前がいるんだよ!」
ナルファと一緒に帰ってきたのは。
「十二面相のカイジは、今日からナルファ様の使い魔となったのです」
魔王軍幹部、十二面相のカイジだった。
「おいナルファ。ちゃんと事情を説明しろ」
「実は、魔王軍幹部でありながらカイジは人殺しをしたことがないらしく、この街でも悪さをする前だ ったことから、正式な見張りの下であれば生かしておいてもいいという判断になったんですって」
「そんながばがばなルールで大丈夫なのか?」
「まぁ、魔王軍幹部を味方に付けれれば情報面でも戦力面でも心強いですからね。生かしておく価値は あると思いますよ」
それを言われると強く否定できないが……。
「だとしても、本当にこんなやつ信用していいのか? この前まで俺たちを殺そうとしてきたやつだぞ」
「安心してください。いざというときは私が力づくでねじ伏せるので」
ナルファが言うと安心感があるな。
「これからはよろしくお願いしますね。タイラ様」
「まだ完全に信用したわけじゃないが、一応よろしくな」
また屋敷に一人、住人が増えることとなった。
「それじゃあ、今からカイジを問い詰めて魔王軍のことを吐かせようと思います。異論はないですね?」
「「「ないでーす」」」
「待ってください。歓迎パーティーとかやってくれないんですか?」
俺はみんなをリビングに集め、カイジから魔王軍のことを聞き出すことにした。
「何でお前にやらなきゃいけないんだよ。まだシルフィーの歓迎パーティーもやってないんだぞ?」
「それはその人の人望が薄いだけでは……。あっ、やめてください! あなたがシルフィーさんです ね、苦しいので首を絞めないでください!」
「調子に乗るなよ魔王軍幹部! それと、私は人望が薄いんじゃなくて、私自身がやらなくていいと断ったんだ」
「ここまで怒るってことはやってほしいってことじゃ。……なんでもありません」
なんでこいつは余計なことを口走るのだろうか。
「まぁ、素直に答えてくれたらシルフィーと一緒に祝ってやるよ」
「仕方ないですね。素直に答えるので、ご飯はハンバーグでお願いします」
サエルとはまた違う感じでめんどくさいな。
「それじゃあ、魔王軍の規模と強さ、それから幹部と魔王について教えてくれ」
「いきなりぐいぐい来ますね。……まずは規模と強さについて。今の魔王は少数精鋭タイプの魔王で、 量より質を重視しています。数こそ少ないですが、一体の魔物が冒険者パーティ三つ分なんてこともざらにありますね」
「私なら一人で倒せます」
「それはすごいですねー。次に幹部について。幹部は基本五人ですが、今は僕含めて六人いました。僕を除いた幹部は、魔王軍実力ランキングの一位から五位までです。僕とは別格の強さなんですね」
「それじゃあ、お前はなんで幹部だったんだ?」
「魔王様の考えた作戦に、僕の能力が高く評価されたのでね。それで特別枠として就任したんですよ」
「ちなみに、お前の順位はどんくらいだったの?」
「……百三位です」
「……ごめん」
「謝らないでください、余計悲しくなるので。……気を取り直して、最後に魔王様ですね。魔王様はとにかく強いです」
「……それだけですか?」
「なにせ、幹部と言ってもほぼ下っ端みたいなものですからね。能力のことはほとんど知りません」
肝心の魔王のことが分からないのはつらいが、それでもいい話を聞けた。
「情報提供ありがとな。お望み通り、今日のご飯はハンバーグにしてやるよ」
「ありがとうございます。できれば、最高級の肉を使ってくれると嬉しいです」
「だったら魔王様の情報を仕入れてくるんだな。それで、シルフィーは何か好きなものあるか?」
「私か? 私はパスタが好きだな」
「パスタね。お前らは他に食べたいものあるか?」
「今日は魚の気分です。でっかい焼き魚を焼きましょう」
「私はなんでも大丈夫です。タイラさんの料理は何でもおいしいので」
「僕はそばが食べたいですね」
「はいはい……」
この世界にもそばがあるんだなと思っていたその瞬間。
ドゴーン!
外からとてつもない轟音が響いてきた。
慌てて装備を着て外に出ると、そこには見慣れない女性がいた。
長くつやのある髪、ねじれた角、先端のとがったしっぽ。
もしかしなくてもこれって。
「あなた達がカイジを倒したパーティね? 魔王軍幹部、支配のアケナが仇を取りに……。あら?」
アケナと名乗った女性の視線の先には。
「生きてるじゃない」
「お久しぶりですアケナさん。後、勝手に殺さないでくれません?」
ぴんぴんしているカイジがいた。
「討伐されたって情報が来たからその地点に飛んできたのに」
「それはご苦労様です。ですが、僕はこうして生きているのでご心配なく」
まさか幹部討伐の現場に幹部が来るとは。
「それなら早く帰りましょう。魔王様にお話して、また別の街でやり直すのよ」
失敗した幹部に構成のチャンスを与えるとは。
意外と部下思いのいい魔王なのかもしれない。
「それは喜ばしいお誘いですが、僕は遠慮させていただきます」
「何言ってるの? 笑えないんだけど」
「僕はこの冒険者たちに一度負けています。いくら罪を犯していないとはいえ、僕のことを生かし、迎え入れてくれました。この恩は返さないといけまさん」
それに、と言いながら後ろを振り返り。
「今戻ったら、ハンバーグが食べれないので」
ニッ、と笑って見せた。
「そう。魔王様を裏切るというのね」
「まぁ、見方を変えればそうなりますね」
「ならいいわ。今ここであなたを……」
アケナが戦闘態勢をとると。
「私のものにしてあげる!」
襲い掛かってきた!
「なぁ、あいつのフィジカル強すぎないか?」
アケナを迎え撃とうとした俺たちだが、全くと言っていいほど歯が立たなかった。
「当然ですよ。実力ランキングは僕の変装みたいな特殊能力も加味されるとはいえ、基本は殴り合いの 強い順です。そのランキングで四位なんですから」
なんて物騒な。
それじゃあ、魔王軍幹部って物理特化ってことか?
「私はサキュバス特有のスキルを巧みに使いこなすから、それも相まっての四位なだけよ?」
そうは言っているが、周りはアケナがえぐった地面ででこぼこだ。
「さっきから魔法を当てているのに全然ダメージが入りません」
「アナライズソードを使う隙が全く無いなんて……」
「僕の足は見切られていませんが、機敏に動くのでうかつに近づけないですね」
「くそっ、カイジを倒していい気になってたけど、本当の幹部はこんなに強かったなんて!」
「ちょっと待ってください。それでは僕が弱いみたいになってしまいます」
もう勝ち目がないとあきらめかけたその時。
「私が相手をしてやる。もうお前の攻撃は完全に見切った」
シルフィーが前に出た。
「あら、メイドさんが相手をしてくれるの?」
「メイドだからと侮るなよ。それに、サキュバスには致命的な弱点がある」
「サキュバスの弱点!?」
「ああ。サキュバスには女性相手にはスキルが使えない。つまり、攻撃さえ見切ってしまえば相手は無力ということだ!」
そういってアケナに向かって攻撃を仕掛けた。
「いけない! アケナさんのスキルは……」
カイジが何かを言い終えるよりも先に。
「威勢がいい子は嫌いじゃないわ。私のものになりなさい。“魅了”」
アケナがスキルを使ったとたん、シルフィーの動きが止まった。
「大丈夫ですかシルフィー!」
「今その人に近づいちゃだめです!」
「シルフィーというのね? それじゃあシルフィー、今こっちに向かってくる女の子を倒すことができるわね?」
「はい、アケナ様」
いきなりシルフィーが振り返ったと思ったら、いきなりガーナに切りかかった。
「きゃあ!」
間一髪のところでよけたはいいものの、当たっていたら致命傷は免れなかっただろう。
「今あの人は洗脳されています」
「洗脳?」
「サキュバスのスキル、魅了はスキルを書けた対象を忠実なしもべとして操ることができます」
「でも女性相手には効かないはずだろ?」
「あら、私をそこら辺のサキュバスと同列に語られてもね。これでも魔王軍幹部よ?」
フィジカル強くてスキルも強いとか、非の打ち所がないじゃないですか。
「でも安心してください。この手のスキルは来るとわかっていればかからないものです」
「よく分かってるわね。洗脳系のスキルは分かっていれば簡単に防げるわ」
そういいながらナルファに近づき。
「まさか分かっていながらスキルをかける気ですか? そんな無謀な作戦に私が負けるとでもんむっ!?」
いきなりキスをした。
「ななな! なにしてるんですか!?」
「あら、もしかして初めてだった? それはごめんなさいね。でも、動揺は洗脳スキルを使う人の前で絶対にしちゃいけないことよ? “魅了”」
キスされたことに動揺したナルファは簡単に洗脳されていた。
「これであと四人だけど、誰から洗脳されたいかしら?」
「三人は下がっていてください。私が相手をします」
ナルファの仇と言わんばかりにガーナが前に出た。
「いつでもキスしに来てもいいですよ? 来て隙だらけなところを斬ってやります!」
その言葉を聞き、アケナは困ったような顔をした。
「それじゃあ、私がキスすることは諦めたほうがいいわね」
「来ないなら、こっちから行かせて……」
「代わりに」
動き出そうとするガーナに、今度は不敵な笑みを浮かべ。
「この子たちにやってもらおうかしら?」
「へ?」
アケナの前にシルフィーとナルファが立ちはだかった。
二人は容易くガーナを抑え込み。
「二人とも落ち着いて! や、やめんむっ!?」
もはや直視できないほど、ガーナは二人に…………。
「ふふっ、意地悪してごめんなさいね。でも、許してくれるわよね? “魅了”」
これでガーナも脱落してしまったので、残りは三人となった。
「そろそろ僕の出番ですかね」
なぜか、待ってましたと言わんばかりにサエルが前に出た。
「あら、そろそろ女の子ばかりで飽きてたのよね。今度はあなたが遊んでくれるの?」
「はい。僕はこれでも僧侶なので。それに、僕に洗脳は効きませんから」
「それじゃあ遠慮はしないわ。……あら本当。キスしても全然動揺してないわね」
「だから言ったでしょう。僕はその程度んぐっ!」
話をしているサエルを無視するように、アケナは男の急所を蹴り上げていた。
「私、洗脳されない男嫌いなのよね」
「あ、あれは絶対に痛い。なんか見てただけなのに気分悪くなってきた」
「ご心配なく。ただ、これは本当に想定……外」
そう言ってサエルは泡を吹いて倒れてしまった。
「あの男には心底同情しますよ。僕もあれはちょっと……」
「さぁ、残り二人よ。どっちから来るのかしら?」
俺は簡単に洗脳されるだろうし、カイジは多分力負けするだろう。
こうなったら、やることは一つ。
「どうせ洗脳されるなら最後に一泡吹かせてやる! どりゃー!」
「もう諦めたのかしら? それならお望み通り洗脳してあげる」
俺は思いっきりアケナに飛び込んでいき。
「これで終わりね。“魅んむっ!?」
こっちから強引にキスをしてやった。
「ははは。想定外だっただろ! これで洗脳されても悔いなへぶっ!」
俺はアケナに突き飛ばされ、地面を転がった。
「何だよ。洗脳するならさっさと……」
俺がアケナの顔を見てみると。
「もしかして、相手から来られると照れちゃう感じ?」
顔を真っ赤に染めていた。
「やめてー!」
「おやおや、どうしたのですか? そんなに逃げ回ってしまって」
「そうですよ。私たちにおとなしくキスされるんですね!」
「ま、待って、待ってください! 洗脳したり蹴ったりしたのは謝るから、もう追いかけてこないでー!」
意外な弱点を見つけた俺はすぐサエルを回復し、事情を説明して鬼ごっこをしてもらっている。
逃げるのに必死で洗脳を維持することが難しかったのか、気づけば三人の洗脳も解けていた。
事情を聞いたナルファも、サエルと一緒になって追い掛け回している。
「いやぁ、どうせ負けるなら最後にいい思いをしたいと思っただけなのにこうも上手くいくとは」
「いきなりキスしだして何だこの変態と思いましたが、上手くいってよかったですね」
「待てよ。俺だって男だし、どうせ死ぬなら最後にいい思いをしたいのが人間だろ」
「捕まえましたよ。キスはしてませんが、ここまでおとなしくなったなら大丈夫でしょう」
とうとうサエルに捕まったアケナは、怯える子猫のように震えていた。
「もうやめてください。ひどいことをしたのは謝るので、もういじめないでください」
「それじゃあ、今から俺たちがする質問に正直に答えろよ?」
「わ、分かりました」
カイジに続き、アケナからも情報を得れるとは。
今日は何ていい日なんだろう。
「それじゃあ、魔王様の能力について教えてくれ」
「それは無理です。私なんかが知っていい情報じゃないので」
「本当か? 嘘ついてたらどうなるか……」
「ほ、本当です! 魔王様は絶対に信頼を置ける相手にしか能力のことを話さないので、私なんかじゃ知りません!」
「これって、アケナさんの方が悪なんですよね? なんか私たちの方が悪役っぽくないですか?」
俺も薄々そう感じていたが、あまり口に出さないでほしい。
「それじゃあ、なぜ僕を探しに来たんですか? あの魔王のことなので、僕を探すように命令したとは思えないのですが」
「えっ、魔王の命令じゃないのか? ていうか様づけしなくてもいいのか?」
「いや、魔王は一応僕のことを幹部にはしましたが、扱いが他の幹部に比べてかなりぞんざいでしたからね。あんな老害くたばれって感じです」
やけに素直に俺たちの味方をしたなと思ったが、本当の理由はそれか。
「それは、その……。仲間が減っちゃうと寂しいから」
恥ずかしそうに告げたアケナに、カイジもなんだか気恥ずかしくなってしまったようで、お互い頬を染めていた。
「いい雰囲気のところ悪いが、アケナはギルドに連行する。カイジと違い、今回はおそらく殺人もしてしまっているだろう」
元兵士のシルフィーとしては、やはり幹部は見逃せないらしい。
「ええ、そうですね。私は何人か殺してしまっているので、無罪というわけにはいきません」
「……ちょっと残念だが、これが決まりだからな。許してくれ」
そういってアケナを縛り、シルフィーがギルドに連れて行った。
「…………」
その様子を黙って見つめるカイジの表情は、少し寂しそうだった。
だが俺はその時気づきもしなかった。
ナルファとサエルが顔を寄せて、にやりとした笑みを浮かべていることに。




